第23話 ようやく南出雲は動き始める
「なんか、あっという間に終わっちゃいましたね」
「終わった…のかな。僕はここで待ってたらいいんですかね?」
昨日よりも早く終わった憤慨劇。
狐座涼子と猪川咲奈のはからいで、一階の壁には星が浮かんでいる。
「犬山との契約は、アイツが戻るまでだよ。数分で5万も貰うほど、金には飢えてない」
「私は餓えてますけど?2日連続で願い事したら、当たると思ってたのに。今日のあれじゃ、流石に見えませんでした。それより、恭介さんはまだ帰ってきてないみたいですね。」
恭介の姿は誰も見ていない。
猪川の話だと、カウンターの裏にあった筈の護身用の木刀が無くなっているらしい。
カウンター近くには絆創膏が落ちていて、昨日彼に貼ったもので間違いないと彼女は言った。
以上のことから、恭介は熊代を追いかけて外に出ていった、ことになっている。
「こういう時こそお前たちの出番じゃないのか?探偵は正義の味方だろ?」
「アンタ、子供なの?探偵は依頼主の味方よ。それだったら言わせてもらうわ。こういうのは男の仕事でしょう?」
「探偵で、しかも男なのがお前の隣に座っているわけだが?」
銀縁眼鏡の男。こいつが行けば良かったのだ。
「嫌よ。彼は私の護衛でもあるもの。ねぇ、烏丸」
「おーよ。俺は姐さんを生涯かけて守るんだよぉ」
「陽菜ちゃん、だっけ?アナタが彼女を守っているように、彼は私を守ってくれているの。……でも、今は猿田君がいるじゃない。だったら、様子を見に行くべきはアナタのようね」
「それはステレオタイプな見方です。男とか女とか…関係ないし…」
陽菜が机を叩いて立ち上がると、鷹城は猿田を舐めるように見て、肩を竦めた。
「そういえばそうね。男同士の恋愛も普通だものね。どっちが攻めでどっちが受けなのかしら。案外、華奢な彼の方が攻めだったりして?」
「…どっちでもないです。僕、犬山君を探してきます‼」
その鷹城の煽りかどうかも分からない言葉のせいか、それとも言い出すタイミングを待っていたのか、蓮も陽菜に続いて立ち上がった。
「それは駄目だ。アイツが本気ってことは伝わってきた。多分。寝ぼけてたけど‼」
結局、悠も立ち上がって蓮を止める。
ちょうどその頃。
ガタッ‼
「恭介様‼」
「アナタ‼」
ロビーのドアが開き、血塗れの恭介が肩で息をしながら戻ってきた。
星の王子様が血塗れでご帰還を果たしたらしい。
ここでステレオタイプ談義をしていた続きか、猪川咲奈と狐座涼子と鯉沼久美子がイケメン勇者の下に集う。
「大丈夫ですか‼」
「大丈夫なわけないじゃない。血が出てるわよ。」
「猪川、厨房に行って救急箱を‼」
一階フロアが途端に慌ただしくなる。
その中で悠は誇らしかった。
「偉い。ちゃんと蓮の手を握ってるな」
内容を言ってしまったが、それが何より誇らしかった。
「分かってますよ。五万円分の働きはしますから。ってことでこの五万円は私の取り分ということで」
「それは……、まぁいいや。それが昨日の流れ星の分ってことで。」
「えー、それじゃ宝くじの運が五万円になっちゃうじゃないですか」
相も変わらず独り言と会話をする陽菜。その二人を羨ましく思う蓮。
そして恭介が口を開く。
「アイツにやられた。木刀でいきなり殴られた。」
それで怪我をしたらしい。
「はぁ、これは立派な傷害事件よ。警察に通報をしなさい。」
「お決まりのパターンだな。」
「当たり前のことでしょう?」
「分かりました……、へ?ええええ?電話線が切られてる……」
「やっぱりお決まりのパターンだ。」
「はぁ……。その通りね。大体、さっきからアンタはなんなの?」
遂に動き始める。
「お前こそなんだ?鹿西裕次郎に雇われた探偵が裕次郎の傍に何故いない?いや…、そもそもここで何をやっている?」
この話の追及を、自分の口から言いたくなかった。
前にこの話が出た時、陽菜は動揺していたから。
今も同じく、狼狽えている。
つまり真実に近づいている。
「ふーん。それなら答えてあげようかしら。電話も繋がらないようだし、現代的な調査設備も装置も整っていない現場。これこそ探偵の本当の出番って感じよね?」
電話は繋がらない。外に出ても街灯一つない。陸の孤島。
熊が出るという話が本当かはさておき、今のところマイクロバスしか脱出手段が見つからない。
「鹿西香織。十年前に行方不明になった裕次郎の娘の名前よ。」
「十年前だって?」
「そう、十年前。この塔が立つ前の話よ」
「お前、なんでそんな重要な事を俺に話した?」
「さぁね。自分で考えなさい。探偵は自分の考えを簡単にはひけらかさないのよ」
