パーティ当日

 エリーゼがライネスにお茶会へ呼ばれた日から数日が経った。あの場には二人しかおらず、これから行われることを知っているのも二人のみ。けれど、学園ではライネスからメリル扮するエリーゼに近づいてくることが多くなり、周囲には二人の何かが変わったことを悟ったものもいた。


 そんな中、婚約者であるチェルシーは普段と変わらない様子で、周りから憐憫の目を向けられても二人の様子を気にすることもなかった。


 実際には、エリーゼから進捗報告を受けていて、これからどうなるかを知っているだけなのだが。



 貴族たちが集まるパーティ当日。会場にはドレスやタキシードを着た、たくさんの来賓が集まっていた。ここは貴族たちの社交場。ダンスや歓談をし、お互いに親交を深めていく。そして、お互いの情報を交換していく。


 人の口に戸は立てられぬとも言う。この場で知った情報は瞬く間に広がっていくことだろう。――いいことも、悪いことも。



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 ライネスは平凡な子供だった。何かが得意というわけでもなく、何かが苦手というわけでもない。ごくごく普通な子供。だから、父親から政略結婚をすると告げられた時も、「ああ、そう」とぐらいしか思わなかった。自分も貴族としての勤めを果たすだけ。ただ、それだけだと。


 けれど、その考えが変わったのは婚約相手と会ってから。自分の婚約相手であるチェルシー・ハイランド。彼女は優秀だった。


 婚約相手ということで、二人でいる時間が多かった。その時間で親交を深め、政略結婚だとしても恋慕の情が生まれてくれればと親たちは思ったのかもしれない。だが、その時間で生まれたのは、自分が彼女より劣っているという劣等感だった。


 それだけならまだ良かった。自分が平凡だというのは最初からわかっていたはず。自分より優秀な者などいくらでもいる。わざわざ目くじら立てるほどでもない。


 だが彼女は、自分が領主教育を受けている最中、間違いを見つけては「ここはこうです」や「ここはこういった考えで――」など一々指摘をしてくるようになる。最初は我慢できていたが、何度もされれば、いくら自分が平凡だと思っていてもさすがに限界が来る。


 それはいつだっただろうか。いつものように彼女が自分に間違いを指摘している時、必死に俯きながらそれに堪えていた。そこで何を思ってしまったのか、ふと顔を上げて彼女の顔を見てしまった。それがいけなかった。


 彼女の目に自分より劣るものを見下す、侮蔑の色が見えてしまったのだから。


 発狂した。頭をかきむしり、周りにあるものすべてに当たり散らして、その気持ちを何とか発散した。けれど、それ以降彼女のことをまともに見ることはできなくなった。


 それ以降も彼女との時間は続いた。けれど、二度と彼女に心を許すことはなかった。



 最初は言葉から。今まで普通に対応していた彼女に対し、冷たい言葉を放つようになった。


 次に暴言。何度も繰り返される彼女の言葉に対し、罵倒を浴びせるようになった。


 最後に暴力。あまりにしつこい彼女に対し、殴る・蹴るなどして体へわからせることにした。


 そして、遂に彼女は自分に対し何も言わなくなったのだ。


 ようやく束縛から開放されたかのような感覚。やっと自分は自由になれたのだと悟った。けれど、どこか満ち足りていなかった。


 何が足りないのかと考えると、その答えは簡単だった。暴力をすることで彼女を黙らせる快感。そう、それは彼女を支配しているという感覚だ。


 気付いてからは早かった。親たちの目を盗んでは、事あるごとに彼女を殴り、蹴った。顔や腕など周りから見えるところだと気づかれるので、服で隠せるような場所を中心に。


 そんな行為を続けても、誰にもバレることはなかった。告げ口をすれば更に酷くなると考えたか、はたまた領地のために我慢しなければとでも思ったか。正直なところどちらでもいい。その行為で自分の充足感は満たされたのだから。


 そんな日々は貴族学園に入っても続く。周りにバレないように、人前ではお互いの関係を見せることはなかった。その結果、自分と彼女は周りから見れば、優秀でお似合いのカップルと噂されるようになる。


