第27話 経緯は…
烏丸が動いたことで、その場にいた全員の顔が凍り付いた。
凍り付いた理由は、それぞれに違う。
「陽菜‼」
「分かってます‼蓮ちゃんは頑張って守ります‼」
「え…。な、なんですか?」
蓮は何が起きたか分からずに困惑をしている。
そして、従業員の誰かは。
「先生、これはどういうことですか‼」
「か、彼は何をしているんですか?」
烏丸がホテルの出口を塞ぎ、鷹城は戸惑う面々を他所にゆっくりと出口に向かう。
「どういうこと?それはそこの彼に聞いてみたら?」
その様子を呆然と眺めているのは、本当に何が起きたか分からない者だけ。
そして、どういうことかと聞かれたならば、
「話していいってことだよな。海老の介」
「絶対にワザとっすよね⁉も、も、もしかして、アレですか⁉」
「あぁ、今回の事件の経緯はこうだよ。」
そう、今回は今回で違う意味の適当さを含んだ殺人事件だ。
この中でクリーンな人間は海老沢と猪川。
後は何らかの形で事件に関わっている。だから顔を強張らせながら、独り言探偵に向かって反論する。
「それを話し合ってたんでしょ。」
「ちょとー、久美子。ここで話を折っちゃダメだよ」
だから、立ち位置はバラバラだが、法則性はある。
「経緯はこうだ。俺達が乗ったマイクロバス、あれは予め用意されていたものだ。犯人は熊代雄太にその古い型式のバスに乗ってくるように指示を出した。予定のバスは何処かに移動させたか、本当に修理に出していたんだろう。だから、彼は仕方なく乗りなれないバスを運転した。」
「そ、それがどうしたんだ。本当に電気駆動のバスは故障してたんだ。」
反論したのは星の王子様こと、狐座恭介。
「こんな大切なイベントがあったのに?」
「そうだよ。だから、父は怒り狂ったんだ」
「でも、オーナーは気付いていないって感じだったよね?あの時、あの人があんなことを言わなければ、怒ることはなかったのに」
『古式のディーゼルエンジンでゆっくり登って来たんだもの。空気が淀んでいるせいで、満天の星空とは行かないみたいね』
『熊代に確認を取ったところ、電気自動車が充電できていなかったようで』
「そうなんだ。あの時の鷹城の大きな声がなければ、穏便に済んだはずなんだ。そして狐座恭介が熊代の名前を出した。あの後の反応から、オーナーと熊代の仲は良好ではなかったと分かるんだけど」
「だったら、なんだって言うの?さっき、話をしていた通りじゃない」
次は王子様の奥様、狐座涼子。
「あぁ、その結果。俺達は真っ暗な中、建物へ帰ることになった。オーナーが熊代に対して憤慨しているってイメージだけを残して。だけどさ。俺達は食事時間の時しか、熊代を見ていない。これってやっぱりおかしいだろ」
「おかしくなんてないわよ。だって、恭介様が探したけど逃げていったって言ってたじゃない。」
「逃げていった、までは言ってない。けど、見てないのは事実だ。そして、もう一つある。オーナーが信頼していたのは、猪川さんじゃなくて狐座涼子さんの方だ。あの時のオーナーの態度はやっぱりそれを意味してたんだ。それは多分、俺よりも皆の方が知っているんじゃないかな?」
そういう意味のない嘘がいくつか散りばめられていた。
イチイチツッコむ理由もなかったのだけれど。
「それは…、仕方ないじゃない。だって…」
「ま、深くは追及しないけどな。」
「ナンデモさん?あの、経緯の方は…」
「あぁ、そうだった。先ず、熊代だけど、食事の後に殺されている。殺したのは…、お前だ。狐座恭介。」
「な?そんなわけないじゃないですか。だって、僕はアイツを探しに行ったんですよ?」
当然の反応。それに実は根拠はない。
「でも、見つからなかったんだよな。それはそうだ。アイツは屋上で殺されて、そのまま屋上の隅に放置されていたんだからな。」
「えええ⁉私たち、死体と一緒に星を見てたってこと…ですか?」
「ま、その時は気付かなかったよ。だって、真っ暗だし。行動範囲まで制限されていたし」
「詭弁ね。だって、その死体は見つかっていないじゃない」
と、鷹城。
彼女の存在は最初から浮いていた。
「そうだな。流石にこれは想像でしかない。だけど、殺されているのは間違いない。元々の筋書きは熊代を殺した罪の重さに耐えきれずに、娘との思い出の木で首を吊らせることだったんだからな。」
「実際にその通りなんじゃねぇのか?実際に首を吊ってる。まんまじゃねぇか。」
鷹城の部下、烏丸の言う通り。今回の筋書きはそうなる予定だった。
「父親が娘との思い出の木で首を吊ろうなんて思うかな?そこが先ず引っかかった。だって、木まで再現した星空を残すような父親だ。そして酒か睡眠導入剤か、どっちか分からないけどフラフラになって自室に戻った裕次郎を殺したのはお前だ。狐座涼子。」