こんな重要な場面、証拠隠滅をされるような場では大事なことは言わないだろう。
だけど、
「俺は探偵じゃないし。陽菜、俺たちは今すぐ、蓮を連れて鹿西裕次郎の部屋に行く。それで合っている…よな?」
「え?……はい。そうしましょう」
「なんか歯切れが悪いな」
「歯切れが悪いですって?」
「お前には言ってない‼ってか、心の声だから」
探偵失格だから、次の行動が口から零れ落ちてしまう。
この星降る塔にいる全員が心に一物を隠し持っているかもしれない、そんな状況でも。
「ちょっと‼……お待ちください、ナンデモ様。オーナーはただいま面会中です。」
「そういう輩が今まで何人も来ただろう。女ならば私こそが娘です、と言うかも。裕次郎は目が悪いみたいだし。男なら、娘の居場所を知っていると近づくかも。そんな奴らの素性を調べるのが女探偵の仕事か?」
「ナンデモさん喋り過ぎ‼蓮くんが‼」
「あ…しまった。追いかけるぞ」
だが、厄介なことに一階から二階への階段は入り口側。
そこに行く途中に、狐座夫妻も、女たちも居座っている。
「ナンデモ様‼」
あちこち血だらけの恭介がそこに立ちはだかる。
と、思ったら彼はスッと道を空け、そしてこう言った。
「父にこれ以上罪を重ねさせないでください…」
「は?」
は?と思い、それを口に出した。
そして誰にも行方を阻まれないまま、二階の中央にある螺旋階段
更にはスタッフオンリーの柵を飛び越えて、初めて入る三階フロアへ辿り着いた。
「どの部屋がオーナーの部屋だろう。三階って二階と間取りが違うんですね。」
二つの大きな部屋といくつかの小さな部屋。
只、悠は迷うことなく、二つのうちの一つの部屋を指差した。
南側の大きな部屋の方を。
「こっちだ」
「分かりました」
「因みに、依頼は鹿西裕次郎で間違いないな?」
「依頼って?」
「……はい。私たち以外にも雇われていたなんて」
「用心深かったんだろ。ってか、この状況で殺すのか?」
「って‼ナンデモさん‼」
「は‼」
ついにナンデモの真価が発揮される。
「殺…し?」
「ち、違うの、蓮ちゃん‼」
「違わないけど、違う‼俺達はただ手伝うってだけで…」
「ナンデモの馬鹿‼余計なことを言わないで‼」
だけど、蓮にとっては、あまりにもタイミングが悪すぎた。
「やっぱり僕たちを騙してたんですね。皆さん、この二人は殺し屋です‼」
「だーかーらー、違う‼手伝いに来ただけだって‼」
「ナンデモさんの馬鹿‼本当の馬鹿‼その口を縫い付けたいって、今、初めて思いましたよ‼初めてじゃないかもですけど‼」
振り返ると、一階フロアの全員がいた。
彼らも後ろからついてきていたらしい。
「そういう訳ですか。おかしいと思ったんですよ。あの冷酷な父ならやりかねないことです。」
「あー、怖い。恭介様、私、怖いです。」
「大丈夫ですよ。こっちにはフクロウ探偵事務所の方がいます。それに僕も。涼子さん、オーナーに連絡を」
「それがさっきから呼んでいるのですが、内線に出てくれないの。」
「内線って何?」
「内線も知らないのかよ、この小悪党は。部屋から出てこないのに、どうやって連絡とってたと思ってんだよ」
「夕食前は内線に出たのですが、おかしい…ですね」
ガチャガチャ
「駄目です。部屋に鍵が掛かっています。」
「待ってください。だって、貴方が準君を案内したんですよね?」
「そうですよ。その時は普通に入れました。でも、鍵は父しか持っていないんです。あの方はとても用心深い方なので。」
「へー。ふーん。三階も普通の鍵なのか。だったら……、ぐへっ‼突然殴るなよ。乱暴な奴だな。」
「おい、女。こいつに猿ぐつわしとけ」
「って、刃物ってマジ?コイツ、怖い奴じゃん。」
「マジで煩い。早くしろ、女」
「はぁ、分かりましたよ。全く、なんでこんなことになるんですか」
ほんと、なんでこんなことになるんだろ。
一人だったら、こんなこと、……いや、普通にあったわ。だって、喋っちゃうんだから。
——でも、今は一人じゃない。
だって、あの時も……って、なん…だっけ…
「皆、ドアノブを見ろ‼今触った男の指紋しか付いていな……、——ぐっ‼」
「ナンデモさん‼」
「早く、口を縛れ。んで、両腕も縛れ」
銃刀法違反レベルのナイフで脅されては、言われるようにするしかない。
つまり陽菜も悠の言葉を確かめることが出来なかった。
だが、誰もが予想だにしなかった事が起きる。
黒髪ショートカットの女がジッと扉を睨みつけていた。
「ほんとだ。ピカピカだから分かりやすい‼今触ったのしか無い‼つまり、これは事件?」
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