第7話 ひとまずの無実
冷凍庫の中では老婆が再び凍り始めているだろう。
そんな中、俺は彼らが連絡しようとしない理由を知らされた。
殆どを菅が喋り、麗神が後付けした。
問題はその内容を誰も否定しなかった事だ。
ただ、普通に考えたら。
「でも、菅は電話をしようと……」
「そうだな。俺が確認した。だって、殺人が起きたとなりゃ一大事だ。」
この男が電話線を切ったのかと聞こうと思った。
だが、悪癖持ちの俺も怖くて言えなかった。
ここは利用客が多いと聞かされた。笑顔になって帰る客が多いと言っていた。
彼らは何度か下見に来ていた可能性がある。
他の島との連絡用の電話線の位置を予め見つけていた可能性がある。
「つまり全員に動機がある……ってことか」
「動機とは穏やかではないな。私達は依頼に忠実なだけだ。それに正義感だってもっている。だからこのような惨い事件を解決しようとしている。」
「そうだよ。だから凶器を見つけなきゃ。動機ははっきりしているんだからね!」
色んな事がまだ分からない。
でも、一つだけ分かるのは絶体絶命である、ということ。
そして、このストレスが俺の悪癖を発動させる。
「マスターキー?」
直ぐに口を押さえたが間に合わなかった。
犯行が衝動的か、計画的かはさておき、彼女を襲った理由はマスターキーを手にするためだと思った。
館内を調べる為にはそれが一番手っ取り早い。
そして、調べる工程で邪魔になるのも初野貝シヤだ。
「そうね、マスターキーを持っていた筈よ。第一発見者でしょう。隠し持っているんじゃないの?」
「マスターキーなんて俺は知らない。普通はフロントにあるんだろ?いや、違う。ここは普通のホテルじゃない。豪邸を改造して作られた民宿のような場所だ。なら、シヤさんが寝泊まりしている部屋もある筈。そこにあるいは——」
この発言が今考えれば悪手だった。
いや、俺が言わなくとも、誰かが言っただろうけれど。
「成程、私には分かった。楓、今向かうべきはシヤさんの部屋だ。誰か、南出雲の体を調べてくれないか。いや、部屋も調べるべきだな。」
「それじゃあ二手に分かれるべきだねぇ。南出雲君は自分の部屋に行く組だけど。俺も独り言探偵さんを信じているから、是非とも同行させてもらおうかな。」
「ちょ、何で俺の……、って別にいいけど。他の部屋に移りたいくらいだからな。」
殆ど手ぶらで来たのだから、見てくれて大いに結構だった。
スマホも何もない、その為の二週間の宿泊だ。
これからの食べ物の心配をするべきだが、今はそのことには目を瞑る。
「
「それなら僕も……」
「じゃあ、ウチは和藤さんと一緒に居た方がいいよね」
ここで改めて気付かされる。
「ピッタリ男女四人ずつ……か」
「確かに!これは何かが起きそうな予感だねぇ。」
「それが自慢の勘か?」
「ふむ。……そういうことになるね」
解せない男だった。
ただ、今は頭がそちらに働かなかった。
「改めて歩いてみると、この建物はおかしな構造をしている。いや、昨日は夕方に到着したからあまり意識していなかったのか。部屋は全て海側に配置されて、右側はただの壁だ。そして一番奥に学校でよく見るような途中で折り返すような階段がある。」
「これが金福場士の愛の巣と言われた由縁よ。山なんか見てても仕方ないでしょう?」
「ん、機械音?」
「ちょっと話聞いてる?ってこれ、独り言ってやつなの?ほんと、煩いわね。」
「……エイルさんが彼を解放したから。」
二手に分かれてしまった以上、寄り道が出来る雰囲気ではなかった。
それにこの時の俺は自分の無実が証明出来ればよいと思っていた。
「この先だよ。俺がその一番東側の部屋。つまり一番奥だ。」
成程、今になって気付いた。二階の廊下には窓があり、その向こうは斜面になっている。
上手くやれば、二階から飛び降りることも出来そう、但し嵌め殺しの窓だから。
