- 第 14 話 - 誰かの声を聞いて
「この町の神隠しの噂は知ってるよね? 滅びた町の中を探索しているとね、急に声が聞こえてくるんだって。チチ……、チチ……って。それでその声をしたほうを見てしまうと急に身体が動かなくなって別の場所に飛ばされちゃうんだって」
「知ってるもなにも、さっき体験してきたばっかりだ。あとキャベツもくれ。キャベツ、キャベツ、キャベツ、サツマイモくらいの配分がいい」と、メェダスが机の上に身を乗り出して鼻息を荒くした。
「メェメェ、今度はなんて言ってんの?」と通訳を求める。
「キャベツ3、サツマイモ1をいい塩梅で、って言ってる」
「そんなに細かく!? 意外とグルメさんなんだね」
と、エリナは笑った。
「メルメルは動物の言葉が分かるんだ。いいなぁ。わたしは全然分かんないけどさ、むかしはいたんだって。この町にも動物の言葉が分かる人が」
「メルカの他にも動物の言葉が分かる人がいたのか」
メェダスは差し出されたキャベツをむしゃりとかじり、ほおばった。
「見ない、気づかないことがオーソドックスなやり方。わたしだったらそうするかな。でもどうしても視界に入っちゃうときとか、メルメルみたいに見てみたいって人向けのやり方があるらしくて、うちのパパが全然帰ってこないから効き目はあると思うんだよね」
「お父さんは今どこに?」
「鉱山だよ?」とエリナは言った。「言ってなかったっけ? パパはそこでモル何とかって石を今でも掘っているんだって」
「炭鉱内って」とメルカが言い、
「消えた地図の中の?」とメェダスがおどろいた。
「少し前くらいから火の勢いがようやく収まってきたって喜んでいたよ。消火するのは止めて、掘るのを再開したみたい。パパのところにも例の幽霊が来る気配があるみたいでね。聞こえるんだって、チチ……って。そういうときには、こうつぶやくと良いらしい……。<きみはもう自由だ>って」
メルカはもう一度、確認するように口に出した。
「むかしにいた動物の声が分かる人が考えた合言葉らしくて、その言葉を唱えると幽霊が満足して気配がどこかに消えていくってパパから聞いた。パパも誰かから聞いたみたい。やっぱり、そうなのかな」
「やっぱり?」とメルカがたずねる。
「メルメルを見ているとさ、本当に動物と話せる人がいるんだなって思えてきてね。その話のことは今まで信じていなかったんだ。わたしも動物と話せたらいいなってずっと思っているんだけど、全然上手くいかなくて。
もし本当に動物と話せる人がいたんだったら、その<きみはもう自由>だ、って言葉は、この世に未練を残してさまよっている死んだ人間に向けたものじゃなくて、やっぱり、鉱山で死んだしまった<カナリア>に向けた言葉なんじゃないのかなって」
「カナリア?」とメェダスが聞く。
「鉱山のカナリアね」
と、メルカが知っている風に言った。
「<モルニア>でも鉱山にカナリアって小さな鳥をカゴに入れて連れて行っていたんだって」とエリナは言った。
「毒が回って苦しんだら、その道には毒ガスがあるって判断していたみたい。そのあとすぐに酸素を吸わせて蘇生させてさ。何回も繰り返し、繰り返し……。可哀そうでしょ。羽があっても空が飛べても、カゴからは逃げられないんだから。
むかしの人も同じようなことを思ったのかな。それで動物と話せる人を連れてきた。カナリアが苦しむ前に助けてあげられるように。まぁ全部パパから聞いたことだから、どこまでが本当なのか分かんないけど。ネットで調べても情報があんまりなくて」
「早く自由な日が来るといいね」とメルカは言った。
「そうだね」とエリナはうなずいた。「わたしもメルメルみたいに動物の言葉が分かるようになりたいな。そしたらみんな逃がしてあげられるのに」
「逃がす?」とメルカが聞いた。
「動物だってホントはやりたくないこととか、行きたくないところがあると思うんだよね、人間みたいにさ。カゴの中で毒を吸わされるのはみんなイヤだろうけど」
「イヤなことだらけだぞ。草しかない島に連れていかれることもあるしな」とメェダスが言う。
「動物の気持ちが分かったら、イヤなことを体験しない未来を作ってあげられる。進むべき道を教えてあげられる」
「通ってはいけない道を教えてくれるなんて、なんだかカナリアみたいね」
と、メルカは言った。
「いいね。カナリア。カナリアになりたいな、わたし」
「空を飛ぶなら風の気持ちだぞ。着地するときも風だ」とメェダスはアドバイスをした。
「今度はなんて言ってんの?」とエリナが聞いて、
「締めにケーキが食べたいって」メルカが答えた。
「カピバラってケーキ食べんの?」
「そういう個体もいるからね。みんなそれぞれ違うのよ、きっと」
やがて満腹になったメェダスは、大きくあくびをした。エリナの案内を受け、寝室へ連れて行ってもらった。床に敷かれたやわらかいタオルに身体を落ち着けた。
メルカはもうしばらく下のテーブルでゆっくりしているのか、なかなかやって来なかった。
ときおり女の子ふたりの笑い声がここまで聞こえてくる。本当は友達だったんじゃないのかな、とメェダスは思った。
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