第26話 南出雲はうなだれる

「成程。それなら二つの鍵がないのも納得ですね。犯人がそれを持って屋上に潜んでいるかも」


 推理小説愛好家はワクワク顔で手帳にメモを残す。

 そんな中、今度は別の人間は主張を始めてしまった。


「あ、あの…、わわわ、私はさっきの話の方が納得できます。」

「さっきの話って?」


 話したのは猪川咲奈。

 即座に鯉沼に白い眼で睨まれるが、猪川はこちら側に座っているので敢えて気付かないフリで聞き返した。


「お、オーナーは感情の起伏が激しい方です。えっとワイダニットでしたっけ。行方不明の娘の話を出されて、激昂してしまった…とか。さ、最初に鷹城先生が仰られていたことです」

「鷹城が先生?」

「ナンデモさん、ツッコむのはそこじゃないですよ。さっきから先生って呼ばれてましたし」

「そうね。その話もしたかしら。もしも、裕次郎氏が犬山準一を怒りに任せて殺して、その後我に返ったとしたら。犯行が可能なのは自分だけだと気付いた筈よ。だって、彼は皆が屋上にいると知っていたのだから。そして彼は見たのよ。全員が階段で降りていくところをね。逃げ場がないと知った彼は唯一の逃げ道の屋上へと昇った。だけど、既にうつ状態になっていた彼は、愛する娘との思い出の木を見てしまった。後は分かるわね。彼が自ら命を絶った動機。これも立派なワイダニットでしょう?」


 熊代の話が一切出てこない流れ。

 それをぶら下がった遺体を眺めて、話していたらしい。


「流石、鷹城先生です‼そっか。そういう見方も出来ますね。う……、推理小説愛好家の勘がピピンと来ました‼オーナーはワザと熊代にマイクロバスを運転させていたんですね。あそこからなら指示が出せそうですし‼」

「ん?指示が…」


 出せる?


「ふーん。やるじゃない。その可能性は敢えて言ってなかったのだけれど」

「そうか。その可能性もあったのですね。流石です、海老沢様」

「ちょっと。なんでメメが良いところを持っていくのよ。それに内線は通じなかったって話が出てなかった?」

「ふふん。残念ね、久美子。色々アナタを手伝いたいけど、こればかりは譲れないの。こっちの推理だと熊代はずっと外に居たって話になるんだし。内線は使えなくても当然。それでも指示を出すことは可能だったのよ。だって、オーナーの部屋には窓があったんだから‼」


 ドヤ顔の推理小説愛好家探偵。

 彼女は手帳にサササっと書き込み、適当に書かれた塔の側面と棒人間とマイクロバスを皆に見せつけた。


 ぐぃぐぃ


 ここで陽菜が悠の袖を皆に気付かれないように引っ張る。

 そして恋人の肩を枕にする少女のように頭を横に傾けて、彼女は小さな声で呟いた。


「皆が探偵気取りって……、なんか恥ずかしいんですけど」


     ◇


 南出雲悠みなみいずもゆうは項垂れた。

 そして、細目で小さく震えながらも、固く握られた拳を見やる。


「——、陽菜、大丈夫だよ」


 悠は囁くように言った。

 左に座る彼女の為に、右に座る彼女の為に。


「え…?」

「え…?」


 左右から同時に疑問符が投げられた。

 とは言え、左の彼女の方はどうしたものかとも思う。


「今のでちょっと分かった。見えない部分が多かったけど、今のは助かった」

「見えると話しちゃうからですけどネ」

「それもあるけど、そうじゃないよ。見ることさえ許されなかったって話」


 テーブルについてからも所々で独り言はあったが、悠がはっきりと喋ったのはこれが初めてだった。

 だから、対面に座る四人の動きが止まる。

 烏丸は身構え、海老沢は身を乗り出した。


「おお‼ここで真打ち登場ですか?オジサンも何か閃いたってことですね?」

「まぁ、そんなとこ。みんなばっか話してて、ズルいだろ?」

「何よ、容疑者のくせに…」

「そうかもしれないけどさ。海老ノ丸さんだっけ」

「海老沢さんですよ」

「そうだった。海老沢さん。こういう時は初心に帰るべきだ。最初の夜のアリバイをここで確認しておこう。」

「え?最初の夜ですか?だって…」

「ほら。あの日の夜、鹿西裕次郎は熊代雄太を呼ぶように伝えたんだったよな。屋上で。」


 あの日の夜も空気は汚れていて、視界0と言っても過言ではなかった。

 その中で裕次郎の怒鳴り声があまりにも目立っていた。


「えっと。確か、恭介さんが熊代を探しに行って…」

「そうです。館内を探しましたが、どこにもいませんでした。外も探そうと思いましたが、あの暗闇ですのであの日は諦めました。」

「なら、熊代はやっぱり外にいるってこと?」

「それはなんとも。上手く隠れられたのかもしれません。ですが、二日目の夜にマイクロバスを運転していたから、やっぱり外にいたのでしょう。あの時、マイクロバスも確認していれば…」