「なんですって?そんな訳ないじゃないの‼それにアナタ、頭がおかしいんじゃないの?裕次郎は屋上で首を吊っていたのよ?」
流石にこの矛盾点は突いてくる。
だって、彼らが用意したとっておきのトリックなのだ。
「確かにそうだな。でも、その矛盾を解決してくれたのが二人の証言だ。一つは海老沢メメの証言。裕次郎の部屋には窓があった。俺は縛られてて実際に見ていないけど、かなり大きな窓だったんじゃないか?」
「え…。確かにそうだけど…。なんで分かったの?」
「愛する娘との共通の趣味。星空を見る為だよ。そして、これもマイクロバスの話に戻ってくる。熊代のノロノロ運転は旅行者に窓の存在を気付かせないためだ」
「はぁ?アレはただ、運転がへたくそだったからだろ。」
「いーや。彼はあれくらいの速度しか出せなかった筈だ。街灯も明かりもない中、ハイビームが故障したバスを運転しなければならなかったからな」
「そういえば、言ってた‼バスが故障してるって…。アレってそういう意味だったの?」
「運転が見ていられないと思って、確かめてたんだ。演出の一部ってことで呑み込んでたけど」
とは言え、まだ全然足りない。
「ハイビームが故障?それは知らなかった。今後気を付けるようにするよ。で、それがどうしたっていうんだ?」
「そうだな。それだけだとな。んで、もう一人の証言者。陽菜、言ってやれ。」
「え?何をですか?」
「宝くじの話だよ」
「ええええ。ここで、ですか?えっと私の上司は金払いが悪いんです」
流石に、これは唖然である。
だが、悠は自信満々の顔で、ブラックな上司だと胸を張る。
わけではなく。
「だから宝くじを買ったんです。あ、でも。絶対に当たる気がします。だって、流れ星に願いをしたから…。あ、流れ星…」
「そ。あんな中で流れ星が見えたってのが引っかかってた。真っ暗な中で、しかも鯉沼久美子が必死に冬のダイヤモンドを探している中で見えなかったのに、だ。そしてあのタイミングは丁度、涼子さんが明かりをつけていた。新月の夜、しかも排気ガスも周囲に充満している。ワイヤーと死体を隠すために、熊代にグルグルと運転させたんだろうな。」
「全く。意味が分からないわ。流れ星なんて頑張れば見えるものよ。私だって一つか二つ見つけたし」
「それはそうだな。問題は見えた位置、つまり南の空の下。っていうか、階段の構造上、最初に目に映るのが南の空だ。」
「それも当たり前よ。だって、星空は南の方が明るい星が多いんだから。ほんと、素人ね」
そう。星空は南を中心に描かれる。
だから…
「裕次郎の部屋も南側だった。一階フロアに描かれた星も、南側に目が行くように作られていた。つまりその下にオーナーの部屋がある。それが重要なんだ。」
狐座夫妻の顔面が引き攣る。
鯉沼久美子の顔も青ざめる。
だけど、まだ。辿り着いていない。
「鯉沼が邪魔だ、邪魔だと言っていた大木を利用しようと犯人は考えたんだ。しかもあの大木は裕次郎の思い入れのせいで、切られることのない大木。おそらく、ロープの端にワイヤーが繋がってて、そのワイヤーが裕次郎の自室の窓のどこかに縛り付けられていたんだ。それを引っ張ることで、予め用意されていた大木から伸びるロープを手繰り寄せられる。」
「それを引っ張って首吊り死体に見せかけたんだ‼」
陽菜が拳で手を打って納得の仕草をするが、それでも足りない。
「何を馬鹿なことを言っているの?死体を引き上げる?私が殺した後に?」
「滑車でも使ったんだろう。
「雄太さんの……死体?」
すると、猪川咲奈が呟いた。
「多分、な。錘を使って体重の調整はしただろうけど。恭介は熊代を探すフリをして、隙を見て屋上へ行って、予め括り付けていたロープごと、熊代の死体を突き落とした。これなら女性である涼子さんの力を必要とせずに上まで持ちあがる筈だ」
「そんな簡単に行くものかしらね?私ならそんなこと考えないけど」
「年に四回しか開催されないんだ。しかも、裕次郎は通院している。普段はここに住んではいないだろ。練習する時間は何度でもあった筈だ。例えば、丁度良い高さになるには、どのバスの上に落下させるのが良いか、とかな。更に言えば、その時間には猪川は一階フロアにいるし、落下させる側の部屋は鯉沼とお前たちの部屋だ。海老沢は空気を読んで、部屋を空けていたみたいだし。分厚い壁の向こうから、万が一落下音が聞こえても、知らんぷりをすれば済むだけだろ。」
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