第十五話 V.S.ハンガーウルフ(後)
今度の突進は、斜め跳びを交え、容易に避けられないよう工夫した。
万全なハンガーウルフであれば、僕が攻撃に移る瞬間の腕の振りで、的確に避けられてしまうだろうが、今は奇襲で負わせた傷の分、僕たちの差は埋まっている。
左右に動く瞳を真っ直ぐ睨みつけ、僕は右でも左でもなく、順手に持ち替えた短剣を、下から突き出した。
「Gau!」
「ちっ……!」
しかし、ウルフは後方に軽く跳んで、僕の突き上げを空振りに終わらせる。
さらに、後ろ足に溜めたエネルギーで、上に流れた僕の体へ向けて、頭突きを見舞ってきた。
「かはっ!?」
体重の乗った攻撃に、思わず僕は尻餅をつく。皮の胸当て越しに、強烈な衝撃が全身を駆け巡った。
すぐに追撃が来る。僕は必死に体を左に転がして、間一髪のところで爪を避けるが、完全には躱しきれず、背中の防具が浅く裂かれた。
「ふっ!」
構わずそのまま転がり、左手で地面を強く叩いた勢いで、体を起こす。
飛びかかってきたハンガーウルフの牙の間に、なんとかギリギリ短剣の刃を噛ませ、滑らせようと下へ力をかける。
「Gauuuu!」
相手も命懸けだ。短剣で口の中が斬られないよう、刃をしっかりと噛み支え、僕たちは睨み合いとなる。
黒い毛の中、金色の瞳が爛々と輝いている。僕の目も、同じように輝き、ウルフを睨んでいることだろう。
「シッ!」
お腹から息を吐き、刃を下へ向けようとしていた力を、上向きに一気に変える。
すると、ハンガーウルフの踏ん張る力と合わさり、短剣は歯の間から解放された。
すぐさま、相手の頭上へと跳ね上がった、短剣を持つ右手──ではなく、空いた左手を握り込み、ウルフの顎を殴りつける!
「Gahu!?」
なんて硬い手応え。それほど硬くないグローブで殴ったため、下手したら僕の左手の方がダメージを受けているかもしれない。
だが、それでもいい。ハンガーウルフは、今や完全に体勢は上へ流れ、前足に至っては地面から離れかかっている。
僕も右手が上がったままだが、人間は二足歩行。肩を回せば、遠心力を込めて再度攻撃を行える!
「刺……されええええ!!」
ぐるりと、百八十度回転させた僕の右手は、浮いたままのハンガーウルフの顎と首へと、短剣の刃を突き刺した。
「Gyaaaauuuu!?!?」
薄く鋭い刃は、頑丈な毛皮と皮膚を貫き、真っ赤な液体を噴き出させる。
僕はその血の赤さと、右手にかかる嫌な温かさに、一瞬体を硬直させてしまった。
「Gyaooooon!!」
「しまっ!?」
ウルフは、顎を深く斬り裂かれながらも、背中の筋肉をしならせ、倒れ込むように前足を振り下ろしてきた。
短剣が刺さったままなために、僕は避けることも、受け止めることもできずに、大きな傷を負う──寸前で、ハンガーウルフの黒い肉体は、左上へと吹き飛ばされた。
「大丈夫か!?アイゼン!」
短剣はその勢いに、僕の手から離れてしまったが、間一髪、僕の体がウルフの爪に引き裂かれることはなかった。フレデリクの振るった大剣によって。
「フレデ……リク……はぁ、はぁ、助かった」
「怪我はないか!?その血は!」
「大丈夫。……はぁ、はぁ、返り血だよ」
「そうか……よかった!」
彼は僕の無事を確認するや否や、ばしばし、と背中を叩き始めた。
彼のつけている手甲は金属製のため、結構痛い。
「痛い痛いってフレデリク!」
「ああ、すまん!」
すぐに僕の背中をさすってくれるが、痛みはなかなか引かなかった。案外、頭突きで受けたダメージが残っていたのかもしれない。
「それより……とどめ、刺さないと」
「そうだな。俺がやるから、君は座って休んでおいた方がいい」
「いいや。僕にやらせてよ」
静止しようとするフレデリクを振り切り、倒れたハンガーウルフに向かって歩き出す。
最後、彼の助けがなければ、僕は今頃大怪我を負っていたことだろう。
いくら魔物を倒したって、カウンターで自分が死んでしまっては、元も子もない。つまり、僕の初めての魔物討伐は失敗に終わったと言ってもいいだろう。
だが、倒せたこともまた事実。とどめは、自分の手で刺したかった。
「君は、強敵だった。でも……僕の勝ちだ」
刺さったままの短剣を、半月上に回し、ウルフの首を深く切る。
抵抗もなく、声もなく、黒い魔物は息絶えたのだった。
「アイゼン」
振り返ると、フレデリクは焦茶色の瞳に、心配そうな色を灯していた。
彼は僕が相手した奴と同じハンガーウルフを二匹倒してきたはずだが、彼は少し息が上がっている程度で、二人の間に横たわる実力差を感じさせた。
「俺に、伝えてくれるだけでよかったのに」
「それじゃ、結局挟み撃ちにされてたよ。それに、こいつが君の戦いに混ざったら、三対一だったでしょ?」
「それは……そうだが」
やはり、一度倒したように見えた一匹目は、起き上がったようだ。僕の判断は間違っていなかった、と思いたい。
「だが、戦いに慣れていない君がハンガーウルフを独力で相手にするより、慣れてる俺が三匹を相手にする方がマシだった」
「僕はさ、フレデリク」
なおも心配そうな目をする彼を真っ直ぐ見つめ、僕はきっぱりと告げる。
「君に一から十まで守ってもらうために、冒険者になったわけじゃないよ」
「アイゼン……」
「そりゃ、結局君の助けがなかったら危なかった。でも、それは挑戦しない理由にはならない。僕は自分の力で強くなって、王都に行って、そして故郷に帰りたいんだ」
彼はしばらく、何かを考えるように黙っていたが、やがて頭を下げた。
「すまん。君は、俺が守らないとって思って……君の意志を蔑ろにしてしまった」
「いいんだ。僕はやっぱり、弱いし」
「そんなことはない。アイゼンは強いさ。俺だったら、木から飛び降りてハンガーウルフに一太刀入れるなんて、思いついてもできないよ」
なんだか照れ臭くなって、僕は彼から視線を逸らした。
「まあ……その。お疲れ」
「お疲れ」
僕が左手を握って向けると、彼はこつん、と右の拳をそこに当ててくれた。
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