第3話 これ、俺が容疑者ってこと⁉

 俺は恐る恐る巨大な冷凍庫を開けてみた。

 そして、そこで昨日、楽しく話合った彼女を見つけた。


「シヤさん!シヤさん!だ、誰か!誰かいませんか‼」


 これは心の声が漏れるとか言っていられない。

 彼女がどんな状態なのか、考える余裕はなかった。

 とにかく抱きしめ、自分の体温を彼女に送り続けようとした。


「もしかしたら、まだ仮死状態かもしれない。だって、冷凍睡眠とかあるじゃん!体の芯から冷え切った訳じゃない‼」


 だから動けないんだ。

 白雪姫ではないけれど、彼女は冷やされていた。


「ほら、低体温だから大丈夫ってことだってあるかもしれない。と、と、と、とにかく話しかけるんだ!慶喜さん!奥さんを助けて!……じゃなくて、こっちに戻るように言って!そんなに長い時間じゃない筈だ。だって、夕食の片づけだってある。大浴場のお湯を抜くとかもある。それに朝が早いんだ。なんで、ここに入っていたのかは知らないけど、大した時間じゃない!だから、大丈夫だって!」


 心の声をそのまま口にしていた。

 勿論、その時の俺はそんなこと考えてもいなかったけれど。


「凍ってる訳じゃないんだ!体温が冷えているだけなんだ!」


 俺の体も痛い。

 寒い季節ではないが、彼女の体は冷え切っていた。

 そういえば、冷凍庫のドアを開けたままだった。


 だからって、彼女を放っておけない。

 だって、シヤさんはこの仕事を本当に楽しんでいた。

 こんなところで死んじゃ駄目だ。


 そんな時。


「全く。朝から煩い奴ね。朝ごはんを取りに来たんだけど。なんか、台所の奥からあの変人の叫び声が聞こえてくるみたいだけど。どうする?」


 食堂の方で女の声が聞こえて来た。


「なぁ!こっちに来てくれ!シヤさんが大変なんだ!早く、温かいものを!救急車を!」


 なんでもいいから、早く来てほしい。


「聞こえてないのか、馬鹿やろう!」


 これも心の声、でも言っていい心の声だ。


「シヤ……だと?……仕方ない。楓、何も触るなよ?」

「分かってるわよ。アタシだって慣れているんだから。」


 欲しい言葉ではなかった。

 でも、俺は動けないから、早く誰かに来て欲しかった。

 小型船舶に乗っていた時、マイクロバスに乗っていた時は、皆別々に立っていたと思うが、二人の喋り方は知り合いとしか思えなかった。


「同じくらいの年齢の男女。実はそういう関係か。それとも昨日今日で仲良くなったか……。そんなことはどうでもいい。一人はお湯を沸かしてくれ!もう一人は救急車を‼旅館の電話なら、通じている筈だろ!頼むから急いでくれよ!」


