- 第 16 話 - アリーの部屋

「これは何? あんたたち、何か変なことした?」

 知らない声は、黄色い鳥から聞こえてくる。ぱたぱたと空中を羽ばたいている。


「カナリアちゃん、これはね、あなたの記憶の中の世界」


「記憶の中? そんなことより早く逃げないと」

「この世界にいるあいだは、本来の世界の時間は止まっているの。わたしたちは過去の世界に来ている。何も変えることのできない世界に。辛い過去に連れてきてしまってごめんなさい」


「本来の時間は止まっているのね」とカナリアは確認した。「だいじょうぶよ、これくらい。過去なんてすでに乗り越えてきたものでしょ」


 カナリアはぱたぱたと羽ばたいていたが、やがてメェダスの背中に降りてきた。


「なんでおれの背中で落ち着いてるんだ。メルカの肩だって空いてるじゃないか」

「あんたの背中のほうが、やわらかくて気持ちよさそうだからに決まっているじゃない。振り落とさないでね、友達でしょ」


「ここはアリーの部屋ね」とカナリアは言った。


 メルカは、見覚えのない一室のベッドに腰を下ろし、静かに目を閉じている。あんまり過去には興味がないのかもしれない。


 窓からは日差しが差し込んでいる。


 部屋の入り口のほうで小さな女の子が泣いていた。黄色い小鳥をやさしくにぎっている。


「チッチちゃん、どうして死んじゃったの」

 女の子が大粒の涙をこぼし声をふるわせている。


「あれがわたしね」とカナリアは言った。

「どっちが?」


 カナリアをにぎって泣いている少女は、幽霊の姿のときの女の子だった。


「どっちもね」

 と、カナリアは言った。「あの女の子はアリーといってね、わたしのお世話をよくしてくれていたわ」

「あの子の身体を奪ったのか?」

「そんなところ。成り行きで仕方なくってよくあるじゃない?」

「そうかなぁ」とメェダスは首をかしげる。


「最初はやる気がなかったのに、誰かにそそのかされるままに、壁に落書きを始めたり、町の物を壊し始めたり、どんどんとエスカレートしていくのよ。何度も見てきたわ。成り行きで始めたことなのに、自分を止められなくなっちゃうのね」


「禁断症状ってやつか。おれもキャベツが止められなくなった。本当はサツマイモが好きなのに」とメェダスは言った。


「そうかもしれないわね」とカナリアは言った。「このとき、わたしは死んで、アリーはまだ生きていた。そんなところね」


 本のページがめくられるように世界は暗転し、場面が切り替わった。

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