第25話 IQ低めの探偵たち

 僕は陽菜さんが寝顔を見ながら、どうするべきかを考えていた。

 頑張って寝るか、それともやるべきことをやるか。


 それと。


 トン、トーン、トントン。


「うるさいな。リズムが違う。隙を見て逃げ出せって声に出して言えばいいだろ……」

「え、今のも独り言?っていうか、寝言⁉」


 外から僕を呼ぶ声が何度も聞こえてきた。

 ここが心霊ホテルなら、間違いなくあのドアの先は死が待っている。


「…のかな」

「ってこてゃ心霊ホテルだったってことかぁ?」

「え?僕、独り言した?いや、そんな…」

「こらー。うるさいぞ、みなみいずもー‼」


 こっちは本当の寝言らしい。


「陽菜さん。若いのもあるけど、奇麗な人。どうして、このどこにでもいそうなおじさんと一緒なんだろう」


 あんなことがあって、眠れるはずもない。

 しかも定期的に手招き代わりに声が聞こえる。


「一人で出て、復讐を果たす。その後でこの人たちに…」

「ダメだよ。私みたいになっちゃう。ね。ナンデモさん」

「あぁ。俺みたいなのと一緒に過ごさないといけなくなる。これって拷問に近いんだよね?」

「え?これは寝言?独り言?」

「…うーん。ちょっとだけ仮眠したけど、大体聞いてたよ。先生はぁ。ま、寝言も独り言みたいなものかな。起きているんでしょ、南出雲大先生?」

「当たり前だぁぁぁ。いや、最近読んでないから、このネタは…。って、それはそうだ。お前が出て行った時点で俺たちはゲーム終了だからな。」

「ゲーム…じゃないです」

「悪い。そっちのを言ったんじゃないんだ。俺が言っているのは、朝が来た後の話だよ。」

「朝…ですか?」

「あぁ。だから、少しでも寝ておけ。陽菜みたいに、俺に縛られる前に。」


 そう言って、南出雲悠、という人は寒そうに毛布に包まった。

 そして同じベッドで寝ている陽菜、という人は毛布一枚分ない寒さから、僕と体温を交換する為にピッタリとくっついている。


 そんな彼女は、彼の言葉に反応し、本当に小さな声でこう言った。


「悪くないですよ。みなみいずもさんに縛られるのは…。あ、でもおすすめはしないよ」


 相性の一言で済ませて良いか分からないけれど、やっぱり僕は羨ましかったのかもしれない。

 だから僕も陽菜さんの体温を求めて、ぎゅっとくっついて眠った。



 ──そして、翌朝が来る

 

