第4話 凶器と旅館の秘密
俺の前に少しだけ室温に近づいたシヤさんの遺体がある。
そして、ご丁寧にバットが壁に立てかけられている。
「お前ら三人係りでズルいぞ。俺は何もしてないってずっと言っているだろ?」
「蓮。犯人が犯人の言いそうなことを言っているんだけど?」
「あぁ。犯人だからだ。」
助手系探偵を名乗る和藤楓と、洞察系推理探偵を名乗る堂札蓮、二人らがムキになったは——
「——マジで付き合ってんのか、お前ら。」
「はぁ?そういうのじゃないでしょ?犯人は犯人らしく、しおらしくしときなさい。ほんっと、つまらない事件だわ。」
「あぁ。単に推理探偵と助手探偵の関係だ。つまらないことを考えるな。」
「僕の脈拍メーターだと、和藤楓の方は嘘を言っていないよ。」
科学捜査探偵を名乗る花草剣の言葉に、俺は目を剥いた。
「そうか。嘘発見器もあるのか。なぁ!俺の——」
「はぁ?私も別に楓のことは何とも思ってないが?何を適当なことを。大体、ウソ発見器は法廷での証拠にはなり得ないだろうが‼」
だが、ムキになった堂札蓮によって封じられた。
「ちょっとその気があるんじゃねぇか。……ってそんな話をしている場合じゃない。早く警察に連絡しないと——」
シヤさんには家族がいる。
それに警察が来れば、俺が犯人じゃないって証拠を見つけてくれる。
ちゃんと操作すれば絶対に別の証拠だって見つかる筈なんだ。
「こんなごっこ遊びの素人探偵なんかに任せちゃ……」
その瞬間、俺の顔が歪んだ。
堂札蓮がマジ殴りをしてきやがった。
「私はシャーロック・ホームズ同様、合気道を嗜んでいる。無駄な抵抗をするからそうなるんだ。」
「痛ぇ……。合気道関係ねぇじゃん‼俺、抵抗してねぇし‼」
「ほんと、煩いわね。とりあえず縛っときましょ!猿轡もしておきましょうよ!」
「確かに、こいつ煩いからね。それに僕たちは国際探偵組合に認可されているんだ。ほら、嘘発見器見て?嘘ついてないでしょ?」
確かに妙な機械には本当と出ている。
でも、噓発見器の信用性も分からないし、国際探偵組合という組織を俺は知らない。
それにそういう組合だって、本当にあるかもしれない。
ただ、そんな時。
俺にとっての本当の助け舟がやってきたのだ。
「ちょっと待ってくれやしないかい。犯人を簡単に断定しちゃいけないぜぇ。」
鈍色ぽい髪色の男。
昨日、大浴場ですれ違って、色々話しかけてきた男。
ただ、その助け舟には余計なものまで乗っていたのだけれど。
「お前だろ?警察に連絡しろって言ったの。だーかーら、俺は連絡しようと思ったんだよ。でもよー、繋がらないんだわ。公衆電話もな。これって……、そういうことじゃん?」
「え……?そういうことって……」
小さな船でしか来れない島、そして電波が一切入らない島。
つまり——
「——俺、閉じ込められた?よく分からない病を抱えている奴らと⁉それに……、俺、殺人犯が居る島から出られないってこと⁉」
「アンタがその殺人犯だから大丈夫よ。ほんと、黙るってことを知らないの?」
「俺はこのままでは不味いと思ったんだ。この口をどうにかしないと、本当に不利になってしまう……と。」
「なんで、ナレーション口調?君。本当に煩いね。……で、そっちの君は誰?こんなに証拠が揃っているんだよ。なんで彼じゃないって思うの?」
「そう、俺は極度のストレスで喋らずにはいられない——」
「お前は黙れ!」
そして二発目の鉄拳、だが俺には当たらなかった。
俺が躱したのではなく、褐色アッシュ髪のイケメンがパンチを受け止めたからだ。
「私の邪魔をするな。それにそのにやけ顔。お前は、一体誰だ?」
このシャーロック・ホームズ、乱暴すぎだろ‼
っていうか、こっちの人。マジで俺の味方だ。
自信満々な顔、めっちゃ頼りになるじゃん‼
「昨日は怖いって思ったけど。あ、ありがとう。俺の無実を証明してくれるってことですか?」
「あー、昨日な。そういやそうだったわ。まぁ、君の仕業かはまだ分かんないよなぁ。だって………、あぁ、そうか。俺は名前を聞かれているんだった。ま、名乗る程でもないんだが、仕方ない。俺の名前は
「マジで名乗る程でもねぇよ‼勘だけで俺の無実を証明するつもりだったのかよ‼」
やっぱ、俺と同じで精神を病んでいる人だった‼
だが、ここで和藤が目を剥いた。
「待って。聞いたことあるかも。いくつもの事件の犯人を勘だけで言い当てたって。確かその人の名前が菅。そしてその探偵の特徴が鈍色の髪。」
「ふ……。どうやらバレちまったようだなぁ。どうやらお嬢さんの勘も、俺と同様に強いらしいぜぇ。」
「自分でバラシタんだけどな!それよりシヤさんが可哀そうだ。どうにかしてやれないか?もう、調べつくしたんだろ?探偵さん‼」
