第21話 突然のお客様

 南出雲悠は今度こそ勝ち誇っていた。

 何故、自分に星の話を聞くのかと思っていたら、壁に映し出された星の話をしていたのだ。


「何度でも言おう。あの時は壁しか見るものがなかった‼お前たちの顔など覚えたくないからな‼」

「な、なんだ、コイツ。突然、酷いことを言いやがって。でも、お前。しっかり会話してたじゃねぇか。あの女探偵とも会話してただろ。」

「はぁ?何を言っているんだ、コイツは。俺が会話なんてする訳ないじゃないか。どうせ面倒臭い奴ばかりだろうし。…んー、でも今は陽菜がいるから、上司としてちゃんと会話をするべきか…、…ん、ん‼なぁ、陽菜。俺は静かに食事してたよな。」

「本当にすみません。あれもこれも全部独り言なんですぅぅ…」


 流石に、この発言は犬山と猿田の顔を引き攣らせた。

 そして、このドン引き顔が悠の日常だ。だからこそ、逆に気が付いた。


「な……。俺、またなんかやっちゃいました?」

「そんなチートキャラの恥ずかしいやつみたいなセリフも独り言か?」

「多分、そうです。今までの会話も9割は独り言だと思ってください」

「って、九割ってことはないだろう。そんなに俺は独り言を言ってたっけ?」

「これもそうなのですか?」

「はい。それも多分、独り言です。でも、考えていることが言葉になるだけだから、ちゃんと会話は出来ますよ。ね、ナンデモ先生?」

「出来る訳ないだろ‼寝言と会話しているようなもんだぞ‼縁起が悪いとか、脳がパニックを起こすとか、色々言われている奴だから。」

「ほ、ほんとだ。ちゃんと会話が出来てる‼」


 そして自身の口から出たパニックという言葉に、己がパニックに陥ってしまう。


「な…。もしかして俺と会話してる?」

「して……ますけど?」

「だぁぁぁぁ‼やっぱり会話してたじゃん‼これ以上、会話を続けたら、俺…」

「そんな、ナンデモ先生……」

「大丈夫ですよ、猿田君。今のも独り言ですから。私と毎日話しても、特に変わりありませんよ」

「変わらないのが問題なんだけど。こんなんじゃ思考が漏れ漏れで仕事ができないし…」


 だが、ここで奇妙なことが起きる。

 突然、南出雲悠の心の病が治る、そんな訳もないのに。

 先ずは彼女。


「ということです。ね、ナンデモ先生は私にとっては最高の上司なんです」


 今回の旅行でちらほら見せている笑みが零れ落ちる。

 そして。


「確かに、陽菜さんの仰った通りの人…」


 猿田蓮も目を丸くして、良い意味でとても珍しいものを見たという顔。

 更にこれが一番奇妙な事。

 180㎝を優に超える大男が突然、膝をついて頭を下げたのだ。


「初対面なのに何度も睨みつけて済まなかった。そして陽菜さんから勝手に色々聞かせて貰って申し訳ない。」

「ん。ん?なんだ?何が起きてる?」


 変人を見る目で見られるではなく、尊敬の眼差しさえ見て取れる。

 この大男は華奢な小男とアイコンタクトを取った後、信じられないことを口にした。


「アンタに依頼したい。この宿泊中、蓮のことを気にかけてやって欲しい。少ないけどこれ……。アンタは腕が立つとも聞いている。だから、足りないって言うなら後からどうにかする」

「準君…。それは私も…」

「いや、これは俺の問題だ。ま、もしかしたら蓮にも頼っちまうかもしれないけど…」

「え?いや、ちょっと待て。陽菜…」

「す、すみません。これは私にも予想外でした。確かにナンデモさんはなんでもできると言いましたが」


 彼らの目的はどうやらこっちだろう。

 それを陽菜にも言っていなかったらしい。

 ただ、目的にしては漠然としているのだが。


「気に掛ける?うーん。意図が読めないな。だって、それは彼氏のこいつの役目だろ?この場合、彼氏と言うのかは知らんけど。……犬山だったっけ?ガタイも良いし、気迫も十分。お前が…」

「あぁ、それはそうだ。だけど、俺にはやることがある。」

「やること?」

「俺はな、あのオーナーと問題を抱えている。今は金銭トラブルとしか言えない。んで、あの感じだろ?穏便には済ませたいけど、簡単にはいかないと思ってる。だからその間、蓮を見てやって欲しいんだ」


 ここで悠の胃がぐぐっと収縮して、痛みさえも覚えた。

 あの時感じた気持ち悪さの続きだった。

 つまり


「俺があの場に居たくなかったのは、集まったほぼ全員に裏があるように思えたことだ。それで…」

「うん。それでね。さっき犬山さんに聞かれたの。ナンデモさんはいつもあんななのかって。考えていることが読めるどころか、言語で伝わってくる。しかも全然演技に見えないって。だから、…言っちゃいました。ナンデモさんのこと」

