第18話 舞台の演出

「皆さん。ここから半径10m以上先には行かないでください。その先に一応柵はありますが、その先はありません。出来れば、その場にお座りください。先程まで私がブラシ掛けをましたから、汚れることはないと思います。ですが、気にされる方は先ほどお渡ししたハンカチの上にお座りください」


 狐座恭介の声が暗闇の中に響き渡る。

 先ほど、父親が彼の妻をセクハラしたばかりだが、普通の声色に聞こえる。


「ブラシがけだってさ。ってか、あの爺さん、こんなに息子が頑張ってんのに。うーん。親子ってそんなもんだっけ……」

「ナンデモさん、声に出てますよ。私たちは出来るだけみんなから離れましょう。10mも離れたらきっと聞こえませんよ。それにしても本当に暗いですね。山の中ってこんな感じ……」

「いや。さっき話をしていた開催条件の一つのせいだ。単に天気が良い日ってだけじゃなくて、新月の日を含まないといけなかったんだろう。月ってなんだかんだ明るいからな。それこそ本が読めるくらい」

「えー。私、月のクレーターが見たかったのにぃ」

「どんだけ目がいいんだよ。ま、それにしたって暗すぎるけど…な」


 違和感はありまくり、だけど今のところは肌寒い星空観賞だ。

 ただ、後ろからこんな声も聞こえてくる。


「久美子、駄目だって。そっちに行ったら危ないから」

「だって、何か黒いものが邪魔して冬のダイヤモンドの一つが欠けてるんだもん。あれこそ冬を代表する宝石なのに…」


 そう。

 化け物のようにも見える漆黒の何かのせいで天体が欠けてしまっている。

 何の為に塔を建てたのか、と問いたくなるほどに目立つ漆黒。

 そして、風に乗って聞こえてくる声。


「父上、やはりアレは切り倒した方が良いです。」

「何度も言わせるな。アレがあるから宝石は輝くんじゃ。それにアレは……、いや、なんでもない」

「そう…、ですか。分かりました。」


 親子の話し合いまで聞こえてくる。

 オーナーにとっては大切な何か。あの南出雲が小声で話すくらいの静けさだから、小さな声でも拾えてしまう。


「……気になるな。」

「それはそうだけど、静かにしないとダメですよ。それにお金持ちの親子って色々大変なんじゃないですか?」

「いや。そっちの気になるじゃないんだけど」

「え?それじゃ…」


 親子の喧嘩なんて問題じゃない。

 オーナーの裕次郎はあまり目が見えないのかもしれない。

 だから、息子の嫁に抱きつくしかなかったのかもしれない。

 でもそんなの関係なく、星空が好きなら絶対に気になっていることだ。


「準君。……なんか、ね」

「あぁ。そうだな。頑張って休みを合わせたのにな」

「うん。…ゴメン。」

「蓮が謝るなよ。お前だって楽しみにしてたんだろ?」


 月が輝きを失ったからといって、星が瞬くことは無い。

 それはあくまで相対的な変化でしかない、つまり。


「そっすか?俺には綺麗な星空に見えるっすけどね。」

「それは貴方の目が淀んでいるから。もしくは見る目がないか。古式のディーゼルエンジンでゆっくり登って来たんだもの。空気が淀んでいるせいで、満天の星空とは行かないみたいね」


