- 第 11 話 - キャベツの試練

「これママから。わたしが迷惑かけてるからだってさ、かけてないのにね」


 テーブルの上にクリームで塗り固められたケーキが二切れ運ばれてきて、食器がカチャリと音を立てた。よだれが溢れてくるのを我慢し、メェダスは固く目を閉じていた。


「それでどこまで話してたっけ?」

 と、たずねたエリナを遮って、メルカはお手洗いの場所を小声で聞いていた。メルカは本をポーチでも扱うかのように持って、席を立った。

「お手洗いは突き当りを右ね」

 エリナは元気いっぱいに言った。


 禁断症状は厄介なものだと、何かの紙を食べたときに学んだ。始めるときよりも辞めるときのほうが難しいとは不思議なものだ。身体の震え、ひどくなると幻が見えるらしい。精神に問題が発生し、日常生活にも支障が出てくる。こわいものだ。


「カピバラくん」とふいに呼ばれた。


 メェダスはもともとヤギだったこともあり、その声は聞き流していたのだが、エリナは根気強く話しかけてくる。


 こういうとき一般的なカピバラはどうするのだろうと、ちらりと声がするほうを見た。これくらいはセーフだろう。エリナはメェダスの顔をのぞきこみ、キャベツの切れ端を持っている。


「ほれほれ、ご飯だぞ」とゆらしている。メェダスはまた試される。「おぬしこういうの好きじゃろ」とキャベツがゆれている。


 旨そうな誘惑が悪いんだと自分を納得させ、キャベツにかじりついた。


「美味しい?」


 エリナは髪を明るい色に染めているためか、メルカよりも大人びて見える。メェダスを見てほほ笑んでいた。


「まぁまぁだな」とメェダスはキャベツをほおばりながら目を細めた。


「ちょっと腐りかけた味がするけど、腐りかけのほうが好きな変わりものもいるくらいだし、まあ問題ないだろう。おれなら食べても平気だ。本当はサツマイモと生クリームが好物なんだけど。今はそんなことは言ってられん。ここでは普通のカピバラでいないといけないからな、メルカのためにも」


座席に戻ってきたメルカは「コホン」と、うやうやしく咳ばらいをした。


「あ」とメェダスは思った。トラブルを起こしてはいけない約束だったのだ。これもすべてキャベツが悪い。誘惑してきた魔性のこの小娘のエリナがぜんぶ悪い。


「なんかね、カピバラくん、喋ってたよ」とエリナは言った。「あ、ごめん。勝手にキャベツあげちゃった」


「全然いいの。どんどんあげちゃって」

 おそるおそる、メルカの顔をうかがってみたが、いつもと変わらない様子だった。


「注文いい?」とメルカはエリナに言った。

「はい、喜んで」と接客のスイッチが入ったが、一瞬だけだった。「で、何にするの?」


「このサツマイモのてんぷらを、てんぷら抜きで」

「ただのサツマイモでいいの?」

「一口サイズに切ってもらえるとうれしい」

 注文を聞き終えたエリナは、部屋の奥のほうへとぱたぱたと帰っていった。


「メルカさん」と声をひそめてメェダスは話しかける。「普通のカピバラだって喋るよな?」

「普通のカピバラは人とは喋らないわ」

 がっくりとうなだれて、メェダスは肩を落とした。


「ごめん。おれのせいであの子が危険地帯に付いてくるかもしれない。おれのこの身体、ヤギのときより小さくてプリティだから」


「そのときはここでお留守番ね」とメルカは言ってからくすりと笑った。


「冗談よ、メェダス。だいじょうぶ。エリナにはあなたの言葉は聞こえていないわ。もし聞こえてもそういう生き物ってことにして押し通すから。

 この世界にはいろんな普通があるのよ。たとえば世界が滅んでしまっても、普通に暮らしていかなくちゃいけない普通とかね」


「じゃあ、お構いなく」

 メェダスは胸を撫でおろし、ケーキに鼻先を近づけ、匂いを嗅いだ。


「でもね。うっかりと本性が出ちゃうこともあるじゃない。ウソをつくのにもエネルギーがいるのよ。だから大人しくしていてね、サツマイモと、このケーキが食べたければ」


 メルカはぐさりと、ケーキに乗った苺をフォークで刺し、自分の口の中へ運び入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る