作戦開始
学園で数日間生活しながら、エリーゼはライネスを観察していた。それによって思った感想としては、まさしくチェルシーに聞いていたような人物だということだ。
学園での彼は誰にでも優しく、困っている人がいればすぐに助けるといった品行方正を体現している。さらに、いつも暴力を振るっているチェルシーにも同じように優しく振舞っており、この様子だけを見れば確かにチェルシーが嘘を言っているように思えるだろう。
けれど、エリーゼは彼女の傷をすでに見ている。自分一人で傷つけるには痛々しすぎるもの。彼女が言っていることは嘘ではないと確信していた。だからこそ、こうして依頼を受けているわけだが。
さて、彼のことは大体わかったし、そろそろ仕掛けようかな。
あまり長い時間をかけても仕方ないと思い、エリーゼは動くことにした。
ある午後の昼下がり、エリーゼは校舎の陰から中庭を見つめていた。視線の先にはターゲットであるライネス。周囲には誰も人影がない。彼は一人で椅子に座りくつろいでいた。
彼のルーチンワークとして、いつもこの時間この場所にいることは調査済み。周りに人がいないことも、不安要素を考える必要もなくて仕掛けるにはベストなタイミングだ。
早速、彼女は中庭へ移動を開始する。手には図書館から借りてきたたくさんの本を持っていて、今から図書館へ本を返しに行っている風を装う。歩いていると、途中で彼の視線がこちらに向いたことを悟る。今だ。
彼女は何かに躓いたように前のめりに倒れ、手に持っていた本を地面へと全て落としてしまう。
彼の表での立場上、見捨てることはできないはず……。
そんな彼女の思惑通り、倒れる様子を見ていた彼は安否を確認するためか近づいてきた。
「いたたたた……」
「君、大丈夫か?」
彼から手を差し伸べられる。
「あ、ありがとうございます」
その手を取り、支えてもらいながら立ち上がる。
「確か、君はメリルさんだったかな?」
「は、はい。あなたはライネスさんですよね?」
「ああ」
彼は女性ならば惚れてしまいそうな柔らかな笑みを浮かべていた。
「それで、こんなに本を持って、君は何をしてたんだ?」
「そ、そうでした……」
慌てて散らばった本を拾う。
「手伝うよ」
そう言って、彼も落ちている本を何冊か拾ってくれる。
「ほら」
「ありがとうございます」
彼から本を受け取る。
「それで、君は何を?」
「その……、図書室で本をいくつか借りていて、そろそろ期日だから返そうと思ってて……」
「図書室に? 図書室はこっちじゃないぞ?」
「えぇと……歩いている内に、道に迷ってしまいまして……」
「そういえば、君は入学したばかりだったな」
恥ずかしそうに言う彼女に、彼は納得したように頷いた。
「よかったら俺が図書室まで送ろうか?」
よっしゃ、頼んだ。
内心では思惑通りになって小躍りしながらも、もちろん少し躊躇する様子を見せておく。
「え……? でも、ライネスさんはここで何かされてたんですよね?」
「別に、ただ一人で休んでいただけだ。大したことは何もしてない」
「でも、迷惑かけるわけには……」
「それくらいどうってはことない」
ここまですれば大丈夫だろう。
「それじゃあ……。お願いします」
「わかった」
よし、第一段階はまず終了っと。
彼に連れられて、エリーゼは図書室へと向かうのだった。
図書室に本を返し終え、二人で部屋を出る。
「今日はありがとうございました」
「何、これぐら気にしなくていい」
そう言うと、彼は軽く手を挙げてこの場から去ろうとした。
「あ、あの」
「ん? 何だ?」
「よければ今度、一緒にお茶をしませんか? 今日のお礼をさせてほしいんです」
精一杯の勇気を振り絞ったように、不安と希望が入り混じったような表情で告げる。どうか成功してほしい。そんな願望がうっすらと見えるような表情で。
それを見た彼は断るのは野暮だと思ったのか、快く頷いた。
「ああ、もちろんだ。喜んでご一緒させてもらおう」
「あ、ありがとうございます」
「用件はそれだけか? なら、俺は帰らせてもらう」
そう告げて、彼はこの場を去っていった。彼の姿が見えなくなり、部屋の前には一人になった。
ちょっろ。まぁでも、これで次のステップか。楽で助かる。
エリーゼは鼻歌を歌いながら、軽い足取りでその場を後にした。
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