第8話 食べ物の確保

 ——俺は腹が減っていた。


 そういえば昨日の夜の食事以来、何も食べていない。

 無駄に早起きしてしまったし、今は既に日が落ちかけている。

 この部屋から見える東の空なんて、お月様が見え始めている。


「結局、この部屋を変えたいって言いだせなかったな。あの三人が探偵ばりに部屋の中を探しまくったんだ。噂通り宝石や貴金属の類があったとして、この部屋はもう彼らにとっては用済みの部屋。なら、他の部屋にわざわざ俺を移す理由はない。」


 彼らの目的は噂のお宝を探すこと。

 だから、本気で犯人捜しをしているとは思えない。

 この状況は彼らにとって都合の良い展開なのだ。


「連絡手段が断たれてしまったから、どうにもできませんでした。って言えば済む話だ。だから、今頃——」


 見つけたであろうそれぞれの鍵のスペアキーで残りの部屋を調べているところだろう。

 いや、それにしても腹が減った。


「あー、駄目だ。俺はここに何も持ってきていない!いいか、人間の欲求というのは厳密には一つ‼即ち、生への欲求だ‼腹が減るから、余計な事かっこ!おかずがないかなとか考えてしまう。だが、この場合。食べる方のおかずを探すことで、抑え込めることが出来る‼」


 あぁ、全然回復の兆しがない‼

 そんなことも考えながら、俺は彼らが捜索しているだろう部屋を通り過ぎて、二段階に分かれている階段を降り、そして大浴場の横を通り抜けて、食卓を越えてその奥のキッチンへと向かう。


「あー、そか。冷蔵庫と冷凍庫はあの先か。シヤさんの死亡推定時刻は今朝の午前0時から午前4時くらい。今のところはだけど。それよりも冷蔵庫だ。冷凍庫は今は開ける気しないし……」


 駄目だ。全然独り言を言ってしまう‼


「っていうか、あいつらはお腹空かないのか?まぁ、本当にそうするつもりだったんなら、携行食糧を持ってきているのかもだけど。っていうか凄い数のプラスチックケースだな。あー、人んちの冷蔵庫のパッキンのやつ。お皿に乗ってたら、何も考えずに食べるけど、その前の状態を見ると食べる気が……」


 友達のお母さんが作った料理は食べたくない、そんな性格ではないのだけれど。


「ここは一階か。だから窓がない。というより一階部分の壁面はかなり分厚く作られている。あまり高い山じゃないけど、土砂崩れしても大丈夫なように作られてるんだろう……」

「あら、探偵さん。犯行現場の確認ですか?」

「関係ないし。それにエイルさん設定だと、俺は獣だろ?獣は獣らしく、食糧を調達してんだよ。……っていうか、宝探ししているんだろ?それに食べ物だって持ってきてるんだろ?俺は腹が減ってるんだよ——」


 そもそもこの女が悪い。

 ドレスを着るのが好きなのだろうが、どうしてマーメイドタイプの体のラインがくっきり見える系、そして何故か胸元が大きく開いている。

 それは見て欲しいからでは?あれですか、俺のような男ではなく、イケメンに見て欲しいという意味ですか?


「……は‼」

「もう、慣れましたわ。勿論、食糧は持ってきてますけど、水はなるべく多い方が良いでしょう?流石に水道に毒物を入れるとは思えませんが、追い詰められたら何をするか分かりません。ですから、水だけは節約しないといけませんの。それに水は流石に重いですから、そこまで持ってきていませんの。」


 確かに、あのマイクロバスにペットボトルが沢山入っている様子はなかった。

 鬼気迫る顔で運んでいる様子もなかった。


「そんなことより、台所と言えば……、ってあれ。包丁がない?」

「当たり前でしょう?事件が起きたのだから、危険物はシヤさんの部屋にあった金庫で保管することになりました。堂札君がその管理をしていますわよ。」

「金庫か、それくらいありそうだな。カード払い出来ないっぽいし。それに……。いや、そんなことより俺は腹が減ってんだった。んじゃあな。これ以上、俺を巻き込むなよ―。」

「は?それはどういう——」


 考えない。考えない。だって、俺の目的は違う。

 俺は単に癒される為にここに来た。

 面倒くさい展開だけは勘弁なのだ。


サブキー・・・の管理だけはしっかりしてくれよ、なんて俺は絶対に言わない。そう、俺は考えない。考えない。」


 もう、事故現場とかどうでもいい。

 マジ、角部屋でラッキーくらいでいい。


「ここの旅館の入り口のカギタイプは特殊で、両方ともに鍵をかけるタイプとか、絶対に考えない。」


 そして、俺は初野貝シヤがこしらえた惣菜が入ったプラスチック容器を二段重ねにして左手に持ち、ビール缶を数本入れた袋を右手に引っかけて、廊下を歩きだした。

 すると、目の前から声を掛けられる。


「あー!ビール盗ったのー!?ウチも狙ってたのに―。」

「ちゃんとお金は冷蔵庫の上に置いた。部屋に置いてたメニュー表の料金を支払えば問題ないだろ。お前らも分も全然あるよ。……ってか、一週間は足りるように置いているんだろ?飲めなさそうな奴もいるけどな。」


 すると黒髪の男が半眼で俺を睨みつけた。


「僕は飲めないんじゃなくて、飲まないんだ!」

「別にお前の歳なんて聞いてないよ。単に弱そうだって思っただけだ。ま、いいけど。俺は——」


 この金髪野郎がシヤさんの部屋の鍵を持っていなければ、それでいい。

 訳の分からない殺傷沙汰には巻き込まれたくないんだ。


「はっ。そんなこと、私がすると思っているのか。ちゃーんとシヤさんのカギは別にしている。誰が持っているかは教えられないけどな。」

「全く。喋り方が毎回変わりすぎてんだよ。……その程度で変装出来ていると思っているのだろうか、こいつは」

「何だと、貴様‼」


 そこで俺ははたと気が付いた。

 だから、彼らに釘を刺しておく。


「俺、思ったことが口から出てしまう症状を抱えているんだ。だから、俺の言ったことは大体無視してくれていい。んじゃ、宝探しでもなんでもやってくれ。」


 これ以上、厄介ごとに巻き込まれたくはない俺は、彼と彼女の間をすり抜けて、一階廊下を歩いた。

 ただ、これはどうしようもなく性分というもので、大浴場の脇の部屋を覗いてみる。


「自分で洗濯しないといけないんだよなぁ。ドラム式で乾燥まで行ける……。それはそうだよなぁ。シヤさん一人だし。多分、こういうのを見かねて手伝う人が出て——」


 乾燥が終わっているタオルは間違いなく、昨日のもの。

 大浴場で使われたタオルがカピカピに乾燥されている。

 そういえば、大浴場。彼女に話を聞かなければ……


「——いや、俺は関わらないってば。ここには七人の探偵がいるんだから。」


 そう。ここで何が起きるとか、関係ない。

 起きないことが一番良いけれど、宝探しを謳歌したい人々の邪魔をしたら、何をされるか分かったものではない。


「俺には関係ない。この施設で過去に何があったか、今朝何が起きたか。それに……」


 ただ、俺はここで息を呑んだ。

 二階の廊下だ。真っ直ぐ行けば自分の部屋があるのだが、流石に色々と怖い。


「ここからはマジで声を出しちゃダメだ。アイツが何を考えているのか、分からないし、知りたくもないからな」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る