一章
彼女の日常
窓の外から朝日が差し込み、小鳥のさえずりが耳を撫でる。心地よい朝のひと時が流れていくのかと思われたが、突如辺りに響き渡る大きな音がそれをぶち壊した。
「わあぁぁぁぁぁぁぁ」
鼓膜を破壊するような大きな音に慌てて飛び起き、混乱する中音の発生源を探し急いで止める少女がいた。短い黒髪にどこかあどけない顔立ちの少女、エリーゼである。
「はぁ……。もう朝か……」
目覚ましを止め、ようやく冷静になった彼女はボサボサ頭のまま漏らす。眠け眼を擦りながらしぶしぶベッドから降り、洗面所へ顔を洗いに行く。戻ってくると、目を覚ますためにコーヒーを入れ、王国で発行されている情報誌を読む。
「あ、昨日のやつ載ってるじゃん」
そこには昨日婚約破棄をしたアルドール家のご令息と、エトワール家のご令嬢の婚約が破棄されたという情報が載っていた。
「一貴族の婚約破棄程度がニュースになるとはね。まぁ、それだけエトワール家がすごいことの裏返しだけど」
王国で有力な貴族の内の一つ。そんな家との繋がりを持つための政略結婚だったのに、ワルターがすべてご破算にした。今頃彼の立場はどんどん悪くなっているところだろう。
「なになに。『ワルター氏はひたすらクレアはどこだと、うわ言のように言い続けているようだ。彼女とは愛を誓い合ったんだと彼は言うが、彼が言うような女性は見つからなかった。そのため、周囲は彼が妄言を吐いていると結論づけたようだ』って。あはははっ、ざまぁぁぁ。そんな女いるわけないでしょ。あはははははははははうげぇっごほっごほっ」
あまりに笑いすぎてむせている彼女だった。
彼女が住む家は王都にある小さな一軒家だ。住宅街の一角にあり利便性も十分、おまけに庭もついている。小さな一軒家といっても、一人で済むには大きすぎるほどだ。家賃もエリーゼからしたら大したことないので、この家は結構気に入っていた。
彼女は一通りの情報を仕入れると、時間に遅れないよう出かける支度をする。ボサボサした髪を整え、制服に腕を通す。一通り準備を終えた彼女は、家を出て待ち合わせの場所と歩いて行った。
「あ、おはようエリーゼさん。体調はもう大丈夫なのぉ?」
そこにはすでに一人の少女が待っていた。彼女の名はエリン。エリーゼにとって大事な友人だ。名前が似ている上たまたま席が近かったので、彼女と話すようになったのだ。
「エリン。心配してくれてありがとう。もう大丈夫だから」
「よかったぁ。でも、大変だったんでしょう。体中にできものができて、頭痛・腹痛がずっと続いてたんだからぁ」
「う、うん……。そうだったね……」
エリーゼは婚約破棄の代行を依頼される都合上、相手の学園へと入学する場合がある。そのため、本来の学園を長期間休む必要があるわけだが、いつも理由に苦心していた。いい加減考えるのが面倒くさくなっていた彼女は、適当な言い訳をついていたことをすっかり忘れていたのだった。幸いいつもほわほわした様子のエリンは特に気にもしていないようで、エリーゼとしてはホッとしている。
「それじゃあ行こっか」
二人は学園へ向けて歩き出す。周りに見えるのは朝の王都を行き交う人々の姿。別に珍しくもない、いつもの見慣れた光景だ。
王都セレンティア。ここクライン王国における最大の都市で、多くの人が住んでいる。貴族・平民分け隔てなく扱われることから、この国で住みたい場所No.1だ。学園などもたくさんあって教育水準が高いことから、ここに住みたいと外からも人がやってくる。
しばらく歩き、目的の場所に到着する。到着した場所は、王都でも最も活気がある中心部――ではなく、そこから少し外れた場所だった。目の前にあるのは学生たちの学び舎、ウィット―リア学園。貴族・平民関係なく通うことのできる、二人が通う学園だ。
