星降る塔殺人事件
第14話 車中にて
「ナンデモ氏ぃぃ。さっさと機嫌直してくださいよ。せっかくのストレス発散の機会じゃないですか」
「どこかのゲームキャラみたいな名前で呼ぶな」
「だって、ナンデモユウって読めるじゃないですか。っていうか機嫌直りました?外は良い景色ですよ?」
女の名は
悠は先ほどまで、自分の口に猿ぐつわを噛ませていた女を睨みつけ、窓際に座る彼女越しに車窓の景色を眺めた。
「今度こそ、治療の為の旅行なんだろうな?ストレス発散の為の旅行。さっきまでストレスマックスだったんだけど」
「仕方ないじゃないですか。バス乗り場は戦場です。ナンデモさんは人ごみに向いてないんですから。直ぐに不審者として通報されちゃいますよ」
今回の彼女はナンデモという呼び方を徹底するらしい。
そして、そのナンデモには悪癖がある。思ったことを直ぐに口に出してしまう癖。
とはいえ、その癖は少しずつではあるがマシになって来ている。
だが、先ほどストレスをため込んでしまった。
「既に不審者だったぞ。陽菜も俺から1m、いや1.35m離れてた。つまり他人のフリをして俺の周りだけ結界が張られてるみたいだったぞ。バスの先頭に座っている女なんて、俺をスマホで撮影してたんだが?」
「ナンデモさん、声大きいですよ。せっかく私が急いでバスの一番後ろを確保したのに、聞こえちゃいますよ」
「別に頼んでなんかないし。それに独り言には慣れてるし」
「私が恥ずかしいんです‼セクハラ発言だって多いし。」
「分かってないなぁ。男は口に出さないだけで、皆心の中で思ってんだぞ。右前に座っている男だってバス停で陽菜のことを……」
口に出すからセクハラなのだが。と、陽菜は心の中で吐き捨てて、話題を変えようとカバンの中を漁った。
「はいはい。分かりましたから。それより見てください。私、ついに大人の階段を上っちゃいました」
「な……。なななななな、なんだと?大人の階段を上った。それは隠喩表現でもなんでもない。間違いなくセッ……」
「宝くじを買っただけです‼わざわざカバンから出して見せているのにぃ‼……やっぱりセクハラ野郎なだけじゃないですか?」
「はぁ?宝くじを買うことが大人とは。全くお子様だねぇぇぇ」
「どっかの誰かさんの余計な一言のせいで、お客さんが怒って帰っちゃうんですよねぇ。だから私の給料じゃ、夢も見れません」
「う……。それは……。だ、だ、だからこうやってストレス発散に来ているんだろ。外の景色が見たいから、席を代われ」
「はいはい。分かりましたよ。全く、どっちが子供なんだか」
陽菜は乱暴に宝くじを鞄にしまい、席を立って上司に窓際を譲った。
そのすれ違う瞬間にも、男の口は止まらない。
「連番が三袋か。そっちの茶封筒はバラを纏めてるのか?バラも袋に入れてくれると思っていたけど」
「纏めておいただけです‼なんとなくです。ってか、鞄の中を覗かないでください。デリカシーをどこかに落っことしちゃったんですか?」
見えたものを口に出してしまう悪癖。
彼の脳は記憶のキャパシティをとっくに超えているから、入ってきた情報がそのまま垂れ流されるのではないかと、彼の主治医が言っていた。
その飯塚先生は彼女の上司の上司でもあるのだけど。
「っていうか、なんて道を走ってるんだ。確かに舗装はされてるけど、街灯が全くないって。こんなところに下ろされたら、絶対に遭難するぞ」
「それはそうですよ。今から向かうのは通称【星降る塔】、とってもロマンチックな場所なんですよ?」
「星降る……、そういえば書いていたような。クリスマスに星を見ながら、聖なる……、性なる夜を迎えるとかいう。俺に起こりえないとして早々に削除を……。いや、なんだこれは?もしや……、──痛っ‼」
「直ぐに記憶を抹消してください。っていうかわざわざ聖なる夜を言い直さないでくださいよ。飯塚先生の心遣いを忘れたんですか?この星の宿コスモスはスマホ持ち込み禁止なんです。」
