第28話 …こうだってやつ
鯉沼のおさげが跳ね上がる。
いや、それ以外の皆も顔が引き攣った。
「え……、ってことはフクロウ探偵事務所もグルだったってことですか⁉」
「そう思うしかない。そもそもはここまでの計画だったんだろう。だけど、ここで誤算が生じた。」
「準君…」
「あぁ。まさか、犬山が香織が生きている証拠を持ってくるとは思わなかったんだろう。」
「だからって…、殺さなくても…」
さっきまでの怯えの震えが、怒りの震えに変わる。
だけど、待ってましたとばかりに恭介と涼子が詰め寄る。
爽やかな顔も美しい顔も霞んでしまう邪悪な顔で。
「はぁ?何を言っているんだ。黙って聞いてりゃ勝手に人殺し扱い。それ、全部お前の妄想だよな?」
「鹿西裕次郎の部屋の鍵は見つかっていないのよ。それに屋上のキーカードだって見つかっていないの。現場を見てもないのに勝手な事言わないでよ‼」
そして、この男も。
こいつは最初から邪悪な顔だが、ついでに参戦する。
「あー?んじゃあ、全部おっちゃんの妄想かぁ?そりゃそうだよなぁ。あー、このセリフがマジで言えるとはなぁ。せーのー、それ、アンタの感想ですよねぇぇぇぇ?」
「せーのって、アンタ、一人しか言ってないじゃん」
陽菜が邪悪っぽい顔で応戦するが、彼女ではただの小悪魔的な顔にしかならない。
そして、狐座夫妻は完全に勝ち誇った笑みを浮かべた。
「裕次郎が犬山を殺して、その後首を吊った。当然、鍵は屋上にあるんでしょうね。こういうのを密室って呼ぶんじゃないの?」
「ナンデモなんて、気持ちの悪い名前しやがって。お前はまだその密室を解いてないだろうが」
現場を見てもいない人間が、何を言っているのか、と。
これは自殺以外にあり得ないと、豪語する二人。
「ま、いいや。続きがあるんだけど」
「は、妄想の続きか?」
「妄想じゃなくて想像。お前たちには存在しなかった、二日目の夜の話だよ」
「ちょ、それは…」
そしてついに鷹城の顔が引き攣った。
それどころか、助手に耳打ちをして何かを伝えている。
「昨晩は確か、予定よりも早く出たんだっけ。それ自体はよくあることかもしれない。けど、その後がおかしかった。おかしすぎた。」
「な、何がおかしいのよ。毎回あんな感じよ。星が見えたらそれでいいんだから」
そうだ。この星降る塔のイベントは年に四回だけ開催される。
初日しか会わなかったけれど、裕次郎が娘を待ち続けていた気持ちは本物だろう。
「先ず、階段の途中で烏丸健二郎が合流した。確か俺達が三階に上がった時」
「彼は寝坊したって言ってたじゃない。この妄想、まだ続けるの?」
「…そして俺達は屋上に昇った。そこは悪臭が立ち込めた星空。前の日と同じ、いやリアルタイムでエンジンが回っていたから、もっと酷い臭いだった。そうだ。その時、恭介が合流したんだっけ?真っ暗の中、お前の声が聞こえてきた。これは流石に妄想じゃないよな?」
「それこそ、熊代が生きているという証拠じゃない。熊代が死んでいるっていう自分の推理まで否定して、妄想じゃなくてなんなのよ‼ね、先生?」
「そう…ね。」
悠は陽菜に目配せをして、陽菜は脱出ルートを探る。
追い込まれた先に、何が待っていても対応できるように。
「犬山は180㎝を越える大男だ。老体の鹿西裕次郎は犬山準一と対峙したことになる。恭介、二人はどんな感じだった?」
「俺は連れて行っただけだ。だから、直ぐに合流しただろ‼」
「熊代が塔の外でバスに乗っていたなら、老体が一人で覚悟を決めた犬山を殺したことになってしまうんだけど。それって」
「不可能とは言い切れないだろ‼」
恭平はそう言うが、どう考えても不可能だ。更に言えば恭平一人でも、間違いなく負ける。
これこそ直感だけど…
「犬山は俺でも勝てない。老体が犬山に勝つって考える方が妄想だよ。相当強いぞ、あいつは。だから、アイツを殺せるとしたら不意打ちするしかない。絞殺は不可能に近い。だったら刺殺?」
「ハウダニットですね‼」
「いや。これはもっと物理的な話なんだけど。なぁ、お前たちはとっくに詰んでいるんだぞ。」
「どこがだよ‼さっきから言っている‼密室を解いてみろと‼無理だよなぁ。だって鍵は親父のところ。屋上にあるんだからなぁ。」
「そうよ。何を言っても、アンタの妄想。壊すしかなかった扉とカードキーがなきゃ開かない扉をどうにかしないと、意味のない妄想よ。全部、アンタの妄想。」
「ろ、録音しておいたわよ。恭介様に盾突いたんですもの。侮辱罪と脅迫罪で訴えてやるんだから‼」
あ…
「あーーーーー、ちょっと待って頂戴。折角なら、壊れた扉の前で録音をした方がいいんじゃないかしら。私が推理小説張りの推理を見せてあげるから」
い…
「いいじゃないっすか、姉御‼俺も超見たかったんすよ。なかなか殺人現場に出会わねぇから、せっかくなんでいいっすか?」
う…
「上手く喋れるかしら。とりあえず、その録音は一度、消させてね」
え…
「遠慮すんなって。出血大サービスってやつだ」
お、おう…
「お前…」