     ◇


 キャァァァァァァ‼


 新しい朝が来た、悲鳴の朝だ。

 喜びなんて感じられない、複数名の悲鳴の朝。


 石造りの塔だから、一回の入り口から階段を上って、その中の一つの部屋にまで悲鳴は届かない。

 だから、悲鳴の朝だと知らずに、三人は二階から出て、壁沿い階段を慎重に降りていた。

 そこで、皆が慌ただしく動いている姿を、漸く目にすることが出来た。


「おはよう。久美子さんだっけ?何が起きたんだ?」

「あー‼やっと出てきた‼容疑者X‼」

「ちょっと、やめてくれる?それはなんかマズそうだから」

「それじゃ、容疑者ナンたち‼っていうか、ついに見つかったのよ。真犯人が‼」

「皆さん、外にいるようですけど。熊代さんの件はどうなったんですか?」

「きっと、山の中でクマにでも襲われたんでしょう?恭介様が負けるはずないわ!」


 皆、一晩、しっかり寝たのか、それとももしかして徹夜したのか、異常に元気が良かった。

 外で突っ立っている鷹城以外は。

 そして、何故かテーブルにお菓子の準備をしていて、意外に忙しそうな海老沢メメが去り際に言った。


「容疑者なんたつさんたちも、参加してください。鷹城先生が事件の経緯を説明してくれるそうです‼事件の経緯を説明してくれるそうです‼」

「なんで、二回言った?」

「大事なことだからです。それでは楽しみにしていてくださいね‼…逃げちゃ駄目ですよ。」


 彼女は相変わらず、小説の中の人間だった。


「いつか本当に犯罪をしなきゃいいけど。あと、蓮。覚悟は?」

「もう、大丈夫です。変な気は起きません。」

「それがいいよ。それに助手は私のポジションだし」


 覚悟をしなければならない。

 外に出れば、否が応でもゲームが始まってしまう。

 そして、飽きてしまったナンデモは早歩きでロビーから外に出る。

 皆と同じように、見上げれば、そこからがスタートだ。


「鷹城先生‼あの三階で首を吊っているのは間違いなく、鹿西裕次郎ですよね?」


 あの役目は烏丸健二郎の仕事な気もするが、烏丸は遠巻きに眺めているだけ。

 ナンデモは言える立場にないが、一緒に居たらかなり疲れそうだ。


「間違いないわね。そして…」

「はい。現時点で考えられる犬山準一殺害の容疑者は、鹿西裕次郎と熊代雄太と南出雲悠なんでもゆうでしたよね」

「まぁ、強いてあげるなら、だけど」

「なんで、俺の名前が入っているんだ。犬山準一の殺害時刻、俺は屋上に居ただろ。」

「違います。共犯という意味も込めてです。まったくもう。これだから素人さんはぁ」


 なんだ、こいつ。は我慢して。


「それより鷹城。遺体を下すつもりか?現場保存なら、あのままの方が良いけど、あれじゃ詳しく調べられないだろ」

「調べようにも調べられないのよ。流石にけが人は出したくないでしょ?よじ登って落ちたら、怪我じゃ済まないわよ」


 悠は半眼を女に向けたが、鷹城は肩を竦めた。

 そして、そのムードが気に入らなかった人間が居る。

 いや、今の今まで喋っていた彼女だけど。


「ダメです‼こんなところで立ち話じゃ、ダメなんです‼みなさーん。今から鷹城先生が推理小説バリのショーを見せてくださいますよー‼それにぃ、みんな大好物のお菓子とジュースも用意してますよー‼」


 悠は息を吞んだ。こいつの前では独り言が出にくい。

 居心地やすいとは真逆、つまり過度を通り越したストレスがかかると、独り言が出ないらしい。

 要らない情報だけれども‼


 で、全員が一階フロアに移動した。


    ◇


 テーブルに座っているのは、悠、陽菜、蓮、鷹城、海老沢、鯉沼、そして狐座夫妻と猪川だった。

 烏丸は鷹城の後ろの方で壁にもたれかかっている。


「それでは続きをどうぞ」

「続きって、あれか?どうやって死体を調べるかって話?」

「そうです。それに対して調べようにも調べられないのよ。流石にけが人は出したくないでしょ?よじ登って落ちたら、怪我じゃ済まない、と先生は答えました。では、どうぞ」


 マジで、独り言がでない。不快感マックス、違う意味で体を悪くしそうだった。


「はぁ…。調べようと思ったら調べられるだろ。だって、毎夜屋上には行ってる。首吊りがあったのは、裕次郎が大切にしていた高木の枝だ。ちょうど屋上からなら見える位置にあった。」

「そうね。それは私も考えたわ。でも、無いの。」

「無いって鍵のこと?そんな訳がない。失くしてしまったらどうするんだよ。」

「知らないわよ。それほど信用していなかったんじゃない?裕次郎の部屋の鍵も見当たらないくらいだもの」

「お義父様はあんな性格ですよ?それに…、色んな所に女を作って…。主人のような辛い幼少期を送った人間が、どれだけいるか分かりません。最近では猪川が作った料理しか口にしない。それほど用心深い方でした。」


 テーブル席の手前側に悠と陽菜と蓮と猪川、向こう側には鯉沼と涼子と鷹城と恭介が座っている。

 烏丸は鷹城の護衛、海老沢がインタビュー係という訳の分からない役職。

 そして、昨晩よりも絆創膏も包帯もマシマシになった彼がテーブルを叩く。


「そんなの関係ない‼全部、熊代が悪いんだ。アイツが殺したに決まっている。」

「そうよ。アイツはまだ塔の外で虎視眈々とアタシたちを狙っているんだわ…」

「……うわ。犯人が外で隠れ潜んでるニキ来た」

「何よ、アンタも十分怪しいんだからね。そ、そ、そういえば一昨日の夜、仲良さそうに話をしてたじゃない」

「サブキーの存在は不明。それじゃあ海老沢が好きそうなワイダニットを整理しとくか?」

「来たーーーー‼‼ワイダニット‼つまり動機ですね‼」


 お化け屋敷で自分より怖がりな奴がいると、途端に怖くなくなるやつ。

 自分よりおかしな言動をとる奴がいると、どうやら独り言も出なくなるらしい。


「熊代が前科を持ったのは、金が無かったからです。熊代の両親が営むお店は、鹿西裕次郎が経営する大型店舗のせいで潰された。そして借金を苦に自殺しました。間接的に殺されたようなものです。僕がどうにか父を説得して、彼を従業員として雇わせましたが、心のどこかで今も憎んでいる可能性は高いと…思います」

「いや。それは熊代が裕次郎に向けたものだろ?今確認できる現実の殺し……、……犬山殺しの動機じゃない」


 悠は一度深呼吸をして、蓮の様子を見ながら最後の一句を話した。

 裕次郎の遺体は屋上近くに吊るされているし、現状は首つりだから他殺かも不明。

 だけど、恭介の主張ではワイダニットは犬山に繋がらない。

 

「そ、それは…」

「そうね、例えばの話よ。裕次郎を殺そうと部屋に入ったら犬山もいた、なんてどう?彼は犬山の訪問を知らなかったんでしょうし」

「そ…、そういうことですよ。そしてその隙に父は屋上に逃げて、それでも追い付かれて殺されてしまった。父を自殺に見せかけて……。これです。全ての辻褄が合います。やっぱり熊代が犯人です。皆さん、つまり奴は屋上にいるかもしれません。気を付けてください。」

「流石、恭介様です‼あの男、おかしいと思ってたんですよ。ノロノロした運転でやる気もないし。お蔭で私はアイツの独り言を…。あそこから実は繋がっていた?」


 そして、三つ編女が悠を睨みつける。

 彼女の中ではバスの運転席でのやりとりが重要な参考資料になっているらしい。


 そして、それを嬉々として手帳に書きとる彼女の友人。


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