第11話 死人に口なし

 初野貝シヤは実は大ウソつきだった。


「俺が初日にすっきりと眠れたのは彼女が食事の量を調整していたからだ。ここに来た病持ちがよく眠れたのも、それが理由だろうな。ただ、それは彼女のなりの知恵であり悪意ではなかった。」


 彼女の兄の脈拍、血圧を確認しながら、俺は言った。

 彼女自身は多分知っているし、ただ反応が見れたら良かった。


「少しずつその量を減らしていく。それが彼女にとって正義であり、悪癖だった。そしてもう一つの悪癖がサラリと嘘を吐けること。ここは彼女一人ではどう考えても立ち行かない。せいぜい、知り合い伝手の誰かを相手にするくらい。彼女の夫、邦夫が死んだのは俺の予想だと数年前。三年か四年か。」

「五年前……」

「お前、喋んない方がいいぞ。その薬は痛みを失くすものじゃない。鎮痛剤はジクロフェナクナトリウムくらい。麻薬は流石に置いてなかった。応急処置だけど、流石に痛いだろ。眠っとけ。痛くて眠れないかもだけど、眠っとけ。」


 運良く、太い神経も太い動脈も断裂されていない。

 ただ、流石にここでは傷を塞ぐ程度、抗生剤を投与する程度しか出来ない。


「五年前、ここで初野貝邦夫が……、いや金福の息子が殺された。少なくともそれに菅を名乗っていたアイツと、麗神を名乗っていたアイツが関与していた。」


 初野貝シヤさんはまだ50代後半だから、邦夫の年齢もそんなに変わらない筈だ。

 三十年前に金福場士が50代で死んだ。

 それなら年齢もおかしなことにはならない。

 金福という名だって疑わしい、そして彼は単に病死か事故死をしたんだろう。

 だから、ここは買い取ったのではなく、遺産相続で手に入った土地だ。

 決めてしまうのは早計かもしれないが、たった三十年前の事件だ。

 女を集めて?女達が復讐して?

 そんな面白そうな事件なら、マスコミが取り上げない筈がない、それにスマホ依存症の俺が知らない筈がない。


「その時に陽菜が……」

「あー、その辺は分かっているからいい。お前らが一日に何度も入れ替わっていたのも、分かっているから。昨日、俺の部屋を調べる前に部屋を飛び出したろ。あの時もどうせ入れ替わってたんだろう。なんせ、何度もやってきたことだ。ここの宝探しは各自が毎回違う探偵、違う衣装、コスプレで来るというルールを設けていたから。」

「わ、私が……」

「分かっている。個室に俺とアイツ、それにあの女、加えて得体の知れない俺が混じっていたからだろ。あそこには入りたくなかった。それに二人ともが確認する必要があった。俺の部屋ではなく、アイツらが本当にあいつらなのか。そして、それぞれが五年前の実行犯だった。だから計画が実行された。」


 五年前の殺人犯と未成年への婦女暴行犯がここへやってきて、彼らを殺す。

 こんな簡単に事件が成立する筈がない。

 だから、一点だけは本当だった。

 逆に言うと、本当に信じられない話だが。


「遺産だけは本当にあった。十中八九宝石だろうな。それも一部は見つかっていた。それを当時、爺さんが口を滑らせたんだろう。……まぁ、その時に君の妹が利用された可能性もあるしな。」


 全く、なんでこんなことをしないといけないのか。

 マジであのヤブ医者を恨みたい。


「取り敢えずの処置はした。俺は今からあの三人を引きつけに行くから、妹君は電話か無線で連絡をとってくれ。大きな病院でちゃんと見てもらった方がいい。っていうか、これ以上口を開けるなよ。マジでヤバイことになるからな。」


 ヤバイ、本当に便利な言葉だ。

 それだけで、兄妹は口を噤んだ。

 そして、俺は初野貝夫妻の部屋を廊下側のドアを使って出た。


「あー、病院の選択間違えたわー。どうしてこんなことになってしまうのか。」


 この状況だ。こんなことにもなろう。

 先端恐怖症だったら、サブいぼが立つ。


「お、お前‼佳子さんをどこにやった?」

「亡霊は?花草君は無事だったの?」

「う、ウチは関係ないんだからね!ウチは……」


 彼らの中で決まっていた事は、初野貝シヤを眠らせて監禁くらいのものだったろうか。


「花草は大けがで済んでるし、佳子がその様子を看ているから大丈夫だ。亡霊も俺がどうにかした。相手は女だしな。ま、それでも心配だろうから、お前らにプレゼントだ。これで安心して眠れるだろう?あぁ、引き篭もるなら二階の方がいいぞ。一階は窓から侵入できるからな。まぁ、ただ——」


