第六話 修練開始

「おはよう、アイゼン」


 冒険者登録を終えて少ししてから、フレデリクがギルドに入って来た。


「おはよう」


「早いな。起こしに行くつもりだったのに」


「うまく眠れなくて」


「あー……まあ、それはしょうがないな」


 焦茶色の瞳に、同情的な光が宿る。同情するくらいなら、君が泊まっている宿に泊まりたい、と思ったが、さすがに厚かましいため、言うのはやめた。


「フレディ、アイゼンの冒険者登録はしておいたよ」


「マジか、ありがとおばちゃん」


 二人は結構、気安い仲なのだろう。その後も軽口を交わした後、フレデリクは二人分の朝食を注文して、僕らは昨日と同じ席に着いた。


「寝る前に色々考えたんだけどな」


「うん」


 黒いパンをコーンスープにつけつつ、フレデリクがそう切り出す。


「アイゼンは冒険者をやってくには、ちょっと細すぎると思う」


 言われて、自分の腕を見る。

 運動部にも入らず、スポーツの趣味も特になかった僕の腕は、フレデリクのそれと比べて二回りは細い。

 昨日の晩に酒を呑んでいた男たちの腕も、筋肉質で太かった。


「腕だけじゃなく、全身な。戦い方をどうするにしろ、君は体力をつけた方がいい」


「じゃあ、走り込みでもすればいい?」


「当面はそれがいいと思う。依頼を受けるとしても、街中でできるものがいいな」


 誰にも雇われない、自由な何でも屋といった職業であるらしい冒険者には、街の外での魔物の討伐以外にも、街中で受ける依頼もあるみたいだ。


「稼ぎながら体力づくりもできるってなると、荷物の運搬系がいいだろうな」


「ある程度体力がついたら、その次は?」


「武器選びをしよう」


 フレデリクの手元にあるのは両手剣に見えるが、自分が同じものを振っている姿はまるで想像できない。

 僕はもっと、弓とか、槍とか、そういうあんまり近づかなくて済む武器を使いたいところだ。


「ごちそうさまでした」


 異世界に来て二度目の食事だったけど、食文化の発達した日本出身の僕でも、美味しいと感じられる食べものばかりなことは幸いだ。

 最も、この世界、この国といった単位で食文化がしっかりしているのか、このギルドのご飯が美味しいだけなのかわからないのは、少し不安だけれど。


「そうだ、フレディ」


「ん?ほかになにか確認することでもあったか?」


「いや、確認ってわけじゃないんだけど……僕、ここら辺の常識に疎くて、いろいろ質問をしたいんだ」


「構わないよ。なんでも聞いてくれ」


 ギルドを出て外壁の方へ向かいつつ、僕はいくつかの質問をフレデリクに投げかけた。

 自分が日本で聞かれたら首を傾げるような、常識的なものばかりだったが、彼は快く答えてくれた。感謝しかない。


 曰く、この国で使われている暦は一年が三百六十日で、緩やかな四季があるようだ。昨日はよく見えなかったが、月の満ち欠けを基準とした暦らしいので、地球で言うところの太陰暦と同じようなものだろう。


 曰く、今は夏だという。もう少しすると暑さのピークがやってくる時期で、魔物の活動が一年で最も活発になるのだとか。転移する前は七月だったから、そのまま夏が続いているような感覚だ。


 曰く、魔物というのは野生動物が変化した存在らしい。詳しい発生のメカニズムはわかっていないが、野生動物がそのまま大きくなったり、特殊な能力を備えたりした結果、人間に特別害を与えるようになると「魔物」と呼ばれるようになるという。


「最後の質問なんだけど」


「おう」


「フレデリクは、魔法使いと会ったことはある?」


 この世界に魔法はあるのか。直球にそれを聞くのは、さすがに不自然すぎる。

 暦や季節は、地域差があると誤魔化せなくもないし、魔物については住んでいたところにはほとんど出てこなかったといえば、嘘にはならない。

 だが、魔法のこととなると、あった場合は世界単位の常識だろうし、ない場合は頭がお花畑な人間だと思われかねない。

 絶対に必要な確認事項だからこそ、少しだけ遠回しな質問になることは避けられなかった。


「魔法使いかー。俺はないな、残念ながら」


「そっか。僕もないんだ。いつか、会ってみたいんだけど」


「王都に行けば、会えるかもな」


 ──この世界に魔法は、存在する。

 どういう仕組みなのかはさっぱり想像もつかないが、存在するならば、使ってみたい。帰るための手がかりになるかもしれない。

 昨日の晩、適当に口走った呪文たちはヒットしなかったが、思いつく限りの呪文を試してみる価値はありそうだ。もちろん、他の人にバレないように、だけど。


「ありがとう、フレディ。おかげでだいぶ、ここらへんのことがわかったよ」


「それはよかった。と、着いたぞ」


 昨日の晩に訪れた場所とは、ちょうど街の反対側あたりだろう。陽の光の中で佇む外壁は、篝火に照らされた姿よりもずっと重厚で、存在感があった。


「東門と北門の間なんだ、ここ」


「へえ。王都はどっちなの?」


「この街から見ると西だな。だから、西門の方は商人街になってる」


 王都が国の中心とは限らないけれど、フレデリクの言葉通りなら、この街の東は田舎になっていくんだろう。

 必ずしもそれが原因というわけでもないだろうが、彼に連れられてやって来たここは、開けた土のグラウンドのような広場や、建てつけの悪そうな小屋がぽつぽつと並ぶ、少し寂れた雰囲気の場所だった。


「ここらへんなら訓練をしても誰も咎めないし、衛士見習いのやつらとかもよく来てるんだ。ま、ひとまずは走り込みからだな」


「了解。この広場を回ればいい?」


「それだけじゃちょっと狭いだろ。ここを起点に、壁沿いにずっと走って東門までを往復、にしよう」


「わかった」


 自信はないが、まあ走ってみるしかないだろう。

 まずは三往復。がんばろう。

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