第17話 真の闇への螺旋階段
星降る塔のメインイベント。
考えるまでもなく、星空を眺めるイベントだ。
「一時間後に二階の螺旋階段集合って…」
「はい。ナンデモさんの着替えです。今着ている服は洗濯するんで、こっちの袋に入れてください」
陽菜は本当に着替えを用意していたらしく、鞄の中から男モノの下着や服が次々と出てくる。
彼女が助手になって、一番変わったのが食生活で、次に変わったのが南出雲の服の種類だ。
「あ、ありがとう。それで陽菜…」
「それでは一時間後に‼遅れないでくださいよ。寝落ちしてたなんてことがないようにしてください。っていうか鍵を預からせてください」
「え?寝ないし。だって…」
「私は色々準備があるんです。それじゃ、また後で‼」
南出雲は会話を続けようとしたにも拘わらず、陽菜は鍵を奪ってさっさと自室にこもってしまった。
その様子を半眼になって肩を竦める南出雲。
「準備って…、歯を磨くことくらいしかないだろう。それとも化粧直し?元々、メイクなんて…。あぁ、帰りたい。これってどう考えても仕事だよな…」
陽菜と出会った事件が思い出される。
あの時はストレスを発散するには電波の届かないところでゆっくり休むべき、と言われてまんまと殺人が起きる旅館に泊まらされた。
それ以前は一人でこなしていたが、次第にひどくなっていく独り言で、仕事が出来ない体になっていた。
なんたって、復讐殺人の犯人を逃がす仕事だ。
「殺される相手にも殺す相手にも、どうやって殺すんだろうかって考えてたら伝わってしまって、先方に物凄く怒られた。だから……」
暫く仕事を休ませて欲しいと懇願した。
というより、違う仕事にかえて欲しいとも言った。
だが、殺人幇助の仕事を請け負う仕事人の代わりはなかなか見つからない。
「道理で、俺が成り行きで助けてしまった陽菜に対して、完璧な形で真っ当な戸籍を与えるわけだ。俺に何一つ話さなくても、陽菜が知っていれば済む話だからな。」
と、独り言で彼女の素性を話してしまうくらい、症状は治まっていない。
それにも拘らず、仕事をさせるとはブラックにも程がある。
「ま。今は頑張って独り言を我慢しよう。陽菜にとっては初仕事なんだし」
かなりの訓練は受けているし、勉強もしているだろう。
けれど、彼女が来てからのお仕事は浮気調査程度の簡単なものしかなかった。
「上司として暖かい目で見守ってやろう。だから今日はゆっくり星を眺めよう」
南出雲悠は歯磨きを済ませて、ベッドに身を投げ出した。
そして、目を閉じて何も考えないようにした。
既にいくつも気になる点があるが、その殆どを陽菜に封じられている。
「上司として、部下の初仕事を見守る…か。ま、今日の星空はあんまり綺麗に見えないだろうけど、な」
◇
コンコン…コンコン…ドンドン…………ガチャ‼
「ナンデモさん‼時間ですよ‼」
元気な声が台形の部屋に鳴り響く。そしてゆさゆさとベッドが揺れたところで南出雲の目がうっすらと開く。
だが、瞳は瞼に隠れたまま、白い眼がこう呟く。
「う…、もう一時間眠らせて…。やっぱ眠い……」
「駄目ですよ‼せっかくの星空じゃないですか。それに…、私のこと忘れたんですか?」
その言葉を聞いて、男は漸く飛び起きた。
今日一日の行動では分からないが、彼女は男性恐怖症である。
他にも旅行客がいるとはいえ、彼女を一人にはさせられない。
「わ、分かったよ。分かったから俺の上から降りてくれ。ってか、俺は男って見做されていないってこと?」
「そ…、そんなの知りません。さ、早く行きましょう。天然のプラネタリウムですよ‼」
「はいはい。プラネタリウムみたいにそこで寝てしまいそうだけど。それに…」
「それになんですか?」
「いや、なんでもないよ。星とか分からないから、感動する自信がないだけだ」
「大丈夫です。私、このイベントの為に勉強してきましたから。なんでも聞いてくださいね、ナンデモさん」
結局、寝ぼけ眼のまま男は助手と共に部屋を出た。
とは言え。
「あ、そうか。集合場所は目の前か。急ぐ必要なんて…」
「遅刻だぞ、てめぇ。その顔、寝てたって顔だな。バスで散々喋りやがって、迷惑な男め。陽菜ちゃん。そろそろそいつとは…、ってそうか。夫婦じゃなかったのか。」
「悪かったって。でも、本物のプラネタリウムじゃあるまいし、時間厳守の必要あるかな?」
「その点については私が謝罪します。パンフレットに書いていたのでお読みになられていると思ったのですが、きちんと口頭で説明するべきでした。」
栗色、鳶色。その間位の髪のスーツ姿の男が丁寧に頭を下げた。
鹿西裕次郎の息子、狐座恭介だ。先ほどの薄暗いダイニングではそこまで思わなかったが、外国の血を感じさせる端正な顔立ちの男だった。
「ナンデモさんにも渡しました。この人が悪いんですよ」
「いえ。先ほどは父の勢いに負けてしまいまして。本来なら説明をするべきです。ナンデモさん。これは父の拘りなんです。真の闇に光る星、ですので屋上の扉は一度開けたらすぐに締めてしまうんです。その後は自由ですが、少なくとも一時間は鍵を閉めたままとなります。」
「真の闇……」
「当たり前でしょ?ここまでの道中、気付かなかったのかしらね。」
「それは姐さんの洞察眼があってのことっすよ。一般人には無理っす」
勿論、そこには気が付いていた。
だがナンデモは討論するつもりはない。
だって、これは何かが仕組まれているから。
「探偵さんは流石ですね。その通りです。では、急いで参りましょう。父に叱られてしまいますので」
狐座恭介が先頭、後ろには彼の妻涼子がついて、全員で螺旋階段を上る。
天井はそれなりに高くて、通常の1.5倍ほど。
「手すりまで豪華だな。んで、三階を貫くように上まで…」
「恭介‼遅い、遅すぎるぞ‼全く、何をやっているんだ。大体…」
「鹿西さん‼すみません。私の上司が遅れてしまったんです。」
「う、うむ。そうか。それなら仕方ない。だが、遅れた原因はそれだけではない。後でワシの部屋に来い、恭介。」
「はい。承知しました。」
「さて。お見苦しいところをみせてしまいましたな。……では、みなさん。星降る闇の世界に参りましょう。」
鹿西裕次郎の手のひらはクルクルと回るようで、顔色もそういうおもちゃのようにコロコロ変わる。
因みにクルクル回った手にはカードが握られていた。
あれが鍵なのだろう、彼が先頭に立って階段を上り始める。
だが正直、こんな気分では
「ふふふふ……、……ふぅぅぅ」
独り言がいつの間にか封じられていることを悟り、ポニーテールの助手を軽く睨む。
その後ろには金髪女探偵がいて、悠は反対に睨み返されてしまう。
どうやら、相当嫌われてしまったらしい。
螺旋階段は三階の天井を当然ながら突き抜ける。
そこから更に3m程、壁に囲まれた階段を上る。
壁に埋め込み式のランプが設置されているが、少しずつ暗くなるように演出されているらしい。
ピ……、——ガチャ
そして先頭を行く裕次郎が薄暗い中、鍵を開けた。
「さぁ、お待ちかねの財宝です……」
確かにここまでして、この為だけの塔を建てて見る星空は財宝級の価値があるかもしれない。
ここまでしなくても真っ暗な場所に行けば済むだけなのだが。
ズズズズズズズズ……
ギギギギギギギギ……
重い音と金属音がする先には、やはり闇が待っていて、壁に設置された心許ない明かりを頼りにどうにか屋上に出る面々。
「寒……」
「へいうは、……ぶは。どうにか猿ぐつわが解けた。ってか扉がない?」
「あ、ナンデモさん……」
「大丈夫だって。流石に空気くらい読めるから。そうか、スライドして収納できるのか。とんでもない設備だな」
「左様です。ですが、もう少々お待ちを…」
「あ、はい」
全員が上るまで待って欲しい、ということらしい。
そして、これが彼の見せたかったもの。
「お義父さま。全員が到着しました。」
「涼子君か?済まんがワシの手を引いてくれんか」
「はい。どうぞ、私にお掴まりください」
最後尾にいた狐座涼子の声。彼女は夫の狐座
「恭介に負けず劣らずの美貌。って、あのお爺さん触り過ぎ……、痛っ」
扉が開いているから、初老の男が美しい女に抱きついている姿だけが照らされる。
息子の嫁だからと言って、あんなことをするだろうか。
と、悠は全員の声を代弁しただけだが、陽菜に小脇を突かれた。
「さて、それでは皆さん。真の闇へようこそ……」
ピ……、ズズズズズズズズ……
ギギギギギギギギ……、——ガチャ
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