- 第 18 話 - 不自由な炎

 その小さな炎が、アリーの持った小さなろうそくがたどり着いたのは、鉱山の入り口だった。


「アリー、この中はあぶないから帰りなさい。早く」

 黄色いカナリアは女の子に必死に呼びかけている。


「わたしも止めようとしたんだけどね。全然聞こえていないみたいだった。アリーはそのまま、中に進んでいった」


 ろうそくを持って暗い洞窟を照らしながら、アリーは慎重に足を進めていく。


「こっち、こっち」と黄色いカナリアは言った。

「チッチちゃん?」とアリーは反応して、声のしたほうに向きを変えた。


「アリーを止めらなかったけどね。せめて安全な道を、と思って声をかけたの。見えていなくても、その言葉なら伝わることが分かったわ。

 何回も来たことがあるから、道はほとんど覚えているし、危ないところはちょっと空気を吸えば分かる。奥に大事な忘れ物を取りに来たんだろうって」


「危ないところが分かるなんてすごいよな」とメェダスが言った。

「空を自由に飛ぶために、空気を効率的に取り込むようになってんだと思う。そのせいでわたしは死んじゃったけどね」


 黄色いカナリアの声に誘われて、アリーはどんどんと鉱山の奥まで進んでいく。


「危ないところが分かるのに、どうして死んじゃったのかしら?」とメルカが聞いた。


「それはね簡単なことよ。<きみはもう自由だ>なんていう馬鹿な男がいたから」

「動物の声が分かる人か?」


「わたしの声が正確に分かる人なんて会ったことないわ。あんたたち以外に。わたしが死んだ後のことはわからないけど。その馬鹿な男はね、わたしを自由にするために、わたしを連れて行かずに死んでしまった。ホント、馬鹿な人。わたしも食欲がなんだかなくなっちゃって、そのまま死んじゃった。わたしも馬鹿よね」


 アリーは炭鉱を進みようやく行き止まりに着いた。物が乱雑に積まれて置いてあった。


「結局、忘れ物なんてなかったの。ここから先は、あんまり見ないほうがいいわ。わたしの姿がアリーに変わるまで目を閉じておきなさい」

 と、赤いカナリアは静かに言った。


「アリー、早く帰るのよ」と黄色いカナリアは言っている。


 少女が持っていたろうそくから、置かれていた木材に火が付けられて、じりじりと燃え上がった。

「あんた何やってるのよ」と黄色いカナリアが叫んでいた。「こっち、こっち、早く逃げるわよ」


「チッチちゃん?」


 アリーが声に誘われて足を踏み出したときだった。


 地面に着いた少女のローブから火が燃え移った。小さな手で払いのけようとしたが、火は瞬く間に小さな身体を包み、アリーからは叫び声が聞こえてくる。


「何とかして助けられないのかよ」とメェダスは言った。

「無理ね。過去は変えられない」とメルカは後ろを向いて、何もない天井を見上げ、声をふるわせていた。


 アリーはその場に倒れて、転げ回っていた。


「わたしも何とか火を消そうとしたわ。風を起こしたりしてね。でもダメだった」と赤いカナリアは言った。


「なんとか身体を引っ張ろうと思ってね、アリーの身体に飛びついた。するとね、わたしがアリーに乗り移ったみたいに、アリーの身体を少しだけ動かせるようになった。熱くて、痛くて、悲しかった。ずるずると少しずつ、少しずつ身体を動かすとね、頭の中にアリーの声が聞こえてきたの。『ごめんね』って、そして、この身体も動かなくなった」


 本のページがめくられるように世界は暗転し、さらに場面が切り替わった。

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