第12話 経緯はこうだってやつ

 元々、稚拙な殺人計画だった。

 だから、電話線だって無茶苦茶になっているに違いない。

 無線機だって雑に壊されているに違いない。


「あー、結局俺が北の山に回って狼煙を焚いてんじゃん。あれか?SOSって書いとくか?モールス信号的なのをやる時間もないし。」

「ここの土を掘り返すだけでいいんですか?」

「俺一人でやってもいいんだけど。どうせ建物の中は、今滅茶苦茶だろ?分かり易いところにダイヤを隠しておくなんて、なかなかやるじゃないか。」

「……兄に比べたら、私なんてまだまだです。」


 とりあえず、剛(仮)の血液をそれっぽく小屋まで垂らしておいた。

 ただ、ここにこれだけの血だまりがあるのは宜しくない。

 だから、俺は土を掘り返している。

 船が来るのはまだまだ先だろうし、車もぐるぐると回りながらじゃないとここまでは来れない。


「取り敢えず、事件の経緯を言っておこうか。経緯はこうだってやつ。」


 皆の前で話すことはない。

 彼らは狼煙が上がっていることに気付いていないから、今真剣に部屋の内側を壊し続けているだろう。

 その音が建物の西側にまで聞こえてくる。


「まず、シヤさんは自分の体が長くないことを知っていた。それをお前にも家族にも秘密にしていた。」

「……そうなんですね。それを知らずに兄は私と一緒に計画をしていた。」

「バレていただろうな。何度も変装をして下見に来る若者たち。でも、その計画を見過ごすことも、お前への罪滅ぼしだった。」


 そう、だから。


「この日程は多分、シヤさんが指定した筈だ。色々と準備に時間が掛かると言って。俺だって待たされたくらいだからな。」

「はい。祖母への連絡はほとんどが兄がしていたので、伝え聞いただけですが……」


 俺もこんな辺鄙な旅館なのに待たされた。

 俺用の部屋を作る必要があったからだ。

 わざわざ内装業者に来てもらって、作業をした。

 夫を事故に見せかけたのは、保険金の為でもあっただろう。

 短期間に内装を整えるくらいのお金は持っていた。


「あの時の花草の発言はおかしかった。碌に見てもいないのに彼女が死んでいると言った。彼だけは祖母から病気について教えてもらっていたんだろう。二人ともお前を想っての行動だったからな。」

「でも、そんな話は聞いてない!」

「あぁ。シヤさんを殺す計画はなかったのは分かっている。彼女には立ち去ってもらうか、眠っててもらうか。監禁するかの予定だった筈だ。ただ、彼女は大浴場の掃除が終わった後に発作で倒れてしまった。栗見の証言から入浴中には生きていたことが分かる。それにその後、大浴場用のバスタオルが入った洗濯機を回している。だから、彼女だって死ぬつもりはなかったんだろう。だから病死だ。あそこが殺人現場ではないと言ったのはそういう意味だ。死体遺棄現場が正しいな。」

「え……」


 ここから全てが狂い始めた。


「今の感じだと、死体の第一発見者は花草、つまりお前の兄だな。今後の計画を話し合うつもりだった。だが、そこで彼は祖母の遺体を見つけた。多分、お前が殺したと思ったんだ。そして計画では彼女は監禁、もしくは旅館から出る予定だった。誰かが死ぬような計画ではなかったから、彼は急いで冷凍庫に隠した。」


 元々、その後計画殺人をする予定だったんだ。

 空きスペースくらい用意している。

 明け方の発見だったのか、誰にも見られたくなかったのか、かなり焦っていたんだろう。だから衣服が冷凍庫の隙間から出ていたことに気付かなかった。


 ただ、その光景を彼女は見てしまった。


「私はてっきり、お婆ちゃんと何かがあって、お兄ちゃんが……」

「そう、お前が見ていたんだ。そして兄が祖母を殺したのかと思った。だから後戻りできないと思った。だから最初の計画通りにバットを挟むという、一見無意味な行動をした。あれは多分……」

「私がやりました。祖父の事件の続きだと分からせる為に……。反応を見る為に……」

「……その設定がサイコメトラーか。マジで苦しすぎるな。」

「苦しくないです。だって、お爺ちゃんの話をしても殆ど反応なかったし。……あいつらは死んで当然です。」


 この子までそっち側にやるわけにはいかない。

 ただ、俺の口が勝手に戸を叩いている。


「……ま、そこは置いておこう。そして、俺の存在も大きかったんだ。色々と誤算だったんだろう。だから、ひとまず俺に罪をかぶせる方向で動いた。」

「……はい。すみませんでした。」

「いや。慣れてる・・・・から別に良いけど。でも、誤算だったのは他の偽探偵も同じだ。……それにちゃんと反応していたぞ。あの二人もその後、俺に付きまとうようになったからな。あのイケメン、初日から俺を疑っていたくらいだしな。」