「ふーん。まぁ、いいか。俺と陽菜はそれぞれ自分の部屋で寝てた。アリバイとしてはいまいちだけど。で、猿田、お前は?」

「…え、えと。僕も部屋に居ました。準君と同じ部屋です。でも、準君は一度だけ部屋の外に行って、十五分くらい経った後に戻ってきました」


 蓮は拳を握りしめたまま、懸命に初日の夜のことを話した。

 すると今度は彼女、狐座涼子の出番。


「それについては私が対応いたしました。内容が内容だった為、次の日に改めてという話をさせて頂きました。裕次郎様は既にご就寝中でしたし」

「準君もそう言ってました。明日、大事な話をしてくるって…」

「ええ?それって…」

「海老丸。お前たちのアリバイは?」

「海老沢ですぅ。って、私のアリバイっすか……」


 今まで探偵気取りだったくせに、海老沢メメが目を泳がせ始めた。

 泳いでいった先には鯉沼がいたが、彼女は顔を伏せてしまう。

 だが、ここでもやはり彼女が口を開いた。


「海老沢さん。良いのですよ。私も知っていますから」

「え…。マジっすか?……えっと、私はここで本を読んでました。だって、親友とその彼氏がいる前では読めないっすから。」


 びくぅぅと鯉沼と猪川の肩が跳ね上がる。


「マジ…かよ。お前たちの部屋って俺の向かい側。マジで性なる…痛。でも負けない。性の夜じゃねぇか‼そんなことがイケメン勇者には罷り通るって話…か」

「あ、あんたとは違うんだから」

「知っているのと許しているのとは違いますけど?」

「ヒッ…」

「ご、ゴメン。久美子。あ、それとここに猪川さんが試験勉強していましたよ。」


 今度は、びくぅぅと猪川の肩が跳ね上がる。


「お、お前たちもまさか…」

「はぁ?何を言ってんの、スケベおじさん。彼女、次の試験で合格できないとヤバいって。いつも同じこと言ってる気がするけど。」

「ううう。本当に不味いんです…。給仕の時間が出来た日は勉強をしているんです。雨が降っている日とか結構あるんで。でも一応、狐座さんの許可を頂いているので…」

「あと、暫くして涼子さんも来たかな」

「は?皆、夜に何かやってたってこと?てか、なんでみんな寝ないの?」

「ナンデモさん。このイベントの趣旨を忘れました?」

「あ…。みんな、夜更かし前提で来ているんだった。だから、俺は白い眼を向けられてたんだった。で、猪川さん。二日目の朝、オーナーは?」

「私は知りません…けど。朝食も昼食も夕食も、ここでお出ししているので…」


 そういえば、この辺の情報が全く無かった。

 悠は、改めて自分の悪癖を呪った。


「因みに私たちは寝ていたわよ。勿論、別々のベッドでね?」

「同じ部屋では寝てたのかよ。」

「私の方を見ないでください。年頃の女の子なんですよ?」

「あら、私だってそれなりにイケる方よ?」

「だー、また脱線した。だけど…」


 アリバイなんてあってないようなものだった。

 証拠も十分とは言えない。

 けれどやっぱり、…ここはもう一度確認しておきたい。


「最後にもう一度確認したい。特に猪川さん。君に聞きたい。初日の夜、最初に螺旋階段を降りた裕次郎さんは、どんな様子だった?」

「オーナーの様子…ですか?んーと。ちょっと酔っ払っているような足取りでした。」

「ナンデモ様。オーナーの様子は僕が話した通りです。今更、何を仰っているのですか?」


 あの時、情報を頭に入れないようにとしていたから、ここの確認はとても大事。

 危うく、奇妙な誤解を生んでしまうところだった。

 そして。


「ただの馬鹿なんでしょう?探偵のフリなんてして…。大体、アンタみたいなのが…。…え?ちょっと待って。烏丸‼」


 彼女が振り返ったと同時に、烏丸が出口に向かって走り出した。

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