 そうして二年が過ぎ、何事もなく学園を卒業すると思っていた時、この時期にも関わらず転入生が現れた。メリル・ランチェスターという女性で、大人しそうでどこか印象に残らない感じだった。


 それが変わったのは、とある日の昼下がり。いつものように中庭で過ごしていると、大量の本を持った女性が中庭を歩いていた。変わってるなと眺めていると、彼女が本を落としながら倒れた。他人のことなどどうでもよかったが、一応学園では優秀な生徒と思われているので、見た以上は助けない訳にはいかない。それがきっかけだった。


 彼女に話を聞けば、図書室に本を返しに行く途中で道に迷っただとか。まぁそれぐらいなら、と思わなくもなかったため、彼女を図書室に案内した。その後は、彼女からお礼としてお茶会に呼びたいと言われたので、暇つぶしがてらに良いかと思い承諾する。


 彼女の家は優秀らしく、屋敷の大きさからしてもとにかく金があることがわかった。その時、自分に邪な考えが浮かび上がる。彼女の家と婚約すれば、あの女から解放されるのではと。


 彼女と話をして、少しづつ信用を得ようとする。どうやら彼女も自分には好意らしきものを抱いていることが感じられたので、さらに距離を縮めようと自分もお茶会へと誘った。予想通り、彼女は二つ返事で承諾した。


 それから、いつ彼女をお茶会に誘おうか考えていると、彼女が苛められている現場に遭遇する。加害者いわく、婚約者がいるにも関わらず、自分へと近づいてきたからだそうだ。


 加害者たちが去った後、自分が原因だからと彼女は二度と会わないと言ってきた。去っていく彼女の寂しそうな後ろ姿を見て、衝動的に動いていた。


 彼女を後ろから優しく抱きしめる。そうしていると、どこか足りなかった自分が満たされていくのを感じた。多分この時だろう。恋に落ちたのは。


 すぐに約束していたお茶会に彼女を招待した。彼女との会話は楽しかった。そんな楽しい会話に興じている中、執事が部屋に入ってきて、溜まっている仕事をしろと急かしてきた。


 次期領主として仕方ないと立ち上がろうとすると、彼女が自分がやると言い出したのだ。最初は渋ったものの、いざやらせてみるとその能力は凄まじかった。婚約者であるチェルシーとも遜色がないくらい、いやそれ以上だ。


 この時に閃いてしまった。彼女の家はかなり優秀な上、本人自体も優秀だ。であれば、政略結婚をするなら彼女の家にすればいいのでは。なら、あのチェルシーとの婚約を破棄したところで問題はないだろう。あの女よりも優秀な彼女がいるのだから。


 あの女は一々小言を言ってきて煩かった。それに対し、彼女は自分に何も言ってこない。とても理想的な女性だ。それに彼女がいるだけで、自分が満たされているのを感じる。


 彼女を自分のものにしたい。その一心で、婚約破棄をすることを決める。日時は次のパーティで。そこで、皆にあの女との婚約を破棄することを告げる。サンドバッグがなくなることは少し残念ではあるが、まぁさしたる問題ではないだろう。それより彼女を手に入れることのほうが大事なのだから。



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 パーティも半ばに差し掛かった頃、ライネスはメリルを連れて目的の人物を探していた。しばらく探し、ようやく目的の人物を見つけた。


「やぁ、愛しの婚約者」


 そこには婚約者であるチェルシー・ハイランドがいた。自分にとってとても腹立たしいと思っている彼女が。


「ライネス様……」


「本日はご機嫌いかがかな?」


「え、えぇ。おかげさまで……」


「それは何よりだ。さて、残念なお知らせだが、愛しの婚約者に一つ告げなければならない大事なことがある」


 ようやく……ようやく奴とはお別れだ。


「大事なこと……ですか?」


「ああ。大事なことだ。そう――」


 不敵な笑みを浮かべながら、言った。


「チェルシー・ハイランド! 君との婚約を破棄する!」

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