二人は門をくぐり教室へと向かう。
「エリーゼさんだ」
「エリーゼさん、大丈夫なの?」
教室に着けば口々に心配の言葉が発せられる。
「みんな……私のことを心配してくれて……」
彼女に対するクラスメイトの態度に、少しウルっときていた。
「そりゃ、あんな症状聞かせられたらな」
一人の男子がボソッと告げると、周りの皆がうんうんと頷く。
そういえばそうだった……。
エリーゼは先ほどのことをすっかり忘れていたようだ。彼女はひきつった笑みを浮かべて、何とか誤魔化せないかと考えていた。
そんな彼女の願いが叶ったのか、タイミングよく始業を告げる鐘が鳴る。クラスメイトたちが次々席へ着く様子を見て、有耶無耶にできたことに内心胸を撫でおろしていた。
しばらくして教室に教師が入ってくる。今日の授業が開始された。
「はぁー、疲れたー」
何とか今日一日を乗り越えた彼女は、机に脱力して突っ伏していた。
「疲れたって言っても、いつもと変わらないし。エリーゼって体力少ないんだな」
すると、隣に座っていたキリカが声をかけてきた。
「いやー、久々の授業だからね。前覚えていたとこからかなり進んでて、ついていくのに必死なの」
それっぽい理由をつけてはいるが、エリーゼにとって授業は難しいものではない。仕事で他の学園に入ることもあるので、基本的な勉強はできてないといけないためだ。
相手に近づくために学園に入ったのに、頭が悪すぎて退学させられては本末転倒である。そういった意味で、彼女は努力家だった。
疲れている理由は、単にこの学園での付き合い方を思い出しながらだったためだ。うかつに前の学園での言動をしようものなら、こいつまた頭おかしくなったなと思われてしまう。この学園では平穏に過ごすため、断固として避けなければならないのだ。
「さて、今日はもう帰る」
何を思ったのか、急に机へ手をついて勢いよく立ち上がり、鞄を持ってさっさと教室を出ていく。先ほどまで疲れ切っていた様子がまるで嘘のようだ。
「……元気じゃん」
そんな彼女の呟きがエリーゼに届いたのかは定かではない。
学園を出たエリーゼは、久々に何も考えることなく王都を満喫していた。
「いやー、頭を空っぽにして甘いものを食べて回るのは最高だ」
片方にはソフトクリーム、もう片方にはクレープを持って食べ歩きをしていた彼女だった。
周りから見れば、なんて食い意地の張った女なんだろうと思われてもおかしくない。その上独り言を言ってるわけだから、やべーこいつには近づかないでおこうと思われている。現に近くにいた男性がそっと距離をとっている。しかし、自分しか見えていないエリーゼは気づかない。
「さて、次はどこに行こうかしら」
手に持ったソフトクリームを完食し、もう片方のクレープに取り掛かろうとしながら、次の店を探している。
「お、次はあのケーキ屋さんにしようかなー」
そんな言葉が聞こえた通行人は耳を疑っただろう。まだ食べるのか……と。
「……ん?」
次の目的地を決めて歩いていると、向こうから見覚えのある灰色のフードをした人物がこちらに向かって歩いているのが見えた。
「ふんふんふーん」
エリーゼは鼻歌を歌いながら、目的のケーキ屋へと歩いていく。途中灰色のフードの人物とすれ違うが、お互い何事もなく離れていく。
「ふーん……、20時ね」
いつの間にかポケットに入れられていたメモを見て小さく呟く。
「せっかくの学園だったのに、またしばらくお休みかー」
仕方ないかーと諦めつつも、ならばこの一瞬を楽しむのみだと勢いづいて、クレープを食べ終えた彼女はケーキ屋へ突撃して注文をするのだった。
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