「海老沢さん。今から事件解決編よ。皆を案内して頂戴。」
「じ、事件解決編‼やった‼先生、それではお願いします。」
「頭なんて下げなくていいわよ。先に準備をお願いね。やっぱり主役は後から登場したいから」
「ナンデモさん。私たちも頑張りましょう。現場はちゃんと見れていないから、今度こそ決定的な証拠を見つけ出しましょうね‼蓮……ちゃんも、もう少しだからね」
「…はい。僕、頑張ります‼」
ええええええええええ‼
「ちょーー‼お前ら‼何やってんだよぉぉぉぉぉ‼」
「え?だって、事件解決編じゃないですか。きっとサブタイトルも事件解決編って書いてますよ?」
「書いてねぇし‼そんな空気感でやってないし‼」
絶対に偽物の、フクロウ探偵事務所の二人は出入り口を封鎖していた訳ではなかった。
それは知っていたけれど、言い出せるムードでもなかった。
そも、これ以上は何の意味もない。
悲しいことに、古典推理はやっぱり古典なのだ。
だけど、ここまで古典的ミステリー風にやってきたから、皆が事件解決編を望んで階段を上がっていく。
階段は前にも説明したが、塔の入り口のすぐ近く。
——完全にしてやられたってわけ
「お前ら‼分かってんのか?密室、密室言ってるけど、今回の事件は全然密室じゃないんだぞ‼」
「え?何を言っているんですか。鍵が屋上に残った状態なんですよ。」
「ですよね。僕、お星さまの話は好きですけど、ミステリー小説はあまり読んでいないので」
頭に血が上ってしまったのか、あの偽物探偵たちを信じ切っているのか。
結局、二階の螺旋階段前まで来てしまった。
「さっきから煩いわね。それに密室じゃないって、今入れないんだから、密室で…」
「ハウダニット」
「ハウダニット‼」
慣れれば、なんとかなりそうな女、海老沢メメ。
そして、悠の頭に浮かんでいる、口を突いて出る言葉は。
「ピ……、——ガチャ。ズズズズズズズズ……ギギギギギギギギ……だ。」
壊れた何かだった。
ように見えたのか、全員が怪訝な顔を浮かべる。
勿論、陽菜以外だが。
そして、陽菜は上司に応える。
「ピ……、ズズズズズズズズ……ギギギギギギギギ……、——ガチャ。でしたよね‼」
「そういうこと。」
「え、どういうこと?暗号か何かですか⁉」
「暗号でも何でもないよ。ここから上に行ったところにある屋上への扉はキーカードを使って、開いたり閉じたりする。」
「あ、当たり前のことじゃない。それが何だって言うのよ」
これは鯉沼の言葉。流石にここの従業員は気付いている。
「扉と鍵、それはただの言葉だ。あそこだけ構造が違うんだよ。カードで触れた後にスライドして開閉する。」
「つまり、触れた後に投げ入れたら…」
「屋上にカードを残したまま、閉めることが出来る‼ほんとだ。その後入ることは出来なくなるけど。」
「そ。これがカードキーに対するハウダニットだ。上に誰かが残る必要はないんだ。な、涼子さん。あの日、鷹城の指図でそうやったんだろ?」
あの日、カードキーを持っていたのは狐座涼子だ。
彼女はこの方法でカードを屋上に残した筈だ。
「待て。裕次郎の部屋の鍵は普通の鍵だ」
「そ、そうよ。それがあの部屋にあればいいんだわ。そうすれば、密室の完成…」
「はぁ…。好きにすれば?」
「当たり前よ。だって、そうじゃないと…」
必死の形相で駆けあがる夫妻。
彼らを見送る独り言探偵。
「いいんだ。見つかるわけがない。」
「え?なんでですか?無理やり見つけるかもしれないじゃないですか。」
「そうですよ。やっぱり追いかけないと」
いや…
あそこには犬山の遺体がある。
ここで追いかけたら、多分彼に怒られてしまう。
この隙にやるべきことがある。絶対に用意している。
「香織、準一は携帯を持ち込んでたんじゃないか?」
「え…。どうして知っているんですか?って、その……」
「今がチャンスだ。俺達がここで引き留めておくから——」
そして香織は準一と過ごした部屋に入っていった。
後は、螺旋階段の前で待ち構えるだけ。
だから今のうちに、と陽菜は悠に問いかける。
「で、どうして鍵は見つからないんですか?」
「鷹城はこう言った筈だ。熊代を止めるフリをして、外に出ろ。それから思い切り上に向かって鍵を投げろってな」
「……そっか。カードだと難しくても、金属製の鍵なら遠くに投げられる。でも、合鍵がない理由にはならないじゃないですか」
「なるんだよ。恭介一人じゃ、絶対に殺せない。だから、あの場には烏丸も一緒に居たんだ。烏丸は多分殺し屋だ。恭介は烏丸の力を借りて、犬山を殺した。でも、単独犯に見せたいから、絶対にノイズは残さない。」
「え?烏丸との共犯?…でも、烏丸は二階から来ましたよ。」
「烏丸は殺し屋で身のこなしは軽い。そしてあの夜のテーマはマイクロバスだ。窓からバスの上に着地して、何気ない顔で一階から二階に上がってきたんだ。涼子が少し急いだのは、一階の階段から上ってくる姿を見られない為だよ。」
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