第10話 悪癖
今、恐らく午前10時くらいだろうか。日の出から四時間くらい経っている。
俺の食べ物に含まれていた睡眠導入剤はそれほど強いものだったらしい。
建物の西側の地面は後ろからの太陽の光で照らされて、水溜まりの赤色を鮮明に映し出していた。
そこに大の字に寝かされた男。
めった刺しという言葉しか浮かんでこない程、服に多数の穴がある。
「おぇぇぇぇぇぇぇ」
そこに堂札蓮の吐瀉物まで加わって、悪臭まで漂い始める。
俺はただ、死体の異様さの方に目を奪われていたが。
だから、
「何処までも子供……だな。」
という言葉だって漏れる。
そんな俺の言葉に、二人の顔がぐるりと回って白い目が俺の横顔に刺さる。
いや、よく見ると和藤楓、栗見ナルは震えていた。
そして、そこに息を切らしながら永島佳子が追いついてくる。
「はぁはぁ……。み、皆、剣を探して‼」
目の前にあるのはどう見ても手遅れの死体だ。
だから、彼女は目の前の死体よりももう一人を探せと言った。
「あぁ、そうだな。それとあの女か……」
女二人と男一人は肩を跳ね上げて、互いに目を白黒とさせる。
三人の顔には、きっと初めて見る人にも読めるくらい、恐いと書いてある
「早く探してよ……。あの女が……、金福の亡霊……。そして行方が分からなくなっていたシヤさんのお孫さんだったんだよ。」
「アタシ、知らない‼アタシ関係ないもん‼」
「ウチだって知らない……。だってウチは宝探しをしてただけだし……」
すると、突然俺の右腕が重くなった。
黒髪の女が本気で泣きついている。
「お願い‼本当に死んじゃうかもしれないの‼この三人は頼りにならないの‼だから……、だから……」
「あぁ……。そういう……やつね。でも、それなら——」
俺は。
「きっとこいつら、これを見てないぞ。」
俺は殺人犯の落とし物を死体の上に放り投げて、建物の西側を山向きに歩き始めた。
彼女は、というとずっと俺の腕にしがみ付いている。
「マジでヤバイんだな。……男性恐怖症のお前がそんなにくっついているってことは」
こんなことを口走ってしまうからダメなのだ。
永島佳子は一度大きく体を震わせて、少しだけ俺から距離を取ってしまうのだ。
「いや、悪い。余計なことを言ってしまうの
「こんなにまで……」
すると、倒れこんでいる彼はこんなことを言う。
「だって、そんなに血が出ているとは思っていなかったから……」
「バーカ。一歩間違えれば死ぬぞ。科学捜査を名乗る前に解剖を勉強しろ。」
太腿から下を何度も斬りつけた科学捜査系探偵の坊や。
いや、愚かなガキというべきか。
「どう考えても重傷だ。俺としては逃げることをお勧めする。」
いや、本当に愚かなのは、やはり俺だろう。
碌に調べもせずに、こんなところに来てしまったのだから。
「僕はもう……」
シャツを脱いで、彼の太腿を縛り上げ、そして彼を背負って建物の山側を歩いて行く。
「大丈夫だ。……俺みたいな悪癖がなけりゃな。」
マジで馬鹿。俺は本当の馬鹿だ。
ここで山側を歩いてしまうのだから、どうしようもない。
「自分を休ませようとしていた俺が悪い。どうせ、死ぬまで休むことなんてないんだからな。」
これからどうするべきか、そんなことは考えるまでもない。
「いや、一般的には考えるべきだが」
山側を歩いた理由は、犯人の落とし物を拾う為。
「既に決定的な証拠が揃っている以上、これは回収しておかないとな。」
「え……、それは……」
時間的に考えても、この辺りにある筈のモノ。
そして、今後の為にやるべきこと。
「佳子。そこの石で二階の窓ガラスを割っておけ。」
「え……。は、はい!」
「あー、違う。そっちじゃない。そこじゃ亡霊が侵入できないだろ。木の枝の先に放り投げろ。」
激しい音を立てて割れた二つの窓ガラス。
俺ならそこから入らないけれど、亡霊なら入ってくるかもしれない。
「いや、既に入っているかもしれないな。……えっと勝手口は?」
「こ、こっち……です。あの……」
「堂札蓮の依頼主だから……、ということは鍵は持っているのか。いや、そもそも鍵を持っていて当たり前か」
ここで暮らす上で大切な事、それは間違いなく怪我や病気に対する対策が為されていること。
「それくらい考えていなければ、ここで余生を送ろうとは思わなかった。特に破傷風対策は入念に取られていた筈だ。ペニシリン系のアレルギーは?」
「……ない……です。あの……」
「70%以上のアルコール。それからポピドンヨード。何なら俺が眠った薬を飲んどくか?思ったよりも強い薬だったけど。」
マジでストレスマックスだった。
0%になる筈のストレスが100%まで上がっている。
どっかの誰かがここに捻じ込んでくれたせいで。
「私……どうしたら……」
「電話線を切ったのはお前だろ。上手く繋ぎ直せたら……。あぁ、もう戻ってきてる。鍵を渡せば全員引き篭もってくれるだろ?二人の計画なら。……いや二人だけになったが正しいか。あー、もう面倒くさいから、兄貴以外の全員を殺すか?」
首を突っ込まなくて良いことに首を突っ込み、挟まなくて良いことに口を挟む。
これが俺の悪癖。
「い……え……。私はお兄ちゃんが居たら……、それで良かった……から」
「無理だ。こいつは助からない。」
「え……」
「いや、そういう意味の助からないじゃない。そっちじゃなくて——」
人間、生きていれば一人くらい殺したい奴がいるものだ。
それでも、その一線を越えないのが、普通の人間だ。
「だが一定の条件が揃ってしまうと、途端に破綻してしまう。そして破綻してしまったら、取り返しがつかない。その一線がこいつとお前の間に引かれている。」
彼女はずっと怯えていた。
そして彼はずっと怒っていた。
その温度差を埋められないまま、二人はここまで来てしまった。
初野貝シヤも
「うーん、率直に聞こうかな。初野貝邦夫は本当は何年前に
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