彼の家へ

 本日、王都にあるというライネスの別宅に招待された。エリーゼの時とは違い、お茶会は室内で行われた。


「今日はお招きいただきありがとうございます」


「なに、気にしなくていい。ただ、俺が来てほしかっただけだからな」


 その言葉を皮切りに、和やかなお茶会がスタートする。


「どうだ、このハーブティーは?」


「……美味しい」


「それは何より。遠くから高いのを取り寄せた甲斐があったというものだ」


 楽しい歓談は続く。


「ところで、今日はチェルシーさんは?」


「……今日はいない。あいつは忙しいと言っていたからな」


「そう……。よかった……」


「あいつがどうしたのか?」


 どうやら気になるようだ。


「あ、いえ。彼女がいると少し気まずいかなと思って……」


「問題ない。前も言ったように、俺が文句を言わせないから大丈夫だ」


 時計の音が静かに鳴る。


「ところで、少し聞いてもいい?」


「何をだ?」


「その、チェルシーさんとはどのようなお付き合いを?」


 エリーゼが聞くと、ライネスはつまらなそうな顔をした。


「別に何もない。ただの政略結婚だからな。お互いに愛情などなく、親が決めたままに結婚しただけだ」


「そう……。彼女は優秀だしね……」


 はぁ、とため息をつく。


「何故そんなことが気になるんだ?」


「あ、その……怒らない?」


「ああ、怒らないと誓おう」


 エリーゼはゆっくりと語りだす。


「その、私がチェルシーさんのように優秀だったら、ライネスの婚約者になれたのかな……と」


「それは――」


「いえ、やっぱりごめんなさい。今のは忘れて」


 そんな話をしていると、部屋に入ってくる闖入者が現れた。


「ライネス様、大事なことが――」


「ならここで言え」


「えぇと……」


 闖入者である執事はエリーゼをちらりと見た。


「私は構いませんよ」


「彼女もそう言っている」


「そうですか……。では――」


 執事が話す内容によると、書類仕事が溜まっているから早く処理してほしいと。中には急ぎのものもあり、速やかに片づける必要があるとのこと。。


「今はお茶会中だ。チェルシーにやらせておけ」


「ですが、急ぎのものもあります。彼女を待っている時間は――」


「ちっ。せっかくの時間なのに」


「あの! 私が手伝いましょうか?」


 ライネスが立ち上がろうとしたところ、エリーゼがそれを中断するように声を上げる。


「君がか?」


「はい。少しでもライネスの力になりたいの」


「だが……」


「それに、私の力を見てほしい。チェルシーさんも優秀ですが、私だって彼女にも負けてないことを」


「うーん……。そこまで言うのなら……。おい、ここへ」


 執事に命令して、この場に処理すべき書類を運ばせる。その数は周りから見れば膨大であったが、過去にしていたこともあってエリーゼからしたら大したことない。


「ほう……」


 運ばれてきた書類を捌く彼女の姿を見て、ライネスは顔色を変えた。思った以上にできることに関心しているようだ。


 そうこうしている内に、エリーゼは書類を捌き切る。あっという間の出来事に、周りは驚いていた。


 でも、久々だったから少し手間取ってしまったかな……。


 自己評価は悪いようだが、周りから見ればそうではない。


「メリル、君はすごいな。そこまで優秀だったとは……」


 彼が感嘆している間に、執事が書類を運んで部屋を出ていった。


「いえ……。チェルシーさんだってこのくらい簡単にできるだろうし……」


「いや、あいつはそんなに優秀じゃない。君より下だ」


「そんな、無理に褒めなくても……」


「いや、本心だ」


 これでライネスにとって、心を許せる相手だけでなく、婚約者より優秀な人物だと思わせることができた。なら、この後彼が取る行動も簡単に予測することができる。


「メリル。もし君がよければ、俺と婚約してくれないか?」


「え……。でも、ライネスには婚約者が……」


「いや、元々父上が決めた婚約者だ。俺は納得していない。君があいつより優秀だということがわかれば、父上も納得するはずだ」


「本当に、私でいいの?」


 喜びのあまり感極まったように、目に涙を浮かべる。


「ああ、もちろんだ」


「ライネスと一緒になれるなんて。信じられない……」


 涙を零す彼女を見て、ライネスはそっと近づき支える。


「今度貴族が集まるパーティがある。そこであいつとの婚約を破棄し、君と婚約することを宣言しよう」


「うん……うん……」


 胸の中で喜びのあまり頷くことしかできない彼女を見て、ライネスは誇らしげに思った。



 ――準備完了っと――



 エリーゼが内心そんなことを思っていることも知らずに……。

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