「な、なな。……その瞬間、俺は全身をまさぐった。だが、ない。どこにも無い‼陽菜、俺のスマホをどこにやった?確か、家を出るときには持っていた筈だ。バス停で待っている時も持っていた。」
「その後、スタッフの方に預けましたよ。金庫に入れてましたし、暗証番号も私が決めましたから、心配は要らないですよ。」
「いつの間にそんな技術を。あの医師、絶対に医師の覆面を被っているだけだろ」
陽菜は一応、犯罪者だ。
だけど、彼女のすべての経歴は世界中探しても見つからない。
「そんな彼女に盗みの技術を教えるなんて、何が目的か分からない。」
「この為ですよ、この為。それだけナンデモさんに期待をしているってことですよ」
「ふが……ふがふがふが……ふが⁉」
ナンデモが目を剥いた時には、口の中にタオルが詰め込まれていた。
そういえば、彼女はちょくちょく外出をしていた。
殆どが上司である飯塚の命令だったが、彼女は一体どんな修業をしていたのか。
ただの女の子が、いつの間にか一流の手品師になってしまった。
しかも、全ては南出雲の口を塞ぐためだけに、だ。
「それにしてもずーっと曲がっている道ですね。ナンデモさんがうるさいから私、酔ってきちゃいました。ちょっと横になります。」
あと少しで宿に着く、とはいえバスの速度は牛歩のようだった。
歩いたほうが早いかもしれない。
だけど外は森のせいで暗闇、そのせいでバスは鈍行しているのだ。
フロントライトしか頼れない状態での、カーブの連続。
流石に事故を起こしたくないのだろう、と思ったところでナンデモは肩を竦めた。
「ふが、ふがふがふが。ふーがふがふが」
ふがふが言葉に目を瞑っていた陽菜の眉間に皺が寄る。
だけど、ナンデモはその後は大人しく窓の外を眺めていた。
そして、
「着いたー‼着きましたね、星降る塔に‼それにしてもかなり時間がかかりましたね。それほど高い山だったのでしょうか。」
「……」
「あ、そか。忘れてました。はい。これでお喋りオッケーですよ」
漸くバスが到着して、芸術的な結び方で作成されたスポーツタオル製の猿ぐつわが外さる時が訪れた。
だが、そこに一組の男女が立ちはだかった。
「ちょっとアナタ。どういうプレイか知らないけど、その猿ぐつわはそのままにしてくれないかしら」
「俺達は静かに星を眺めたいんだよ。本当は道中で仮眠をとる予定だったんだぞ?そいつのせいで全然寝られなかったじゃねぇか。」
金髪に厚い化粧の女と茶髪に銀縁眼鏡の男が、いちゃもんを…いやかなり真っ当な注文をつけてきた。
ここに泊まるとは、夜中に星空を楽しむということと同義だ。
星空は時間とともに姿を変えるのだから、それを見る為に車中で寝る客がいてもおかしくない。
「す、すみません!!気を付けていたつもりだったんですけど…」
このカップルもそれを楽しみに来た、そう思った陽菜は悠の代わりに頭を下げた。
その時だった。眼鏡の男がスッと小さな紙を差し出したのだ。
「え?フクロウ探偵事務所?探偵さん!?」
「そーゆーこと。離婚したくなったらいつでも相談に乗るぜ」
「ま、こんな男なら私が出るまでもないわね。健二郎だけで十分でしょうね」
ここで悠の白い目が陽菜の横顔を映すが、彼女は敢えて無視して、もう一度頭を下げた。
「そ、そうですね。考えておきます。でも、あれですから。こう見えて良いところもあるので」
「そ。彼、何かを患っているのかしら。目を離さない方が良さそうね。……とにかく、私達の前では静かにしてちょうだい。行くわよ、健二郎。」
「はい。姐さん!!」
姐さんと呼ばれた女は、舌打ちをして背中を向けた。
男の方は陽菜に向けて片目を閉じた後、小走りで女を追いかけていった。
そして、二人を見送った陽菜は申し訳なさそうに振り返ると。
「そこで何やってんだ、おっちゃん‼」
さっきまで近くに居た筈の南出雲が運転手に怒られていた。
まったくもう…、と肩を竦めて、陽菜は急いでマイクロバスに向かった。
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