 そう、星降る塔と言われているのに、色々とチグハグなのだ。

 徹底しているようで、抜けている部分が多い。

 勿論、時間が経てば少しずつマシになるだろうけれど。


「なんです……と?」


 ヒソヒソ話にしては大きかった鷹城深雪の言葉は、オーナーの耳に届いてしまった。


「おい、恭介。今のは本当か?」

「…はい。熊代に確認を取ったところ、電気自動車が充電できていなかったようで仕方な……」

「この金喰い虫が‼」

「ぐ……」


 満天の星も見えず、余計に暗い夜の中、ゴッと鈍い音が聞こえた。

 そして、ザザっと床を擦る音と共に。


「お義父様‼お止め下さい‼お客様の前です。」

「分かっておる。だからこそ失敗してはならんのだ。また明日やり直しじゃ。涼子、そこを開けよ。そして熊代にソレをワシの部屋に持って来させろ。」


 オーナーは憤慨して、やり直し宣言をした。


「ま、それどころじゃないか。」

「う……うん。そうですね」


 ナンデモは肩を竦めて立ち上がったが、陽菜は座ったまま。

 付け加えるなら、彼女は少しだけ震えていた。

 彼女は何かを隠している。だって、それが南出雲たちの仕事だ。

 ただ、ナンデモは上司としての気遣いの仕方が分からずにオタオタとするだけ。


「早くしろ‼」

「分かってます‼」


 言い合い?もみ合い?何度か、鈍い音が聞こえる。

 その中。


「……皆さん、お騒がせしました。満天の星空は明日に延期させてください。明日も天候は晴れですので、どうぞご安心を……」

「っていうか、大丈夫なわけ?今の音」

「だ、大丈夫です。いつものことですから。皆さんも、こちらへどうぞお戻りください。」


 そして漸く上司として、いや保護者としてナンデモは陽菜を引き起こす。

 その瞬間、地面が一瞬照らされた。

 涼子が地面のセンサーを探す為にライトを付けたのだ。

 暗闇だったから、それがとても眩しく見えた。


 ピ……、——ガチャ


「陽菜、帰るぞ」

「うん。あ、待ってください。えと……」


 陽菜の腕を引っ張るが、彼女の足取りが重い。


「お仕事がうまく行きますように。そ、それから宝くじが当たりますように…」

「ん?何を言ってるんだよ。」

「今、チラッとだけ見えたんですよ。流れ星‼」


 ズズズズズズズズ……

 ギギギギギギギギ……


「流れ星?あぁ、夜空を眺めてると案外見えるよな。…って、どこ?流れてる間に祈らないと…」

「あっちです。って、もう流れた後だから見えませんね。はぁ…宝くじ、当たらないかな」

「ナンデモ様‼東雲様‼扉を閉めますので急いでください。」

「時間切れですね。大丈夫です。私は間に合いましたから」

「そうかい。とりあえず建物の中に戻るぞ。取り残されたら堪らないからな」

「はい‼」


 予定の一時間よりずっと早く、建物へ戻る扉が開き、螺旋階段を下りていく面々。

 狐座涼子は最後まで残って、全員が戻ったのを確認をして扉にカードを翳した。


 ピ……、ズズズズ、ガチャ


「案外、響かないもんだな。構造的には結構凄いものだろうけど」

「私にも分かりません。でも、そんなに見えなかったんですか?私は十分綺麗だと思いましたけど」


 後ろには涼子、そして階下には猪川咲奈に手当てを受けている恭介がいた。


「海老沢メメ、鯉沼久美子、犬山準一、猿田蓮、それから探偵二人。全員いるな…」

「ちょ、ナンデモさん‼変な気を起こさないでください。これは普通の旅行ですから。普通の…」

「そうかしら?オーナーに問題ありだと私は思うけれどねぇ」

「出た。探偵気取り」

「何よ、探偵気取りって。れっきとした探偵なんだけど?」


 つい、口にしたくもなる。と思ったら南出雲は口にしていた。


「で、オーナーは何処に行ったんだ?客人を見て、手のひらを反す人間だから、てっきり待ってると思ったんだけど?」

「さぁ?怒りのあまり転げ落ちたんじゃない?ゴロゴロ転がって、一階で死んでたりして」

「鷹城様、流石に冗談が過ぎます。父なら多分自室に戻ってますよ。今頃安定剤を飲んでいる筈です。私は熊代と共に謝罪に行くつもりです。その前に熊代を探さないといけませんけど」

「恭介の隣の女、確か猪川咲奈もそれを見ているということか……」

「わ、私は見てません。私も屋上に上がってましたから。……そういう予定だったので」

「そういう予定…?」

「アンタこそ、何?探偵気取りってやつ?」


 鷹城の言葉に南出雲は、陽菜を一瞥した。

 彼女が頷いたことで、ようやく口が開いていたことに気付く。


「あ。何でもないっす。陽菜、俺は部屋に戻る…でいいんだよな?」

「へ?えと、それで大丈夫だと…思います」

「何、アンタ。自分の行動まで部下に決めてもらっているの?」

「……そんなとこだ。お前の部下と違って陽菜は優秀だからな」


 そして銀縁眼鏡、烏丸健二郎の罵声を浴びつつ、再び螺旋階段を降りる。

 下の階に辿り着くと、真っ先に目に飛び込んだのは、大男の胸に抱かれている華奢な男だった。


「あ……。準君……」

「ちょ、てめぇ。何見てんだよ。なんか文句でもあんのか?」

「なんか文句あるのかってさ……」

「ナンデモさんが言われてるんですけど。」

「え?なんで俺?」

「だって、私。目を合わせていませんし。」

「行こ、準君」


 ここで華奢な少年が服を引っ張って、二人は一つの部屋に入っていった。

 南出雲はそこで立ち止まり、首を傾げた。


「ナンデモさんも、行こ?」

「あ、そうだな。俺は部屋に帰るんだった。」


 そして初日はこのまま終わる。

 何か起きると知りながらも寝るしかない。

 南出雲の仕事は、事件が起きてからが始まりなのだから。

 

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