第二十話 龍の炎
──肉の焼ける匂いがする。
燃えているのは、僕の体だろうか。それとも、熊の体だろうか。
炎の翼をはためかせ、僕は二頭の巨熊へ襲い掛かる。
腕を掻い潜り、毛皮を灰に変え、肉を焼き尽くす。
「あああああ゛あ゛あ゛!!」
子供の癇癪のように、ただただ、拳を振り回した。
技はなく、美しくもない。持て余した熱さを、なんとか発散したくて。体を動かし続ける。
逃げ出すことは許さない。たとえ四足で走ろうと、僕は飛翔し、容易にその背へ追いつく。
「Kua……kuooaaa!?」
ぐるりぐるり、マグマのように熱い血が僕の体を駆け巡る。
背中は燃え、腕には人外の力が迸る。僕たちを蹂躙するだけだった魔物を、巨熊を、今度は僕が蹂躙していた。
徐々に、徐々に、体の中で熱を動かせるようになってきた。
原理は不明、完全に感覚でしかないが、心臓から手足へ、背中へ、巨大な熱の塊を動かし、目の前の熊を焼き尽くすため、生かす。
「『
背中の翼から、次々と炎弾が降り注ぐ。
一頭がもう一頭を庇うように覆いかぶさり、また肉の焼ける匂いがした。
僕が発した言葉は、きっと日本語でもドラコ語でもない。それは、極彩色が口にした、「音」と同じだった。
「Kuo!kuaaon……kuooooo!」
僕の炎に全身を包まれ、後から現れた熊は息絶えた。
それに庇われ、生き残ったもう一頭の熊へ、僕は飛翔する。
体の熱を制御できるようになっても、感じる熱さは変わらない。吐き出しても、吐き出しても、僕の中から炎は燃え上がり、身を焦がす。
「し、ね……!」
アルさんの短剣は、どろどろと柄を熱に溶かされながらも、その刃は熊の首へと突き立った。
焼かれ、ぼろぼろになった毛皮を切り裂き、僕は強く、強く短剣を刺す。
体中の熱を腕に集め、短剣を通して、熊の体を燃やし尽くすように。
「はっ、はっ、はっ、熱……い」
しばらくじたばたしていた熊は、やがてピクリとも動かなくなった。
全てを燃やしきったように、僕の中の熱は急激に冷めていき、溶けかけの短剣を首に刺したまま、僕も動きを止めた。
「アイゼン……おい、アイゼン!」
項垂れる僕に、フレディが近づいてくる。
まだ立ち上がれてもいないようだ。落ち葉と鎧が擦れる音がした。
「君、大丈夫……じゃないよな。どうなったんだ?今のは、魔法、なのか?」
言葉を返すこともできずに、僕は今の今まで自分の体を包んでいた力を思い出す。
魔法、魔法なのだろうか。この世界に来てから、まだ見たことはない、でも存在はしているらしい、魔法。
僕の世界の常識に照らせば、体が突然熱くなり、背中から炎の翼が生え、熊をねじ伏せるほどの怪力になるなんてことはあり得ないし、あり得ないことが、イコール魔法ならば、さっきまで僕は魔法を使っていたことになる。
でも、なんとなく納得できなかった。
僕は自分で魔法を使っていたというよりは、あの極彩色の龍に使わされていたというか──。
そもそも、魔法ってもっと夢のあるものではないのだろうか。
あんな熱くて苦しいなら、二度と魔法など使いたくない。そんな思いを抱かせるものが魔法なのだとしたら、夢のないことだ。
「おい、アイゼン、意識……ないの、か?」
「……いや、起きてる、よ」
思考の海に沈んでいる間に、フレディは僕の近くまで這ってきていた。
僕の返事を聞くと、安心したように息を吐いて、ごろん、と仰向けになる。
「それなら、よかった……てか、俺、生きてるよな?」
「うん。僕も……生きてるね」
熱さで忘れていたが、僕の怪我は酷いままだ。フレディも、すぐに動けるような状況ではないだろう。
幸いにも、この世界には癒しの実、なんて便利なものがある。
さっきまでは痛みで思い出せてもいなかったが、今ならあれを使うこともできよう。
僕たちは、腰につけていた袋から、緑色の丸い物体を取り出す。
どちらからともなく、ヘタのような場所をスポン、と外し、中から出てきた液体を舐めた。
「森、燃えてない……よね」
「ああ。あんだけ派手に炎を使ってたのに、不思議なくらいだ」
冷えきったのは僕の体だけでなく、森の方も同じだった。
飛んだ時に、翼が木をすり抜けていたり、炎弾が落ち葉に命中したりはしていたはずなのだが、山火事には至っていない。
足元の熊からも、焦げ臭い匂いはもうしなくなっており、握った短剣は溶けているが、これも冷たい。
なんとも、ご都合主義というか。本当に謎ばかりだった。
「えーっと、アイゼン。確認なんだが、魔法使いだったけど隠してた……ってわけじゃないんだよな?」
「違うよ。僕も、戸惑ってる」
「そうかー、突然叫び出したかと思ったら、背中が燃えるし、首とか腕とか光るし、一体どうなってんだと思ったよ」
「光ってた?腕とか首が?」
「自分では気づかなかったのか。なんて言えばいいんだろうな、七色というか、いろんな色をごちゃ混ぜにした色、というか……」
確か、冒険者登録をした日に、ギルド長にも同じことを言われた。
あれは、読めなかったはずのドラコ語が、急に読めるようになった時だっただろうか。瞳が七色に光っていた、とか。
もしかすると、あの極彩色の龍が、僕の体に魔法?をかけた時、そんな色に光っているのかもしれない。
自分では見ていないから、確信は持てないけれど、いろんな色をごちゃ混ぜにした色、というのは、記憶の中の龍の色とも一致する。
「なんにせよ、君のおかげで生き残れた。ありがとな、アイゼン」
「いや……君が最初に熊と戦ってくれなかったら、僕はすぐにでも死んでたよ」
「おいおい、悪い癖だぜ?君はすぐ、自分の成果を謙遜する」
「だって……」
「感謝くらい、素直に受け取ってくれよ」
「わかった。フレディも、ありがとう」
「おう」
二人とも寝そべったまま、こつんと拳を合わせ、僕たちは体力が回復するまで、その場で眠りに落ちたのだった。
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