「そうだね。僕がいっぱい調べたから、大丈夫だよ。致命傷は後頭部への一撃だし。あ、丁度いい冷凍庫だね。……っていうか、これを用意したのも、もしかして君だったりしてね。」
そう言って、黒髪の少年はニヤついた笑みを俺に向けた。
まるで最初から死人が出ることが決まっていたかのように、巨大な冷凍庫の中身は空っぽだったんだ。
「何人殺すつもりだったのか知らないがな。」
堂札の言葉に俺は引っ掛かった。
いや、その花草の言葉にもあったじゃないか。
「堂札だっけ、なんで俺が人を殺すって前提なんだよ。全く意味が分からない!」
「意味が分からないだと?そもそもこの旅館は私を含めた七人しか宿泊しない予定だった。」
「そう。それなのに八人いるから、アタシも怪しいって思ってたもん。」
別に一人増えても問題ない、だって旅館だ。
だから、彼らが何を言いたいのか、俺にはよく分からなかった。
ただ、ここで俺が——
「無理やり予約を入れたって言ったら、絶対に疑われる。……ってしまった!」
口が勝手に動いてしまった。
ただ、それだけの「しまった」だったのだけれど。
「あれぇ?俺の勘、もしかして外れたのぉ?俺はここにいない誰かが、その招かざる客かと思ったんだけどねぇ。っていうか、もう喋っていいんじゃないの?隠し財産探しの依頼をさ。」
俺は驚嘆した。
確かにシヤさんと話していた時に気にはなっていた。
どうして大昔こんなところを買った奴がいたんだろう、ただの財閥の趣味かと思ったけど、どうやら資産家の男は死ぬまでここに住んでいたらしい。
それにわざわざ、海底に水や電気を送るパイプを設置していた。
「資産家がここにお金を隠していた?でも……」
「全く。白々しい奴だな、お前は。ここにいる全員が聞いていたぞ。島に入ってから、ずっと観察していたよな。わざわざ声に出してだ。資産家が何処に隠したか、考えていたんだろう?」
「僕が注意しても全然止めなかったし。とにかく、君は知っていたんだよ。僕たちが受けた依頼のことをね?」
「だから、彼を犯人にするのは早計だっての!ほら、君だって探偵なんだろ?俺の勘がそう言ってるんだ」
探偵が雇われていた。多分、シヤさんのご家族が雇ったんだ。
それ——
「——なら、俺が探偵ってことにすれば、ひとまずは一目置かれる……」
「置くわけないでしょ。何なの、あんた。病気なの?」
「病気って言ってんじゃん‼心の声が漏れ出ちゃう心の病なの‼」
そして結局俺は縛られたまま。
そして、俺の味方っぽかった菅が歩き出す。
「おかしいねぇ。俺の勘が外れることってあんまないんだけど……」
だが、その時。
彼は古典ミステリーの役者ばりにクルリと振り返った。
「花草くんだっけ?そういえば、凶器に使われたバットの指紋、よく見つけられたよねぇ」
「当たり前だよ。勘だけで動く君とは違うんだよ。バットからは綺麗に彼の指紋しか検出されなかったんだからね!」
そこで菅の目が弧を描いた。
そして、またクルリと振り返って、立ち去ろうとした。
「いやいや!そこ!違うでしょうが‼」
「え?俺、凶器のバットを一目見たかっただけだけど。」
いや、あれだ。
「こいつも多分病気だ。ってか、それは最初から分かってただろ!なんで凶器のバットが綺麗なんだよ‼そこに血痕がついてるとか、色々あるだろ‼」
こいつら、もしかして。
あれか?
「ポンコツか?」
「なんだって?僕がポンコツだって?君の頭と口が直結してる方がポンコツだと思うけど?」
「って、そこは俺も認めるけども‼でも、おかしいだろ?凶器を綺麗に洗った後に、俺がわざわざ自分の指紋をつけたってこと?もしも俺が犯人だとしても、そんな馬鹿はやらないから‼」
俺の言葉に場が凍り付いた。
っていうか、それ、最初から分かっただろ!
そして、彼はこう言った。
「ほら、俺の勘は当たった。君、名前は?」
「お、俺?
「いーや、君はかの有名な、独り言探偵だ‼」
そして、その瞬間。
堂札、和藤、花草の目の色が変わった。
「成程。そういうことか。」
「ふーん。それじゃあ、一筋縄ではいかないわね。」
「ま、今回は保留にしてあげるよ。」
と言いながら四人とも立ち去った。
そして、俺はお世話になりたかった人、これからお手伝いをしたかった人が冷やされていく冷凍庫を眺めて呟いた。
「いや、独り言探偵って本当にいんのかよ……」
そして勿論、もう一言。
こっちは声はならなかったけれど。
俺、絶対に犯人を見つけますから!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます