第16話 食堂で自己紹介

 先ほどは急かされていたから、ちゃんと見ていなかった。

 けれど、今は一階の構造がじっくり見れる。


「玄関ホールにカウンターテーブル。入って右側に壁沿いの階段。円柱形の建物だから、緩やかな曲線を描いている。そして何より、天井や壁に描かれた星空。柱に描かれた模様は樹木か。これで星空を見たってことにならないかな…」

「なる訳ないじゃないですか。……あ、すみません。うちのナンデモが」


 チェックインの時と一つ違うことがある。

 あの時はもう少し明るめの照明だったが、今はかなり薄暗い。

 だからあの時気付かなかったが、今は夜光塗料で書かれた星々がぼんやりと光って見える。


「ちょっと。うるさくしないでくれる?今から夕食なの。もっと静かにできないのかしら?」

「そそそ、それに唾が入ったらどうするんですか。な、なんで相席なのよ」

「テーブルが一つしかないからでしょ。久美子も落ち着きなさい」


 そう、南出雲の悪癖が全開になるのも無理はなかった。

 ポツンと置かれていた長テーブルで全員が食事をとるらしい。

 隣に陽菜が座っているとはいえ、目の前には先ほどの女二人組が座っている。


「はっはっはっは。最初は皆さん、同じようなことを仰います。ですが、お忘れではありませんか?ここに集まっているということは全員が、星空を愛しているということです。心配せずとも明日には仲良くお喋りしていますよ。」

「は?そんな陽キャじゃ…、痛…」


 隣に座る助手が執拗に左足の小指を蹴る。その為にも、彼女は隣に座っているのだ。


「というわけで、皆さん。食事の前に自己紹介をしましょう。私はこの星降る塔のオーナー、鹿西裕次郎です。そして…。ほら、お前たちもだ」


 オーナーである鹿西裕次郎は長テーブルの真ん中に座っていて、そこから従業員を呼び寄せる。

 客には大らかな態度を見せるが、今の姿はこの砦の城主だった。

 伽藍洞と思った一階部分だが、奥には厨房があったらしく、そこから一人の男と二人の女が姿を見せた。


「父上、申し訳ありません。少々バタバタしておりました。……私は狐座きつねいざ恭介と申します。館内で何かありましたら、遠慮なく私に御申しつけ下さい。」

「父上?」


 狐座恭介は二十代後半から三十代の男、爽やかな印象の好青年。


「はい。訳あって苗字は違いますが、鹿西裕次郎の…」

「もう、いい。次‼」


 何か理由があるのか、それとも身内には厳しいのか、裕次郎は恭介の言葉を遮って、隣の優しそうな女に話を振る。

 手に持ったエプロンが彼女の役割を物語っているが。


「は、はい。恭介の妻の涼子です。お料理を担当しております」


 恭介と同い年か、少し若い女性だった。

 そして、裕次郎の視線は更に隣の女に向けられる。


「え、えと。私もですか?……猪川咲奈いのかわさなです。雑務と言うか、お掃除と言うか。色々とお手伝いをさせてもらっています」


 一人だけ、一歩引いていた彼女か、陽菜がこのだだっ広い食堂で一番若いだろう。

 今も落ち着かない様子で目を白黒させているが、裕次郎の視線はまだ移動する。


「え?俺も?えっと、運転手してた熊代くましろ健太……っす」


 30歳前後の男。短髪の金髪、おまけに腕にタトゥーまで入れた男。

 見た目はさておき、この時点で色々おかしい。


「おかしいな。宿泊客に従業員を紹介するものだろうか…」

「……って独り言いってるのが、南出雲悠なんでもゆうで、私の職場の先輩です。私は東雲陽菜しののめはるなです。よろしくお願いします」


 と、共同生活で慣れている陽菜は、上司の独り言を利用して自分の自己紹介も済ませた。


「あぁ。よろしく頼む。あれですよ、ナンデモさん。ここは民宿に近いものでして、家族ぐるみで楽しんでいただければ、と。それで……」

「俺は犬山準一だ。星が好きってよりは山登りが好きって感じだな。ま、星空も大好きだけど。んで…」

「ぼ、僕?猿田……蓮です。星が大好きです」


 180㎝を越える大柄な男と小柄で華奢なか細い声の男。

 あの時、ナンデモが絡まれそうになった男二人組だ。


「それじゃ、私ね」

「メメ、自己紹介なんて……」

「大丈夫よ、久美子。民宿なんて慣れているでしょ?海老沢メメよ。そんで、こっちの眼鏡っ子が鯉沼久美子。職場の同僚なの」


 熊の話をしていた女二人組。二人とも二十代の女性で海老沢はショートカットで元気な女、鯉沼は三つ編みで内気な女。

 男カップルと女カップル…


「まるで時代の……、痛……、痛いと言うか痛すぎて感覚が…」

「シー。黙って。もうすぐ終わるから」


 そもそも、この自己紹介の意味が分からない。

 だって、ストレスを発散する為、静かな場所でゆっくりする目的だったのだが


「後は私たちかしらね。彼は烏丸健二郎28歳、探偵見習い中よ」

「姐さん。俺はもう立派な探偵っすよ。な、陽菜ちゃん」

「フクロウ探偵事務所の所長さんは貴女ですか?」

「って、無視?」

「当たり前でしょう?この男はただの雑用係。私は鷹城深雪。私を指名した場合の依頼料は高いわよ?」

「い、いえ。今は大丈夫です」


 先も登場したが、健二郎は銀縁眼鏡で明るい茶髪パーマ男。鷹城深雪は金髪に厚い化粧の女。


「これで全員ですな。それでは恭介、涼子。食事の準備を——」


     ◇


 全員で十三人が食堂に揃っていた。

 狐座夫妻と猪川咲奈はバタバタと動いているが、運転手の熊代までがテーブルに座って食事をとっている。


「まるでこれから何かが起きるような展開だな…」

「ナンデモさん。食事中ですよ」

「それに星を見るイベント、しかもクリスマスなんだから、もっと客がいると思ってたんだけどな」

「ちょっと。食事中ってその子も言ってるでしょ?久美子は潔癖なんだから、止めてくれる?」


 初日の夜から悠が疎まれる。

 予想通りの展開に陽菜は頭を抱えた。

 ただ。


「ま、俺もびっくりしてるよ。まさか、こんなに人数が集まるなんてな」

「準くん、駄目だよ。変な人に絡んじゃ…」

「ナンデモさんは変人だけど、変な人じゃありませんから‼」

「それ、同じことじゃね?まぁ、俺や姐さんはさておき、不定期開催の三泊四日旅行に参加できる人間は限られてっだろうなぁ」

 

 意外にも会話が成立するし、なんなら弾んでいく。


「ん?不定期開催の三泊四日?それって招待制か何かか?」

「あんた、もしかして全部部下に任せているの?星降る塔は年に四回しか開催されないのよ。それをずーっと前から予約するの。でも、日時が発表されるのはギリギリだから、ダメもとで予約する人が多いのよ」

「今年は年末だから、キャンセルが多かったのかな。でも、ラッキーだったわね、久美子」

「う……うん」

「って。そんなのでやっていけるのか?年に四回……、もしかして陽菜。これってめちゃくちゃ高い旅行?それで宝くじ……」


 陽菜は半眼をナンデモに向けるが、内心ではホッとしていた。

 もっと煙たがられると思っていたが、ちゃんと馴染んでいる。

 というより、一番気まずいのは誰もしゃべらないことだ。

 それがナンデモの存在により、一番最初の関門が易々と突破された。


「宝くじは違う理由ですぅぅ。それに……」

「はっはっは。ほら、やっぱり星空好きに悪い奴はおらんな。ナンデモさん、これは私の道楽でやっているんですよ。宿泊の相場も普通の観光地と変わりませんよ。さて、星好き仲間になったところで、今夜のメインイベントの始まりと行きましょう」

「いやいや。俺、ずっと独り言を…」


 ここでナンデモは足を踏まれている。

 今回はワザとではなく、陽菜が立ち上がった時に偶々そこに足があっただけだった。


「ナンデモさん、ついにメインイベントですよ‼私、本当に楽しみにしてたんですから‼」

「え、そんなに?ってか、メインイベント?」

「そうです。ここを何処だと思っているんですか?」


 気付けば、全員が立ち上がっていた。

 そして、塔の主が宣言する。


「行きましょう。今日も星が瞬いておりますぞ」

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