「え、そうだったんですか。それならサイコメトラーで正解でした。」


 流石にその言葉には半眼を向けてしまうが。

 あの二人が付きまとっていたのは間違いない。


「だが、ここからが本当の始まりだった。まぁ、始まりで言えば、兄妹でコロコロ入れ替わっていたのも始まりだけど。」


 堂札蓮という無能を手配したのも始まりと言えば始まりだけど。


「とにかく初野貝シヤ不在でお宝探しが出来るというイベントはスタートした。ただ、余りにも動くのが早すぎた。いや、俺が睡眠導入剤入りの食べ物とアルコールを飲もうとしていたからか。そこでもまた俺に罪を着せようとしたな。」

「う……。すみません……」

「いや。慣れてる・・・・から別に良いけど。まぁ、麗神エイルを呼び寄せるのは簡単だった。夜に簡単に出来る事だ。彼女もまた宝石に固執していた。だから、もしかしたら小屋にあるかも、と呼び出した。場所はどこでも良かったんだろうけど、それも俺が余計なことを言ったから、俺ならあそこに連れ込んだかも、と思わせられると考えた。」

「す、すみません」


 慣れてる・・・・から


「堂札蓮らに信頼されているお前、女一人だけの呼び出し。そしてここに来るまでに何度か一緒につるんでいたお前からの呼び出しなら、無警戒について来るだろう。」

「……」

「あー、その前にあれか。僕っ子競争も入れておくか。二人には接点がないような演技を挟んでいたっけな。その効果で二体一の状況を作れたから、背後から簡単に包丁を刺せた。勿論、お前の格好をした兄の方がな。」


 どこまで考えていたのかは、正直分からない。

 でも、もしかしたら利用できるかも、くらいには思って今まで何度も入れ替わっていたのだろう。

 そして、それが不自然にならないようにした契約が、何かの探偵に変装してくること。

 それは下見の段階でも行われていた筈だ。


「麗神エイルは裸同然だったし、金髪だったし、下腹部に傷があったし。カツラは関係ないけど、そうやって過去の自分を思い出させつつ、一人ずつ殺していく予定だった。ただ、稚拙な計画故に菅には気取られてしまった。俺に罪を着せようとしていたのに、あいつは直ぐに気付いてしまった。」


 元々警戒していた雰囲気だったから、気取られて当たり前だろう。

 麗神エイルが消えたと聞かされた瞬間に、自分も狙われていることに気が付いた。


「……そう……です。しかも、あいつ……。私に交渉を持ち掛けてきた……。色んな……交渉を……」

「成程。あいつも二人が繋がっているとは気付いていなかったのか。……それにしてもそこで更に交渉とは……。それで逆上してめった刺しか。」

「でも……、私はもう……限界で……」

「まぁ、俺に妹がいて、同じことをされたら一線を越えるかもなぁ。しかも、既に一線を越えてしまったアイツなら、尚更か。」


 そして、その後彼女は黙ってしまった。

 手まで止まっているので、半眼で睨みつけてしまうが。


「後はお得意の入れかわりか。何着探偵服を持ってんだか。まぁ、交渉場所に西側を選んだのは大正解だったな。二階が六部屋で殆どが二階。だが、花草の部屋は一階。そこに衣服が沢山あったんだろう。窓を通れば最短ルートで、指令通りに俺の部屋に来ていたアイツらと合流できる。」


 元々はそこで木製バットが登場する予定だった。

 ただ、予定外の初野貝シヤの死亡により、二回も登場する羽目になってしまったバット君。


「流石にあんなに胸の空いたドレスを男が来たらバレる。だから、あそこで包丁を突き付けていたのはお前だ。あんな目立つカツラと赤い口紅とドレス、あれだけで殆どの人間が麗神エイルだと思い込む。」


 血だまりを全て退ける必要はない。

 そこの上に剛かっこ仮をうつぶせにするだけ。

 あの三人が混乱した、『ダイニング』というダイイングメッセージはここで回収する。

 きっと彼らの中で、食卓、嘱託という隠語で使われていたのだろう、と勝手に推測している。

 ただの紙切れで、勘違いだったかもしれないけれど。

 彼女の兄が懸命に考えた、時間差トリックの一つだろう。


「なんせ、君の兄は君のフリをしつつ、自分の部屋に戻って服を取り、ここから飛び降りて、建物裏に隠れて服を着替えて、自分の足に包丁を突きつけないといけなかった。行ったり来たりさせるから、この建物限定の稚拙な時間差トリックだな。」

「さ、流石……独り言探偵さん……ですね。稚拙でも良かったんです。……私達だってただで済むと思っていなかったですから。復讐できれば、それで……」


 そして彼女は何とも言えない表情で、僅かに笑った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る