 だが、彼らは動かない。

 それどころか、立ち止まって周囲を見回している。


「そんなことをしている場合じゃないのに!」


 と、俺が睨め付けていると。


「お。これって僕の出番じゃない?ま、こうなることは予想ついてたんだしね。」


 マイクロバスに乗っていた同じくらい年齢の若者。

 彼が台所に入って来て、目を輝かせている。

 だが、俺はその男の発言に耳を疑っていた。


「こうなることは予想がついていた……だと?なら、早くシヤさんを助けるんだ!俺にはこういうのよく分からない。でも、予想がついてたってんなら、何か知ってんだろ⁉」


 するとバスの隣の奴、黒髪の男が再び意味の分からないことを言った。


「ちゃんと僕の行動見ててよ。現場は荒らさないから。手袋だってちゃんとしているよ!」


 すると、先に入ってきた二人組の男の方、金髪っぽい男は首を縦に振った。


「だがら、俺は——」

「いいから、いいから!君、そろそろ仏さん・・・を解放してくれる?」


 そのよく聞く言葉に、俺の中から魂が抜けた気がした。

 そして。


「うん。これは死んでる。冷凍庫に入れて、少し死亡時刻があやふやになっていそうだけど……」

「はぁ?違うって!シヤさんはこんなことじゃ……」

「もう。僕が喋ってるでしょ?後頭部、陥没しているよ。いいかい?後頭部だよ?つまり初野貝はつのがいシヤが事故に遭ったとは考えにくい。」


 俺は立ち眩みを覚え、そのまま後ろへ、尻餅をついた。

 でも、それだけでは終わらなかった。


「この凹み、鈍器による一撃だね。死亡推定時刻は夕食から、今朝までだね。」


 頭は真っ白だった。

 それでも、俺は思ったことを口にしまう。


「シヤさんが、死んだとしたら夕食から今朝までの間しかない。それは誰でも分かるんだけど」


 ただ、その瞬間。

 その黒髪の男は俺を睨みつけた。


「全く。ド素人は困るなぁ。僕が誰か分かってて言ってる?」

「いや、知らないけど。俺のように病んだ誰かだろ?」

「って、失礼だなぁ。僕は探偵だ。君は余りにも無知なようだ。仕方ないから自己紹介しよう。僕はね、科学捜査探偵として有名なあの……花草剣かそうつるぎなんだ。」


 彼は懐から名刺を取り出して、俺に手渡した。


「かそう……。それ、『かそうけん』じゃダメだったの?科捜研って言ってるじゃん」

「ほんっと、君は一言も二言も多いね。あのバスから、いやあの船から?とにかく、僕は有名な探偵なんだから!それにしても、あまりにもくだらないね。ねぇ、名前は聞いていないけど、そこの君たち。……それ、調べさせてもらってもいい?」


 すると、男女は素直に首肯した。

 花草は背負っていたリュックから何かを取り出して、それへと向かう。

 ドラマとかでも、よく見た光景。

 そして、俺がこの部屋に入る為に取り除いたバットを丹念に調べていく。


「いや。それでここ閉じ込められてたから。ほら、だって!子供の頃によく嫌がらせをされたろ?」


 そんな俺の言葉は無視されて。


「バットとドアノブか指紋が出て来たね。じゃあ、今度は君の手を見せて。君に前科があって、ここがネットと繋がっていれば、そんな必要もないんだけど。……ということで、殺人犯は——」


 ただ、そこで思わぬ舟が来た。


「いや、それだけだとまだだ。家相剣。ガイシャを見たい。楓。手袋を忘れるな。」

「はいはい。もう、分かったみたいなものだと思うけど?」

「そうだ。ドアノブとバットの指紋は一致した。と、ここで私の自己紹介もしておこうか、殺人犯の君。」


 助けるつもりが全くない舟だったけれど。


「いや、俺はそんなこと——」

「私は堂札蓮どうさつれん。花草なら知っていると思うが……」


 その金髪っぽい髪の男が黒髪の男に目を向けると、彼は肩を竦めた。


「私は洞察系推理探偵として、知られている。」

「だから、どうさつって安易すぎん?」


 つい、心の声が。


「悪者は喋っちゃ駄目!……そしてアタシは助手系探偵!和藤楓わとうかえでよ。別にこの人の助手じゃないけど、アタシが助手としてあらゆる事件が解決されているから、助手系探偵と呼ばれているの!」

「いや、助手系探偵ってなんだよ!それは探偵ではなくて、助手だからね!?」

「うるさいわね。大抵の探偵は頭がおかしいから、アタシみたいなのが一番大事なのよ!」


 茶髪の少女は笑顔でそう言った。


「助手系探偵。確かに僕も聞いたことがあるよ。まさか、ご一緒出来るとはね」

「って、有名なんかい!」


 心からの声はさておき、手袋をして丁寧に持ったバットと、シヤさんの後頭部の陥没は見事に一致した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る