第2話

江賀栖博士の話を聞いてから一週間たったが彼はあれ以来姿を見せない。

事件以前の記憶は何も思い出せない。

立って歩けるようになり軽い散歩程度ならできるようになった。

少し瘦せ青白くなった手足だが傷一つなく不健康な感じはない。

「どうして手足まで変えなきゃならないんだ」


自分が居たところは病院ではなくまさしく研究施設といった場所だった。

施設の周りには建物がなく、だだっ広い森と遊歩道が続いている。

遊歩道の途中にあるベンチに腰掛け手にしていたファイルを開く。

自分が遭遇した強盗事件の記録である。

何度も読み返したが生きていたのが不思議なくらいだった。


「こんにちは、はじめましてですよね?」

不意に声を掛けられ振り返ると二十代半ばくらいの女性が立っていた。

「私、江賀栖博士の助手で天水てんすいといいます。先生に頼まれて様子を見に来ました」


天水と名乗る女性はベンチの反対側に腰掛けこちらを窺っている。

「私も読みましたよ、それ。ひどい話ですよね」

「よく生きてたなって僕も思います。運がよかったです」

「……そうですね」

気のせいか少し悲しそうな表情をしていた。


「先生から義体の話聞きましたよね?」

「はい、でも手足は健康ですよ。わざわざ義体にしなくてもいいと思うんですよね」

「確かに今は健康ですよね、でも人の体は想像以上に脆く非力なんです」

天水さんは私の胸元と腹部を見ながらつぶやいた。

「先生は義体の性能について説明してなかったですよね? ちょっと簡単に説明させてもらいますね。耐久性はもちろんのこと、単純な腕力や脚力もすごいんです。今の手足は鍛えに鍛えても骨格に差がある相手が同じだけの鍛錬を積んでるなら残念ながら勝てないですよね? そういう生まれながらの能力の差も義体ならなくせるんですよ」

生まれながらの能力の差。

僕も学生の頃はスポーツをやっていたが最も小さい規模の大会でも一位を取ったことはなかった。


「それにもし事故にあっても多少の損壊はあっても大怪我はしません。それに損壊がひどい場合は代えてしまうこともできます。そもそも義体においてなんて存在しないのです」

「事故にあう可能性なんて……」

言いかけて自分に襲い掛かった悲劇のことを思い出した。

強盗にあう可能性のほうがもっと低いに違いない。

「先ほど述べた通り身体能力そもそもが大幅に向上します。慣れれば暴走車程度なら躱せますし……強盗なら返り討ちにすることなんて朝飯前ですよ」


無言でしばらく考えていると天水さんはベンチから立ち上がった。

「長々と失礼しました。こちら先生の連絡先です」

渡された名刺の裏に十一桁の数字が並んでいた。


臓器を義体化してから現状困ってることはない。

食事も必要としないが食べること自体はできる。

食自体が必要行為ではなく娯楽になっている。

今までの自分の病歴を思い出すと半分はもう心配の必要のない物ばかりだ。


名刺を見ながら考えている自分。

もはや悩んでるふりをしているだけだった。

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