第20話 朝食の一幕

 彼にとっての妹、オーナーにとっては娘。悲痛な顔で告白する恭介。

 流石に皆の手が止まるが、口が余計な動きをする奴はいる。


「木を柱に描くほどの執着。つまり、この辺りで行方不明になったのか…。そして、こんな辺鄙なところに塔を建てた。探索拠点として?いや、でも…」

「な、ナンデモさん……」

「あ、今のも口に出てた?」

「はい…。これも食べてください」


 陽菜がパンのカケラで猿ぐつわをして、漸く独り言は終わった。

 けれど、女探偵は気に食わなかったらしい。


「ま、ここまで私がヒントを出したんですもの。誰でも分かるわよね。そして見つからないまま、裕次郎さんは精神を病んでいった。」

「……はい。その通りです。僕が戻ってきた理由も似たようなものですから」


 探偵の口から明らかになった鹿西裕次郎の秘密。

 ただ、悠が見ていたのは暴露した鷹城深雪でも、独白した狐座恭介でもなく、目を点にして動揺する相棒、東雲陽菜の顔だった。


「……それってどういう…こと」


 陽菜の口が、音をたてずにそう綴った。

 どういうことも何も、鹿西裕次郎の娘が行方不明だったと明かされただけ。

 でも、その話は悠の頭には入ってこなかった。

 これは彼の短所であり、長所でもあること、彼は文脈を全く読まない。


「あ、昨日の夜ってちゃんと謝れたのか?オーナーは凄い剣幕で怒っていたように聞こえた・・・・けど。…なんだっけ。バスの運転手の…」

「…熊代雄太ですね。その…、実はその後、彼を探したのですが見つかりませんでした。父の怒りを感じ取ったのか、それとも直ぐ下で聞いていたのか。どうやら逃げてしまったみたいなんです。」

「え?逃げたって…」

「アイツは元々僕の友人でした。お金に困っているというので僕が無理やり雇った形ですので、間接的に皆さんにはご迷惑をおかけしました。…だから結局、僕一人で謝りに行きましたよ。予想通り。父は既に薬を飲んだ後らしく、部屋には入れませんでしたが」


 それが昨日の夜の続き。

 悠はパンのカケラを口に含み、牛乳で無理やり胃の中に押し流した。

 それは階段から気配を感じ取ったからだ。


「準君、こっちだよ。ほら、寝ぐせっ‼」

「あー、もう分かった分かった。って、バイキングじゃねぇか。これなら急ぐ必要なかったじゃねぇか」


 二階で暫くの間、いちゃいちゃしていたのだろう。

 漸く、客が勢ぞろいしたところで、悠はスッと席を立った。


「陽菜。ちょっと部屋に戻って寝直す。外に出る時は叩き起していいから」

「え、うん。元々そうするつもりだけど…。でも、突然どうしたんですか?」

「…気持ちが悪い。あ、…えっと。歯にパンが挟まって気持ちが悪いんだ。」


 思いつく言葉はそれくらい。

 というよりも、これ以上はここに居られなかった。

 事件が分かったとか、犯人が分かったとかは関係ない。

 彼は陽菜と出会う前から、似たような行動をしていた。


「わ、分かりました。それじゃ私も…」

「陽菜はまだ食べ終わってないだろ」


 悠は陽菜がうなずくのを待たずに壁面の階段を目指した。

 そして犬山と猿田とすれ違い、階段を駆け上がって自室に飛び込んだ。


「……はぁ。どうにか間に合ったかな。オーナー、バスの運転手を除く全員があの場に揃った。あそこに居たら絶対に真相に気付いてしまう。余計なことを言ってしまう。」


 そもそも、これ以上情報を頭に入れたくないというのが本音だった。

 逃がして欲しいと依頼をした犯人が、もしかしたら今も細かな準備をしているかもしれないのだから。

 いや、既に遅かったかもしれない。

 頭の中に浮かぶのは、あの女探偵め……、という言葉。


「あの女探偵め…。事件の背景を口にしやがって…。どう考えても行方不明の娘がキーパーソンじゃないか」


 実際に口にしていたけれど。


「う……。今の喋ってないよな、俺。うん、大丈夫。口は動いてないな。犯行直前にバレた場合は、下手をしなくても通報される。俺の虚言癖レベルで済ませられたらいいけど、推理小説張りのトリックを用意してると不味いんだ。それを揉み消す仕事は勘弁してほしい」