「つまり俺は心の声が駄々洩れだから、逆に信用できるってこと…か。信用されても困るんだけどなぁ。俺は誰とも関わらないようにしているし…」

「それで十分だ。今日の夜、俺はオーナー、鹿西裕次郎と話をする。その間だけでいいんだ」


 ここの従業員は当然、オーナーと通じている。

 そして、バスの運転手は行方知れず。

 探偵は胡散臭いし、あの三つ編みもなんか気持ちが悪い。


 その点、俺は考えていることが分かって安全に見える、か。ま、コイツが戻るまで近くにいるだけでいいんだし。それでお金が貰えるなら良い話か…


「た、頼まれてくれるのか?本当に感謝する」

「ん?」

「それじゃあ、夕食の後から就寝時までで。出来れば、陽菜さんも一緒に居て欲しい」

「うん。私もナンデモさんと基本的には一緒だし、問題ないですよ。」

「え?」

「いや、やっぱり二人居てくれた方が助かるし、蓮もそっちの方が安心だろ?」

「うん。でも、準君のことも心配……」

「ちょ…」

「大丈夫だ。いつも心配かけて、済まないな。それじゃ、よろしく頼む。今はこれくらいしか用意できないけど」

「あ、あとは私も協力するから」


 悠は、何故か話が三人で勝手に決まっていく、…気がしていた。

 だから、助けを求めるように陽菜に訴える。


「陽菜…」

「それじゃ、また後で‼えっと、どうしました?」

「いや。勝手に決めるなって。俺はまだ受けるとは」

「心の声、漏れてましたよ。それでお金貰えるならって」

「え、あの部分。声に出てた?」


 元気よく頷く部下、やはり出ていたらしい。

 そして陽菜はやはり嬉しそうに、こうも付け加えた。


「あと、これで陽菜君の給料も色をつけてあげられるな、って言ってましたよ‼」

「言ってねぇよ‼だって、そんなこと1mmも…」

「え…」


 その瞬間、二十歳の女は今にも泣き出しそうな顔をして、


「あーー、もう‼考えてた考えてた‼俺はケチじゃないんだから。ただ、仕事がないだけだって」


 言質を取った後は、ケロッといつもの顔の戻る陽菜だった。


     ◇


 初日の夜はガッカリな星空だった。

 小さな山を渦巻き状にグルグルと回ったディーゼルエンジンのマイクロバスは、物の見事に空に結界を張ってしまった。


「申し訳ありません。まだ、熊代の行方が掴めていないのです。我々も手分けをして探しているのですが、……アイツはアイツでキレると何をするか分からないので、外出制限までしてしまって済みません。」

「きょ、恭介さんのせいじゃないです。そ、それに熊代だけじゃなくて、本物のクマもいるんだから、どっちみち危ないですよ」

「お、三つ編みの女。今日は頑張って話してる。寒いけど」

「な、何よ‼」

「ナンデモさん、声が出てましたよ」


 今から夕食の時間。

 その前に、狐座夫妻が宿泊客に向けて事情を説明していた。

 説明の通り、昼間の外出はかなり制限されていた。

 熊が出没するのは本当のことだし、実は傷害罪での前科持ちだったという熊代も野放しにされている…らしい。

 前者はマジで怖いし、後者は陽菜のことを考えればやむを得ない。

 だから悠と陽菜は外に出ていない。


 俺一人なら、気にせず出てたけど…


「すみません…」

「あ。いや、いい。どっちみち、今の俺は何も行動できないし」

「それも…、すみません」

「それは謝るな。誤るな。」

「あ……。すみません」


 悠は急いでポケットに入っていた、昼食のパンを口に放り込んだ。

 こうしておけば、迂闊に話せないし、話した時に聞き取れないし、食渣が舞い散るから自分でも気付ける、という発見があった。


 分かっていたことだけど、やっぱり依頼があったで正解か。

 別の意味で依頼は受けてしまったけど。


「準君…。オーナー、機嫌が悪いって…」

「大丈夫だよ。俺とあのオーナー、どっちが強そうに見える?」

「それは準君だけど…」

「さて、暗くなる話は止めておきましょう。昼間に確認しましたが、どうやら一日で排気ガスは綺麗になっているようです。」


 それは本当なのか分からない。

 昼間は二階から三階へ上がる螺旋階段に「スタッフオンリー」のテープが張られているので、確認のしようがなかった。

 つまり一階部分と二階部分しか回ることが出来なかった。


 その間に分かったことと言えば。


「みんな、星に興味ないくせに…」


 隣で陽菜がぼやく。どうやら鯉沼久美子は狐座恭介が目的でここに来ている。

 連れの海老沢メメは星に詳しいが、友人の禁断の恋路を応援しているように見えた。

 あと、付け加えるとしたら。


「昨晩、少しだけ雪が降ったのよね?だったら、空も綺麗になっている筈よ。」

「お。そうか。雪に空気中の汚れが付着して。流石姐さんっす」


 探偵コンビが鬱陶しいと思ったことくらい。

 因みに、長々と待たされた訳ではない。

 今は午後五時。そこから一時間が夕食。そこから三十分休憩を挟んで、午後六時半から屋上に昇る。

 だから、悠の部屋に二人が訪ねてから、まだ三時間程度しか経っていない。


「それでは食事を運んできますので、皆さまは着席をして今日の星空の予習を致しましょう」

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