幕間 王女の悩み

 王宮の北の尖塔。

 王都の北端に位置するこの王宮において、最も北──つまり、王都で一番北にある塔に、わたくしのお部屋はございます。

 王宮は、南側が政務に使われ、北側がわたくしたち王族の住居として使われておりますから、この尖塔は王宮の一番奥まった場所、と言い換えることもできましょう。


 本来は、王の祖父母がご存命の場合に、使われる場所です。

 過去に使用されたことは二度ほど。王宮の他の塔やお部屋と比べて、広い造りなのですが、如何せん奥まったところですから、外に出ることも容易ではございません。

 調度品や家具も豪華ではありますが、王宮内であることを鑑みれば、そのグレードは劣ります。最も、わたくしは煌びやかすぎるものが好きではありませんので、助かってもいるのですけれど。


 このような塔に、わたくしが住まわされているのは、もちろん、国王陛下からも、お兄様やお姉様方からも、疎まれているからです。


 鏡を見れば、真っ白な髪と、左右で異なる色の瞳が映ります。

 わたくしは、ドラコ王家の血を引きながら、高貴な翠眼を片方の目にしか宿せず、豪奢な金髪を持って生まれることができませんでした。

 故に疎まれ、お母様も遥か東にてご静養という名目で──軟禁されております。


 いつでも気丈に振る舞われながら、わたくしを見て悲しげな瞳をされるお母様。

 いつか、幼く愚かなわたくしが、どうしてお父様はわたくしと口を聞いてくださらないかと、聞いてしまったことがございます。


『サーシア。あなたは間違いなく、この母と陛下の娘です。誰がなんと言おうと、それに間違いはありません』


 貴族たちがどのような噂をしても、わたくしは、そう言って頭を撫でてくださったお母様に、不義がなかったことを信じると決めたのです。


「サーシア様。お茶のご用意ができました」


「ありがとうございます。カレン、あなたも一緒にいかがですか?」


「私の仕事は、給仕ですので」


 わたくしは書類と眼鏡を置き、カレン──わたくしの侍女です──の淹れた紅茶をいただくことにいたします。

 お茶の時間は、いつも彼女にも席についてもらいたいと言っているのですが、カレンはぴしりと背を伸ばしたまま、わたくしの誘いに乗ってはくれません。


 もう何年も、北の尖塔に住んでいるわたくしですが、全くなにもしていないわけではございません。

 わたくしに仕えてくれる侍女や、お祖父様の部下の方々の力を借りて、王国中のさまざまな問題の情報を集めているのです。


 魔物や災害など、国として取り組まなければならないことから、王都で行方不明のペットのことや、西の街の夫婦喧嘩まで。

 わたくしは、わたくしの元へ届くあらゆる問題に関する情報をまとめ、そして解決策を考えています。

 しかし、どのような妙案が浮かんでも、実行に移せることは多くありません。

 大抵の場合、わたくしがお父様──国王陛下や、大臣に解決策を告げても、取り合ってはいただけませんし、侍女やお祖父様の部下も、数は少なく、王国中の問題を解決できるほどの力は持っていませんから。


 それでも、わたくしは情報を集めることをやめません。

 小娘の道楽、と考える方もいらっしゃるでしょう。それも、間違ってはおりません。

 ですが、これは趣味である以上に、わたくしにとって最も重要な使命なのです。


 愛するドラコ王国のため、尖塔からでもなにかできることを探したい。

 目を瞑らされ、耳を塞がれ、体を縛り付けられようとも、わたくしは「知る」ことをやめたくはないのです。


「カレン、王都近くの盗賊団のことなのですが」


「私どもの方で、詳しい調査を行なっているところでございます」


 彼女は綺麗な紺色の瞳を伏せたまま、わたくしが具体的な話をする前に、答えてくれます。

 これも、いつものことです。

 カレンはわたくしには本当にもったいないほどに優秀で、学園でも首席なのです。

 彼女の生家、ブルーオニクス家がお祖父様に恩があるためと、わたくしのような王女に仕えさせることを決めたのが、早十年前。

 今では姉のように、愛しております。


「盗賊団が一斉に活動を休止している……それ自体は、良いことなのですけれどね」


 騎士たちや、冒険者の皆様が取り締まりを行なっていても、悲しいことに盗賊というものを根絶することはできません。

 王都の近くでも、旅人や行商人を襲うことで生計を立てている盗賊団がいくつかあることを、わたくしは数年前から知っておりました。


 そんな彼らが、ここ数ヶ月の間、ぴたりと犯罪行為を行なっていないようなのです。

 それはもちろん、良いことなのですが、きっかけとなる出来事が全くわからないことが、とても不気味なのです。


「悪いことが起きなければ、良いのですが……」


 口に含んだ紅茶が、いつもより少し苦く感じられて、わたくしは言い知れぬ悪い予感に身を震わせたのでした。

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