第13話 俺の仕事

 兄妹、そして祖母が考えた計画は本当に真っ直ぐな復讐計画だった。

 直接手を下した男と女の二人を殺すことと、それを知っているのに何も言わない二人を恐怖に陥れるもの。


 ただ、本当に腹立たしいのが、俺の悪癖。


「あのさ。俺、元探偵ってだけだから。探偵事務所職員ってだけだから。しかも——」


 あの飯塚って奴!何がカウンセリングだ!


「兄はどうなってしまうのでしょうか。私も同じ罪に……」

「あー、もう。マジで最悪だ。しかも俺はクビになった筈だろ‼」


 俺の激高に彼女が目を剥いた。

 だが、仕方ない。クビになったのに、そしてその原因を治す為にカウンセリングに行って、ここに来ていたというのに。


「俺のいた会社、やばいこともやっててな。だーかーらー、俺がここに来てんのかよ!」

「え……えと。南出雲さん?」

「だー、それも偽名。つーか、偽名オッケーな旅館って時点で俺、察しろよ!俺はクビになってないんかい‼いーや、もうあれだ。俺の方から辞めてやる‼」

「あ、あの……」

「俺の仕事は復讐したい人専門の『逃がし屋』だ‼つまり俺は仕事をしにここに来てたって訳‼マジ、騙しやがって……」


 表には出られない、裏の顔の方だけれど。

 だって、表でも働けないし?裏でも働けないけど?


「どういうこと……ですか?」

「俺はお前とお前の兄を責任をもって、逃がすの‼今もやってんじゃん‼っていうか、分かるか?俺、逃がし屋とかやってんのに、俺の心の声が漏れちゃうやつ、相性悪すぎだからね?だから、お前。絶対に本名言うんじゃねぇぞ!兄の方もな!だーかーらー、俺は名前とか聞かないの‼」


 だから、ややこしい言い方が多かった。

 そして復讐が動機でなければ、それは失敗と見做される。

 ここで止めて正解だった。


「……無理……です。これほどのことをやってまで……」

「無理とかじゃないんだっての‼お前の兄は一線越えたけど、俺の仕事の範疇だから、俺が責任を持たないといけないんだよ‼お前達兄妹は俺が責任をもって、逃がす!今は確認できないけど、俺の預金口座には絶対にシヤさんからと思われる入金がされてる筈なんだよ!だから、これは決定事項だ‼お前達は逃がす。そして俺に本名を晒すな‼」



     ◇


 孤島で一人、病死者が出て、二人も殺害された。

 それにも拘わらず、予想通りやってきた船は小さなものだった。


 そして、警察の反応も実に淡白なものだった。


「考えれば当たり前だよな。島の住民も親族に決まっている。旅館では一名の病死者と一名の負傷者。しかも自分の手で刺したと言っている男。そしてそことは関係なく、小屋で男と女のトラブル。その二つは関係ないとして、淡々と処理が行われた。長尾妙弦と小西希来里には元々関係があり、小西希来里は長尾の浮気に日々悩まされていた。……はぁ。俺の治療は何処へ」


 堂札も和藤も栗見も偽名であり、彼女達は逃げるように帰っていったという。

 つまりそれなりのお宝を見つけられたのだ。

 それを取り上げられたくはない。


「だとしても、まだまだ宝が眠っているかもってんで、今は早くその島から出ろと言い続けていた親族が所有権を巡って争っている。で、花草は本名も花草として治療を受けて、右足は一生使えないだろうけれど、命に別状はない。」


 結局、電波のない生活ってなんだったのだろう。

 俺はただ、出張していただけ……だと?


「まぁまぁ。無事に帰ってきて良かったじゃないですか。相変わらず、独り言が多いみたいですけど。」

「違いますから―。これは俺が先生に言ってるんですー。ピンハネしてる先生に不満たらたらなんですぅぅぅ」


 最初からこいつを疑っておけば良かった。

 孤島に行けば、ストレスが減って、仕事上厄介な独り言も減ると言っていたのに。


「ただの仕事依頼だったって。つーか、先生もあそこに行ってたって。」

「いえ。私は行ったことないですよ。どうしてそんなことを?」

「って、そうだったわ‼あの婆さんも悪癖持ちだったわ‼マジ、なんなん?あの島、マジで呪われてんじゃね?」

「そういう閉鎖空間とはいえ、見事にやり遂げましたね。どうでしょう。特別報酬を差し上げるというので。」


 当然、この医師もその組織と繋がっている。

 だから、俺には請求する権利がある。


「もっと心の落ち着く場所。出来れば、離島じゃなくて平地で、それからちゃんと旅館があって食べ物もお酒もあって……」

「ふんふん。」

「——そして一番大事なのは、人が誰も来ないこと!誰もいなくて、職員も誰一人いなくて、それでいてちゃんと料理が出て洗濯とかもしてくれる旅館かホテルで三カ月くらいのんびりしたい!」


 そうすれば、治るかもしれない。

 だが、飯塚は。


「そんな場所、あるわけないじゃないですか。」

「と、正論で返してくるのだ。」




     ◇



 そして、俺は歩いて家に帰る。

 銀行口座もちゃんと確認した。

 ちゃんと、どこか分からないところからお金が振り込まれていた。


 だが。


 その金額では足りないと俺は思う。


 だって。


「あ、先生!おかえりなさい!」

「だー!なんで、お前がいるんだよ‼」

「お前じゃないですよ。私は助手です。そういうことになったじゃないですか!」


 一人、雇わされるなんて思っていなかった。

 マジで油断したのだ。


「そういうことになったけど!俺の家にいる必要はないだろ!必要があったら、万が一にでもあったら呼び出すから‼」

「ぜーったい呼んでくれないやつじゃないですか。陽菜は独りぼっちなんですよ‼」


 彼女の兄から「陽菜はるな」という言葉が漏れ、そして俺がそれを記憶してしまっていた。


「それにうっかり私のこと、話してしまうかもしれないじゃないですか!」

「うっかりじゃなくて、絶対話すんだよ‼」

「だったら、一緒にいないとダメじゃないですか‼」


 そう。


 これが悪癖のある俺が旅館で殺人事件に巻き込まれ、悪癖のせいで助手を雇うことになった、その経緯である。

 

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