鉄板イベント

 さて、この間のお茶会でライネスとの心の距離は見事縮まった。けれど、彼のお茶会にお呼ばれする前に、もう一つだけダメ押しのイベントを仕掛けておこうと思う。



 学園にて、これまた昼下がりの中庭。エリーゼは三人の女生徒と対峙していた。剣呑な雰囲気が漂い、今にも何かが起こりそうな状況である。周りには数人の生徒がちらほらといて、心配そうな表情でそれを眺めていた。


「あなたたち、私に何の用なの?」


「あんた、最近ライネス様に近づいてるそうじゃないか? 私たち皆が二人を見守っていたのに、一人抜け駆けしようとはいい度胸だな?」


 そう言うのは、女生徒の一人。


「そんなつもりはなかったの」


「じゃあどういうつもりだぁ?」


「それは……」


 さらに険しい顔をしてエリーゼに迫ってくる。


「あわよくば、自分がライネス様と付き合おうとか考えてたんじゃないだろうな?」


「そ、そんなことは――」


「舐めてんじゃねぇぞ!」


 腕を振り上げ、今まさに危害を加えようとしている。一触即発、誰か止めるやつはいないのか。周りはまさにそう思ったことだろう。


 うわぁ。めっちゃ堂に入ってるじゃん。さすが本職は違う。


 彼女たちはエリーゼが雇った協力者だった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ヴィクトリア貴族学園は貴族の優秀な人物たちが集まる場所である。そのため、品行方正な者ばかりと思われがちだが、どんな場所でも光あるところには影のある人物はいる。


 学園で生活していたエリーゼは、どこかに使えそうな人物がいないかを探していた。だからこそ、すぐにこの三人を見つけることができた。学園ではよく思われていない、彼女たち素行の悪い生徒を。


 彼女たちには協力することを条件に、口止め料も込めて報酬を渡すことを約束した。その協力内容とは、エリーゼを苛めること。正確には、苛めているところをライネスに見せるようにすること。


 そう――苛めの対象となることで、可哀想だ、俺が守ってあげないとと彼の庇護欲を掻き立てることが目的だ。初級にして最強の奥義。これでオチないやつはほとんどいないというほどの、強力な技だ。


 これさえしておけば盤石。もはや勝ったも同然。そんな手段があるのに、やらないのは下策だろう。


 さて、彼女たちに協力を依頼すると二つ返事で頷いた。元より、そういったことを過去にしていたこともあるようで、彼女たちには自信のほどが伺えた。


 依頼相手として女性を選んだのは、男性だと絵面的に悪すぎるから。状況にもよるけど、大体が暴行・リンチにしか見えないし、何より自分が痛い。手加減していると相手にバレるから本気でするように依頼するけど、男性の力はさすがに勘弁したい。そんな理由もあり、彼女たちに依頼をした。


 依頼の際に名前を聞いた気もするけれど、どうでもよかったのですぐに忘れてしまった。でも、記号のような名前だったかなと薄っすら浮かんできたので、A子、B子、C子と呼ぶことにした。



 中庭に乾いた音が響き渡る。音の発生源には手を振り切った女生徒と、地に倒れている女生徒がいた。


「え……」


 女生徒は呆然としているようだった。殴られたであろう頬に手を当てて、ようやく自分が叩かれたと気付いたようだ。


「あんたが舐めたことをしていたからお仕置きだ」


「そ……んな……」


「なんだ、そんな目で見て。まだ自分の立場がわかってないようだな」


 再び近づいてきてさらに危害を加えようとする女生徒。さすがにこれ以上は駄目だ、周りがそう思った瞬間だった。


「君たち、そこで何をしてるんだ!」


 その苛めの現場へと近づく、一人の男性が現れた。恐らく騒ぎを聞きつけたのであろう。その男性――渦中の人物であるライネス・フェビアンは慌てて倒れている女生徒の近くに寄って行った。


「君たち、これは立派な苛めだぞ」


「それは違います、ライネス様。これは躾です」


「躾だと?」


「ええ。この女は自分の立場も弁えずライネス様に近づいていました。婚約者がいると知っているのにも関わらずです。それをどうして卑しくないと言えるでしょうか?」


 女生徒にそう言われ、黙り込むライネス。


「あなた様がやめろというのでしたら、この場は下がります。だけど、まだ続くようでしたら……」


 わかってますよね、と言外に込める。


「おい、お前ら行くぞ」


 彼女は他の二人を連れてこの場を去っていく。倒れた女生徒を通り過ぎる時、「忘れんなよ」と言っているのが聞こえた。今度同じことをしたらどうなるかわかってるよな。そういう脅しだろう。


 彼女たちが去ったことで、ようやくこの場には静寂が訪れた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 わかってる、わかってるって。そんな睨まなくても、ちゃんと報酬は払うから。


 先程の彼女の言葉を頭の中で反芻していた。


 にしても、彼女がA子だっけ? かなり演技派だね。将来、演劇でも目指せるんじゃないかな。


 エリーゼとしても彼女たちが何か下手を打ったらフォローする気でいた。けれど、彼女たちが完璧すぎてエリーゼには出る幕がなかったのだ。


 うーむ……。もし次何か頼むとしたら、また彼女たちに頼もう。


 そんな意外な彼女たちの実力に驚いていると、ふと現実に呼び戻す声が聞こえてきた。


「大丈夫だったか、メリル」


 おっと、忘れてた。こっちが本命だった。


「あ、ありがとう、ライネス。私は大丈夫よ。ちょっと叩かれただけだから」


 そう言うと、彼はエリーゼの頬にできた赤くなった痕を見た。


「同じ女性なのに顔に傷をつけるとは……。彼女たちは何を考えてるんだ」


 それをあんたが言うんかい。……確かに顔にはつけてないな、顔には。


「彼女たちは私に嫉妬してたの。私だけがライネスに近づいていたから……」


「たかがそんなことで――」


「女性とは難しいものなのですよ。そのたかがでいくらでも猛進できますから……」


 彼には理解できないことだろう。そんなちょっとしたことで行動を起こせるのが。――今は。


 後になったら、あんたも起こすんだろうけどね。


 彼の手を借りて立ち上がる。


「彼女たちの怒りも理解できました。だから今後、私はあなたに近づくのをやめようと思います」


 そう言って立ち去ろうとする。


「待ってくれ!」


「何でしょうか?」


「こんなことは二度と起こさせない。俺が守ってやる。だから、そんな事を言うな。俺の側にいてくれ」


 突然、彼が後ろから抱きしめてくる。


 ……ちょろっ。


「でも周りが――」


「周りは気にするな。俺が黙らせてやる」


 彼は普通の女性ならオチてしまいそうな、力強い言葉をかけてくる。


「そうだ。前、君にお茶会へ誘うって言っただろう? どうだ、俺のところに来ないか?」


「あなたのところに? でもチェルシーさんが……」


「大丈夫だ。あいつには文句を言わせない。それに、苛められていた女性を慰めるためと言えば、あいつも納得するはずだ」


 そう自信満々で言い切る。


 婚約者を蔑ろにするとか、ホント糞だわ。自分がやったこととはいえ、頭ん中何考えてるのか……。


「次の休日。今度は俺のお茶会に招待されてくれないか?」


「え、えぇ喜んで」


 顔に笑顔を浮かべて彼に答える。こうして物事が順調に進んでいることに、内心ほくそ笑むのだった。

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