「割らないといけないけど。あ、なんでもない。ほら、このピッキングに不向きなタイプの鍵で今から俺の部屋を開けるぞ。」
勿論、その分海側に配置されている部屋の窓から飛び降りるのは危険だろうけれど。
「
「狙っていないよ。そもそも俺の部屋って事故部屋だろ。因みに部屋割りってどうなってんだ?」
「僕はエイルさんの隣だよ。その隣がナルちゃん。」
「俺は一番手前だよ。まぁ、あれだ。全部で11部屋あるように見えるけど、使えるのは七部屋だけ……って俺達は聞かされてたんだ。」
「ん。なんか変な言い方だな。まるで……」
「そうよ。なんで八人目の宿泊客がいるのかという疑問です。」
俺はそんなことを言いたかったじゃなかったが、勝手に出た言葉をエイルが止めてくれる形となった。
とりあえず、俺の役割はここまでだ。
後は探偵を名乗る彼らがどうにかしてくれる。
勿論、無実が確定すればだけど。
「じゃ、身体検査してくれ。部屋も自由に見てもらって構わない。」
「へぇ。凄いね。潔いというか……」
ボブヘアの可愛らしい女がそう言った。
彼女達とは目的が違うのだ。
「俺はマスターキーなんてのは勿論、凶器になるようなものも何も持ち込んでない。ゲームも漫画も————」
着替え以外、マジで何も持っていくなと言われている。
何が辛いって、動画を見れないことだ。その、アレだ。
俺、何を妄想しながらすればいい?って思う奴だ。
もしかしたら精神が落ち着かないはせいし・ん過剰放出のせいですか?
まだ、今は大丈夫だけれども
「——マジ、二週間って……。……はっ‼」
「はっ……じゃないわよ。佳子が怖がって部屋から飛び出しちゃったじゃない。ほんと、ビックリするくらい変態ね。」
「いやいや。流石大先生だね。実際、部屋に何もない。凶器があるとすれば、シーツとか靴ひもくらい。ま、元々俺は疑っちゃいないけどなぁ。」
その雰囲気が逆に怪しくもあるのだが。
ただ、俺は瞑目して身体検査を待つことにした。
旅の恥は掻き捨て、そう思い込んで大人しく、いやでもアレだな。
例えば、こいつがマスターキーを持ってたとして、身体検査で俺が持ってましたって言ったらどうする?
「あれか。二人、いや三人の前で全裸になるくらいしないと信用してもらえないかとかかな……は‼」
「は⁉って!流石にそれはワザとでしょう!いいわよ。佳子ちゃん。怖がってないで戻っておいで。」
確かに、今のは悪癖というよりワザと口にしたが、この女もそんなに頭が悪くないような気がする。いや、全員が……
「ワザとやっている」
「そんな堂々と言わなくていいわよ。じゃあ、脱ぎなさい。」
「あの……エイルさん。マスターキーってあれでしょ。だから、服の上からでいいんじゃ……」
「まぁまぁ、せっかく半裸になったんだからいいじゃない。これがあの有名な先生の裸体だぞ。」
そして、俺がマスターキーを持っていないと判明したわけだ。
ここで思いつくセリフなんて一つしかないし、流石に死人が出たのだから卑猥なネタではない。
「ウォシュレット式で良かった。ジャパニーズトイレ、最高だな。」
そんな言葉が出てしまうくらい、入念に確認された訳だ。
そして、これで俺の休暇が始まる。後は自身を探偵と名乗る彼ら彼女らに任せれば問題ない。
元々、俺には関係のない話だ。
それに些か扱いにくいが、冷凍庫で冷凍食品を見つけている。
冷蔵庫も大型だったから、当分は問題ないだろう。
「食糧を何週間も頼まないなんてあり得ない。カレンダーの一週間ごとの赤丸はそれを意味しているんだろうな。それくらいなら、どうにかなるか……」
そんな俺を半眼で誰かが見ていたとしても、やっぱり俺には関係ない。
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