第3話

「賢明な判断だ、決して後悔はさせないよ」

「一つ聞きたいことがあるのですが、いいですか?」

実は目を覚ましてからずっと気になっていることがある。

時機を逸してなかなか聞けなかったが放置もできない。

「費用はどれくらいかかるのですか? そんなに私も富裕ではないので……」

「俗っぽい質問だね、心配いらないよ」

博士はあきれ顔で答えた。

「安く済みますかね?」

「君からは一円も取らないよ、君の成功例を見て後から後からいくらでも依頼者が来る。金持ちのね、そいつらがいくらでもだしてくれるさ」


博士の説明によると手術はすぐ終わるになるとのことだ。

手足の義体化という話だったが全身を義体化することに決めた。

全身、すなわち脳以外すべてだ。

目も鼻も口も自分の見た目とそっくりな義体。

「眼鏡もいらなくなるな、視力も聴力も君のほうで調節できるがわざわざ低く設定することもあるまい」


長ったらしい専門用語が並んだ書類にサインするといよいよ手術となる。

以前の時は意識がなかったので実質初の手術だ。

緊張で鼓動が高鳴る。

この鼓動も機械が起こしてる考えると不思議な気分だ。

「では麻酔を入れるよ、よい夢を」


目を覚ますとあの時と同じ一室のベッドに横たわっていた。

ただ以前のように点滴のチューブもバイタルセンサーも無い。

体を起こすと違和感を覚える。

体が軽い、体の重さ自体を感じない。


「調子はどうですか?」

天水さんが部屋に入ってきた。

「体が軽くてちょっと驚いています、自分の身体じゃないみたいです」

「直に慣れると思いますよ。お疲れさまでした、とはいってもどうです? 疲労感ありますか?」

言われてみて初めて気が付いた。

手術が短かったとはいえあれほどの手術だ、体に負担があってもおかしくないのだ。


「あなたの体はもう休養をほとんど必要としません、とはいえ寝なくていいわけではないですけどね、脳はそのままですから」

「超人みたいですね、これ腕力とかも話してくれたように向上してるんですか? 実感わかないですけど」

手を握ったり開いたりしたが変化は感じない。

「そういった能力の調整もあなたのほうでできます。自壊しないようにリミッターはありますけど」


能力のテストをしようとなり天水さんに促され部屋を出て遊歩道まで出てきた。

全力で走るなんて何年ぶりだろうか。

そもそも以前の自分がどれだけの速さで走れるかなんてわからない。

天水さんがメジャーで百メートルを測り目印を付けた。

「いつでもどうぞ!」

見よう見まねでクラウチングスタートの構えをとる。

地面を全力で蹴り上げスタートを切ると速度が想像以上であごが上がってしまった。

一瞬で天水さんの前を横切った。


「9秒73です」

陸上には詳しくないが世界記録ではないだろうか。

しかし天水さんは浮かない顔をしている。

「世界記録に届きませんでしたね。やはり最初はこんなもんですかね、それともやっぱり体の使い方もあるんですかね」

「え、十分すごいと思うんですけど……」

「いえ、性能的には9秒切ってもおかしくないんですよ。あっ、あなたが悪いってわけじゃないですよ」


その後場所を変え握力測定、垂直飛び、ベンチプレスなど様々なテストを行った。

「やっぱり慣れですかね。全部世界記録更新ですよ、非公式ですが」

徐々に実感がわいてきた。

圧倒的な身体能力を手に入れたことを。

「これだけ超人的な能力があるのに、体の感触、皮膚感というか、それはほとんど人間のそれと変わらないのがすごいですね」

自分で自分の腕や足を触ると皮や肉の感触は依然とほとんど変わらない。

どうせならもっと筋肉質な感触にしてくれればいいのにと暢気な感想まで出てくる。

「実はそこに一番気を使ってるんですよ。やっぱりメカメカしい、いかにも機械ですって見た目だと抵抗が強いですからね。人間らしい見た目は大事なんです」


「天水さん僕は人間の限界を超えたんですよね?」

思わず無邪気な子供のような質問が飛び出してしまう

「ほとんどは、ただ大きなな欠点がまだ残ってます。ここに」

天水さんは一瞬で笑顔を消しこめかみを指さす。

大きな欠点? なんであろうか。

「あなたの義体の耐用年数は数百年あります、それにスペアもありますので半永久的に維持できます。しかしまだ生身の部分、脳には寿命があります。生身の肉体部分よりは長くはありますが、それでもいつか寿命を迎えます」


「脳の限界ですか」

超人になったという喜びはいつしか沈んでいた。

「はい、それに今のあなたの義体の能力調整も完璧ではないのです。本来なら視力も何十キロ先見ることができ、聴力ならこの体育館に落とした針の音の聞き取るくらいには高いのです」

話が違う。

結局使いこなせるか否かで個人の能力差は出てしまうというこではないか。


「せっかく超人になったというのにずいぶん暗い顔をしてるではないか」

体育館の観客席に江賀栖博士が座っていた。

「超人君、私が入ってきた音が聞き取れなかったようだね。まぁそう悲しい顔をするな」

「博士、僕の他に同じような義体にした人が現れた場合、僕はその人に結局勝てないでしょ? 結局身体を変えても才能に敵わないなんて……そんなのないですよ」


博士や天水さんが悪いとは思わない。

しかし騙されたという感情がどうしても拭いきれない。

「悲しい顔するなと言っただろう、そういうところが生身の脳の悪いところだ」

今、生身の脳と言ったか?

博士を見上げる満面の笑みをいっぱいに湛えている。

「そうだよ、分かったみたいだね。君に提案を持ってきた。脳の義体化だよ」

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