 あの悪夢があり得なかったのは麗神エイルが居たからだけではない。

 ここはリフォームが繰り返されているから、背景的にあり得なかった。

 まず、愛の巣でビジネスホテルのようなユニットバスを富豪が作るとは思えない。

 大浴場があるんだから、そっちを好んで使っていただろう。

 そして、そのリフォーム方法がカギだ。

 壊して作り直すんじゃなくて、上から貼り付けるという方法だ。

 

「——壊されたら宝石が見つかってしまう。見つかったら相続税やらがとんでもないことになるしな。だから、探すべきは壁の中だったんだ。それこそ家を壊すくらいの方法でしか見つけられない。それを初野貝シヤもその旦那も知っていた。……あ、また悪癖だ。俺がこっそりやろうと思ってたのに……」


 脳内探偵の彼と彼女らをどうするか。

 と、その前にここまで来たらちょっとだけ興味がある。


「あー、そういや。あっちはまだ未解決だよなぁ。栗見ナル。お前は何探偵?」


 せっかく考えて来た探偵役だ。

 聞いてあげないと申し訳ない。


「う、ウチは……。プロファイリング探偵だから、その……」

「ほう。正に連続殺人にピッタリじゃん。この手の犯人の特徴は?」

「……えっと。元軍人の30代から50代の白人男性で過去に両親から虐待を受けていた可能性があって、そ、それから」

「あぁ、それから勃起不全だっけ?その欲求発散が殺人衝動へと変わる。そのどれかが当てはまりそうな人物っていそう?」


 ドラマ見すぎだろ、こいつ。

 ただ、一つだけ当てはまりそうなのは。


「初野貝シヤさんの古傷……あれなんかどう?」

「そ、それはそうだけど。他が当てはまらないから……。それにこ、殺されちゃってるし……」

「あぁ。そうか。五年前の事件はそういう裏があったのか。そして今回は嘱託殺人?」

「ち、違うもん!ウチは傷跡を見ただけ!」

「そうだよ。五年前だってアレは事故死って聞いてるし!……恨みを持たれてるのも、アイツらだし。アタシ関係ないし‼」

「お前は?」

「お、俺はそもそも五年前の事故の時はいない‼単に宝石探しで来ただけだ!初野貝シヤを殺してもいない‼そもそもあれは——」

「まぁ、いいや。俺は亡霊の方をなんとかしないとだしな。三人で固まっとけば、撃退できるだろうけど。寝る時は二階にしとけよ?あ、俺が返り討ちにあうかもしれないから、戸締りはしっかりな。」


 ほんと、死人に口なしとは、このことで。


「元々、孫である花草と名乗った彼は古傷の存在を知っていた。普段は髪の毛で隠していたのだろうけれど、風呂場で一緒になったのなら、栗見ナルは……これも偽名だろうけれど、彼女はそこで見ている筈だ。」


 俺は山道を歩いていた。

 初野貝シヤが悪癖持ちになってしまったのは、その古傷のせいかもしれないが。

 初野貝邦夫が言っていたことは本当だった。

 夫婦で旅館を続けていた理由は少しずつ、その遺産を掘り起こす為。

 ただ、見つければ見つける程、古傷が痛んだことだろう。

 五年前のことは流石に分からない。


「嘘を吐いてしまうという悪癖。まさか孫が傷つけられるとは思っていなかった。だが、当時は未成年だった菅剛(仮)、麗神エイル(仮)を通報してしまうと、やはり犯行動機が明らかにされてしまう。遺産の話が出てしまう。それで咄嗟に出たのが、階段から転げ落ちたこと。」


 元々、この建物は構造上、働くのに不向きだった。

 いちいち、端まで行って階段を上らなくてはならない。


「だから、当時の利用客もいつか事故が起きるのではと思われていた筈だ。初野貝シヤにとってもこの孤島は監獄のようなものだった。なぁ、エイル、かっこ仮。邦夫は酔った勢いでかは知らないが、お前に迫ってうっかり口を滑らせてしまった。……死人に口なしだけど。」


 直線距離ならほとんど距離のない途中で見かけた建物。

 そこに液体の入った袋を片手に向かった。


「そして、剛、これまたかっこ仮に報告した。その報告の仕方で彼女が傷つけられ、シヤの夫を殺してしまった。聞き出したい情報を引き出せないまま。まあ、そういうことにしておこうか。……あぁ、血の跡だけはどうにもならないな。ここに来るのが無能な警察であることを願うか。」


 この建物で殺し合ってもらったことにした方が都合が良い。

 何より、それっぽいから。


「エイルの衣服はこんな感じか?二人の指紋をつけて……、包丁はここに放り投げとくか。」

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