- 第 19 話 - それぞれの思いを胸に

 本のページがめくられるように世界が暗転した後、さらに場面は切り替わっていた。


 炎に包まれていた世界はがらりと変わり、今度は公園に舞い戻ってきていた。

 メェダスの背中には赤い髪をした女の子がまたがっていた。


「重かったら言ってね? この身体でも飛べるのよ」

 と、カナリアのときと同じ声でたずねる。


 先ほどの光景がまだ記憶の中にあり、沈んだような気持ちだった。

「だいじょうぶ」

 と、メェダスは言った。実際に重さはほとんど感じていなかった。

 

 小鳥のさえずりが聞こえてくる。


 公園から見える世界は火事が起こる前の世界のようだった。町は日常に包まれている。


 夢だったのか。そうであってほしかった。

 澄み渡った空に、黄色の髪をしたあの少女が浮かんでいた。


 栗色の髪をした少年は地面にせっせと落書きをしており、その後ろでブランコが静かにゆれていた。


 のどかなその景色に、沈んでいた気持ちが少しずつ晴れてくる。


「この光景は見たことあるぞ」

 と、メェダスは気分を切り替えて言った。


「公園の記憶を読み取ったときの世界ね」とメルカが言う。

「この記憶はきっと、わたしがアリーの身体になった後に初めて見た世界。そしてわたしの姿を初めてみた友達の記憶」


「初めてばっかりだな」とメェダスは言う。

「初めてのことと、最期のときは記憶に残りやすいの」

 メルカはこれまで何度か見てきたかのように言った。


 赤いほうのカナリアにうながされて、地面にミミズを描いている少年の元へ向かった。


「これは人の顔かしら。この子のお父さんとその横のはお母さんかな?」

 絵を見てメルカは言った。


 どう見てもミミズだったが、メルカにはこれが人間に見えるらしい。芸術の難しさを改めて確認した。


「わたしが降りてきたわ。のんきに絵を描いているのが見えたから」

「火は消えたんじゃないのか?」

 とメェダスは言った。町は落ち着き払っていて、この後におばさんが叫ぶまで、騒ぎになっていないことを知っている。


「わたしが最深部まで導いてしまったから、気づくのが遅くなったのよ、わたしのせいだわ」


 やってきた黄色の少女の幽霊は、少年の描いた絵をじっと見ていた。


「うまいだろ」と少年は女の子に言った。

「あんたわたしのことが見えるの?」と少女は驚いたように言った。


「これはね、ぼくのパパとママ」と少年が言うと、

「やっぱりね、そうだと思ったのよ」とメルカがどこかうれしそうに言った。


「違う違う」と少女は言った。「そんなこと聞いてない」


「チチじゃなくて、パパ」と男の子は言った。「きみももしかして他の場所から来たの? ぼくもなんだ」

「わたしはずっとここにいるのよ。そんなことより早く逃げたほうがいいわ」と少女は言った。


 少年はぽきりと半分に枝を折って、幽霊の女の子に片方の枝を手渡した。


「ことばがつうじなくても、絵なら伝わるんだ。ふしぎだよな」と少年は言った。

「なにこれ? プレゼント? どう使えばいいの?」と少女は、ぱくりと口に枝をくわえた。

「きみ、おもしろいね」と少年は笑った。「ペンはこう持つんだ」


「ここで初めてペンの持ち方を知ったのよ」

 懐かしそうに赤い髪のほうのカナリアは言った。


「こうざんの人間は自由なんだ。だからだいじょうぶ」


 枝を握りしめた少女はミミズの絵を描いた、とメェダスには見えていた。


「わたしは火を描いたの」とカナリアは言った。「言葉が通じなくても、絵なら伝わるって言っていたから」


「地上にも火が来るかもしれない。危ないから早く逃げて」と黄色の髪の少女が言い、

「でも伝わらなかった」とさみしそうに赤い髪の少女がつぶやいた。


「きみのせかいではチというのか」と少年は言った。「あのさ、ぼくも来たばかりでこっちに友だちがいないんだ」とズボンで手をぬぐってから、女の子に自分の手を差しだした。


「友だちになってよ」

「友達?」


「そう、友だち」少年は照れたようにはにかんでいる。

「友達になったら逃げてくれるのね?」と言って、少女はゆっくりと手を伸ばした。

 公園内に声が響いた。

 少年は急ぎ足でやってきた女に腕をつかまれていた。


「早く、避難するよ」

「ひなんってどこにさ。この町に来たばっかりじゃないか」

 少年は女に引っ張られていく。

「あの子もひなんさせてあげないと」と少年が言った。


「あの子と近い空気の味がしたからもしかしてって思ったんだけど、やっぱり見えていなかったみたいだね」と赤い髪のカナリアは言った。


「あの子ってどの子だい? ここにはあんたしかいないじゃないか」


「友達」と黄色いほうの女の子は言って手を振っていた。「だいじょうぶなところへ逃げるんだよ」


「変なこと言ってないで、さっさと帰るよ。危なくなったら町の外へ逃げないといけないんだからね」


 少年は連れられて公園から出て行った。

「友達を早く町の外へ」と少女はつぶやいていた。


「わたしはこのときに決心したの」

 と、赤い髪のカナリアは言った。つぶらな瞳からは色が消えていた。


「伝わらないならわたしが避難させるしかないって。友達に反応した人を、大丈夫なところに強制的にね」


 やがて紙が燃えるように消えていき、世界は暗転した。

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