第19話 揃い始める役者

 朝が来る。

 台形の部屋、適当におかれたベッドの上で。


「何か起きる、もしくは起きているのは間違いない。いや、本当に?ただ、仲が悪い一族が運営するだけの旅館?」


 陽菜に問いただしたいが、知ってしまったら無意識にしゃべってしまうかもしれない。

 今日も悪癖に悪態を吐きたい気持ちを


「マジ、この癖どうにかならないのか?」


 押し殺すことが出来ない男。

 隣の部屋で自分より一回りくらい年下の女は


「何を考えているんだ?これから始まるのか?それとも俺の勘違い?……ダメだ。この調子じゃ聞くことも出来ないな」


 いくつも気になる点はあるが、全てが勘違いかもしれない。

 何もないなら、それが一番良い。

 だって、死体を見るたびにこの悪癖がひどくなっている気がするから。

 だって、死体を見るたびに自分の愚かさに気付いてしまうから。

 だって、死体を……


「ナンデモさん‼大丈夫ですか?」

「え…、おは、おはよう…」

「おはよう…って、さっきから話しかけているんですよ?」

「あ、そか。ゴメン。考え事をしてた。」

「また…ですか。でも、それだけは教えて頂けないのですよね。考えていることが口から出てしまうのに、それだけは…」


 南出雲悠は首を振り、タオルを手に取って浴室へと向かった。

 適当に並べられた家具と同様に、お湯の出も悪い宿泊設備。

 何度も何度もお湯と水のコルクを捻って、漸くシャワーを浴びられる。


「はぁ。今何時くらいだ?昨日は大人しくしていたけど、あれから何か起きてたりしないのか?」

「……何もありませんでした」


 悠の独り言はドア越しに返事が返ってきた。

 そういえば彼女が助手になってから、こんな形で会話を繰り返してきた気がする。


「何もない…か。それならそれでいいと思うんだけど」

「あ…、そ、そうですよね。えっと、それじゃあ…、多分問題ありません。」

「多分?まぁ、いっか。先ずは話を聞くところから始めよう。どうせ、今日も夜までやることないんだろうし」

「そ、それなら一緒に来て欲しいところが…、一応あるんですけど」


 悠が着替えている時も陽菜はずっと傍に居る。

 けれど、彼女はそもそも──


「了解。それじゃ、後ろからついていく。余計なことも考えないようにしておく。それでいい?」

「すみません。……じゃなくて、えっと。それでは折角なんで探検してみましょう‼」


     ◇


 陽菜は塔の周りを歩きたいと言った。

 だから、先ずは朝食を済ませる為に一階の食堂へと向かう。


「ん?」


 ただ、二階の螺旋階段の反対側の人影が気になって覗き込む。

 すると犬山準一、猿田蓮が相変わらず人目を避けつつ、イチャイチャを楽しんでいた。


「だから、こっち見んなよ、おっさん」


 これも相変わらず。悠だけが嫌われているのではなく、従業員や他の旅行客にも同様の対応をしている。


「…ナンデモさん、階段はこっちですよ」

「あ、あぁ。螺旋階段は一階には通じてなかったんだっけ。二階、三階、屋上を繋いでいるなら、一階まで繋げてくれたら良かったのに」

「ナンデモさん。また、お口に猿ぐつわが必要ですか?」

「…え、また喋ってた?うーん、今のところは大丈夫そう」


 男同士のカップルに背を向けて、壁際にある階段に向かう。

 チラリとカップルに目を向けると、大男の方と目が合ったが、直ぐに睨まれたので足早に階段を下りる。

 降りた先も、フロア全体がダイニングという奇妙な構造をしている。

 朝食はホテルでよくあるバイキング形式のもので、狐座夫妻と猪川咲奈が忙しそうにしていた。

 そして絶対に相席を強要されるテーブルが置いてある。


「うーん。それはどうかしらね。確かに邪魔だったけど」

「メメは分かってない。私は冬のダイヤモンドを完成させたいの‼アレ、どうにか出来ないかしら」

「冬のダイヤモンドっておおいぬ座のシリウス、オリオン座のリゲル、おうし座のアルデバラン、ぎょしゃ座のカペラ、ふたご座のポルックス、こいぬ座のプロキオンを結んでできる6角形のことよね?結構有名な星座だから、あそこで待ってたら全部見れるんじゃないの?」

「あの時間でリゲルが欠けていたんだから、待ってたらどんどん隠れちゃうわよ。それにねダイヤモンドの周りにも星はたくさんあるの。ダイヤモンドの中心はオリオン座よ?冬の主役が半欠けっておかしいんじゃないの?」