 一応、これも脳内で喋っていると思っている。

 だけど、次の言葉は明確に、自分の意志で口にした。


「…もう事件は起きている」


 それくらいは簡単に気付けるし、あの女探偵だって気が付いているだろう。

 もしも犯人が用意周到な計画を立て、完璧な犯罪が出来るなら、自分たち逃がし屋を呼ぶ必要がないのだ。


「どこか抜けているかもしれない。だから、上手く逃がして欲しいって依頼が来る。だから、今の俺に出来ることは何もない。心配なのは陽菜の方…」


 彼女にとっては今回が事実上の初仕事だ。

 犯罪の責任を負わせているようで、これなら一人の方が…


「ずっとマシ…」


 だった。


     ◇


 南出雲悠は何も考えないように努めながら、ベッドで寝ころんでいた。

 朝食が終わって、二時間ほど経過した時、


 コンコン…


 ドアからノックの音がした。

 部屋の鍵は屋上のモノとは違い、普通の鍵の形をしている。

 更に言えばオートロックなんて上等なものはついていない。


「開いてるよ。」


 考えているものが口に出る。

 しかも空気を読まずに発言をする。

 赤の他人が訪ねてくることはない。

 そう、思っていたのだが。


「あ…」

「ちょ、テメェ。なんてモノを見せるんだよ。全裸で寝るなら部屋の鍵くらい閉めとけよ‼」


 何故か、昨日の朝まで知らなかった他人が部屋に入ってきた。


「す、すみません!裸で寝てるとは思ってなくて。ナンデモさん、どうして裸で寝てるんですか‼早く服を着てください」

「ん?なんだ、陽菜か。陽菜だったら、別にいいか」

「別にいいかじゃないですよ。私も嫌ですから‼」

「そんなことを言われても…な。旅館とかホテルって行ったら、裸に浴衣かバスローブだろう」

「はぁ…。もういいです。それよりお客さんですよ」


 陽菜が服を投げたので、悠は雑に受け取って雑に羽織る。

 ただ、気になるのは…


「お客さん?」

「あ、そういう意味じゃなくて、この部屋に来たいって人達って意味です」

「ん?えっと犬田と猿山……」

「犬山準一だ。そんで猿田蓮。昨日、自己紹介したろ、ナンデモ先生」


 南出雲悠は、敢えて名前を憶えない。

 陽菜を縛る理由になったのも、悠が彼女の本名を知ってしまったからだった。

 それに加えて、突然の状況に困惑していた。


「せんせい?一体、何が…」

「星…。詳しいって聞いたから。ほら…、壁紙の星が…。その…」

「蓮。無理をするな。こいつは他人と喋るのが苦手なんだ。んで、オッサンに星について聞きたいんだとよ。」


 犬山と猿田が頭を下げ、悠のジト目が陽菜に向く。

 彼女はやや苦笑いで、こう説明をした。


「あの後、犬山さんと猿田さんが合流して、暫くはオーナーの話の続きだったんですけど…。やっぱり皆さんは星が大好きみたいで、壁紙の話になったんです。」

「それでどうして俺のところに来る?あの三つ編みの女とか、俺よりもずっと星に詳しいだろ?」

「いや。あの女は駄目だ。肝心な事を分かっていない」

「うん。あの人、好きじゃない。僕は陽菜さんが先生と呼ぶ人に聞いてみたいんです。」


 星空に肝心なものって何?

 独り言を呟こうにも、彼らの言いたいことがまるで理解できない。


「っていうか、さっきからなんで先生?」

「ナンデモ知ってるからです。先生、意地悪してないで、話を聞いてあげてくださいよ」

「ここの宿泊客の中で一番星に興味ないまであるぞ。」

「まぁ、そう言うなって。昨日の星空と壁紙が一致していたって、最初に言ったのはアンタなんだろ?」

「え、そうだっけ?オリオン座が木に隠れていたって話をしただけだよ。こんなの素人でも分かるだろ?冬の星座の主役はオリオン座だ。そのオリオン座が中途半端に隠れているって、誰だって目に付くだろう」


 ナンデモは首を傾げた。

 ただ、一つの星座。しかも一番有名な星座の話をしただけ。

 だけど、猿田蓮は目を剥いて、前のめりになった。


「その…。僕たちの席からじゃ確認できなかったんです。それにそんな余裕もなかったし。…この星座表でどんな感じだったか、教えて頂けないでしょうか?」


 猿田は冬の星空が楕円形に描かれたイラストを差し出した。

 悠は彼が何を言いたいのか分からず、壁に描かれなかった星をなんとなく手で隠してみる。

 たったそれだけで猿田という華奢な男性が身を捩る。

 その反応を見た犬山が悔しそうな顔をする。

 更に、何故か陽菜が勝ち誇った顔になる。


 こんな簡単なことが…どうして…


「凄いのか、成程と理解した。あの時は皆、自己紹介とか食事やらで忙しそうだったもんな。その点、俺は自己紹介なんて鬱陶しいことそっちのけで、誰とも目を合わせないようにしていた。ってか、壁しか見てなかった。だって、全員に興味がないから‼」

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