 二階の男性客はさておき、こっちの女性客は本当に星空を楽しみにしていたらしい。

 彼女たちにとって、昨日のアレは流石に頭に来た様子だった。


「誠に申し訳ありません。実は……、あれはここに昔からある大樹なのですが、父が切ることに反対をしているのです」


 そして恭介が飛んできて二人の前で突然頭を下げた。

 すると三つ編み女はナイフとフォークをぽとりと落とし、


「……はう。メメ…。お願い」


 と、急に小さくなってしまった。

 イケメンを見た瞬間に言葉を失ってしまう三つ編みの女。

 彼女も考えが分かりやすいタイプだろうか。口に出ないだけマシだろうけれど。


「お願いって……。でも、そんなに昔からある大樹なら、私も切りたくないかも」

「あの黒い影か。確か……。今は明るいけど、昨晩のここは……」

「って、アナタに喋りかけたつもりはないんですけど…」


 とある男の声がして海老沢メメと鯉沼久美子の白い眼が声の主に向けられた。


「ナンデモさん……、声に出てましたよ」

「え、あぁ、そっか。」


 イケメンに話しかけたつもりが、相席している知らないオジサンが返答してしまった。

 南出雲は二階でも一階でも、やっぱり睨まれる。だから、仕方なくパンを頬張って自ら口を塞いだ。

 すると、今の話の続きが気になったのか、ショートカットの女メメの方からオジサンに話しかけた。


「あの…、すみません。…昨晩のここ、がどうしたんですか?」

「……ん。あ、俺?昨日の夕食の時の話。ほら、ここの食堂って壁に夜光塗料で星を描いていたじゃん。んで、直径30mもの三階建ての建物だから、所々に柱がある。ほら、柱には樹皮が描かれているだろ?今は明るくて見えないけど、壁も同じようにオリオン座が隠れていたと思う。確か、あの辺……」


 今は樹皮模様の柱しか見えない壁を指差して、記憶を遡りつつ説明をする。

 すると、向こうのテーブルにいた筈の男の声が、今度は背後から聞こえた。

 欧米の血が混ざっていそうなハーフのイケメン男性のことだが。


「そうなんです‼一度見ただけで正解されるとは。ナンデモ様は星空に興味のないフリをされていただけなんですね。」


 彼は悠と陽菜が席に着いたのを待って、飲み物を持ってきたらしく、水の入ったグラスを置きながら話しかけて来た。

 

「はぁ?それくらい、私も気付いていましたけど?」

「あぁ、来ると思った…」


 どうやら、負けず嫌いの探偵さんが到着したらしい。

 とはいえ、彼女の目的は分からないし、本当に星が好きかもしれないのだが。


「来ると思ったらどうだってんだよ、おっさん」


 クスッ


 そのやりとりを見ていた陽菜は、少しだけ嬉しそうにしていた。

 だから、悠もちょっと嬉しくなって気が緩み、少しだけ饒舌になる。


「もしかして、ここの星の配置って、その時々で変えているのかも。だって、オーナーは時間厳守させるくらい星空に拘っていたし。星座って春夏秋冬で分けるイメージあるし」

「あ、当たり前よ。ここは年に四回しか開かれないのよ?四回ってことはそういうことに決まってるじゃない」


 すると、今度は三つ編み女。

 そして。


「まさにその通りですよ。私たちはその為に前入りで準備をするんです。結構働いてるつもりですが、父にとっての私は金食い虫のようで」

「そそそ、そんなことないですよ。き、奇麗な奥様だっていらっしゃるし…、──は‼」

「……いえ、お気になさらずに。父は色々ありまして。精神的にも色々と…」


 この場の全員が昨晩のセクハラ行為を目撃している。

 更に、夫の方は痛々しい絆創膏だらけ。

 久美子はやってしまったという顔。みんなも素知らぬ顔。

 だけど、この男はただいま饒舌中。


「あ、そういえばセクハラ爺さんの姿が見えないな」

「ちょ、ちょっとナンデモさん……」

「いえ。構いませんよ。オーナーが姿を見せないのも似たような理由からです。父は主治医から安定剤の処方をしてもらっていまして、昨晩は過剰摂取したのでしょう。眠られているようです。医師から止められているのですが、昨日の夜のように感情が昂った後は過剰摂取してしまう癖がついてしまったんです。ですから、昼を過ぎた頃には顔を見せると思いますよ」


 あれだけの感情の起伏を目の当たりにしてしまった。

 医師からの命令を無視する姿が容易に目に浮かぶ。


「……あら、あまり上等なパンではないのね。」


 ここで存在理由が分からない彼女がついに動き始める。

 金髪の女はパンの味が気に入らなかったのか、ちょっと齧っただけで、皿に放り投げた。

 そして。


「…狐座恭介さん。それってもしかして例の行方不明の娘と関係しているのかしら?」


 すると、恭介の手から片付けようなした皿が滑り落ち、彼女に言わせると安物のパンと高級そうな皿の価値が床に落ちて失われる。

 そこに彼の妻、涼子が駆け寄るも、彼女も同じように動揺していた。


「ど、どうして……それを……」

「探偵を舐めてもらっては困るわね。そこで間抜けそうに安物のパンを頬張っている探偵ごっこ屋さんとは違うのよ」

「まぁ、俺は確かに探偵じゃないけど」

「ナンデモさん‼」

「あら、やっぱりそうだったのね。おかしいと思ったのよ。だって、私はその件で裕次郎さんから相談を受けていたのだから」

「……そう…ですか。だったら隠す必要はありませんね。父があぁなってしまったのは、僕の…妹の香織が行方不明になってから…なんです」



 

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