- 第 10 話 - 約束と

「消えた区域の外ではただの観光客としてふるまうこと、いいわね」


 少女の幽霊に飛ばされた地点から、この民宿まではカピバラの足で歩いてもすぐだった。

 メルカはこの区域に入る前からすでに目星をつけていたらしく、地図を片手に淀みなく足を進めていく。


 地図に示された水色の小さい点では、すでにその区域の外に位置していた。その民宿<モル>は地図から消えた町のすぐそばにあった。


 消えた町の地図を確認すると、自分たちが歩いた一本の筋が下側から伸びていて、たどり着いた公園の周りだけが丸く解放されているだけだった。地図の上のほうにあるこの場所に到達するまで、どのルートも通らずに来たことを実感し、首筋の毛がぞわりと逆立った。


「観光客と言ってもなぁ」

 と、メェダスは自分の身体を見た。「どう見てもただのカピバラだぜ?」

「ただのカピバラとしてふるまうこと」とメルカは言い直した。

「それなら簡単だ」と胸を張る。

「ケーキも食べちゃダメよ」

「ケーキも!?」

 と、がっくりとうなだれる。


「大変なのはわたしのほうね。地図もなるべく浮かせないようにしないと」

「地図を見ることくらいはいいんじゃないのか?」

 どうやら違うらしい。メルカは首を振った。


「本を浮かすくらいなら他にもできる人がいるでしょうけど、中身は別ね。わたしの地図は最新版になっているから見る人が見ればすぐにバレてしまうわ。地図をすべて解放するまで何があるか分からない。危険なところもあるかもしれない。そんな場所に、一般の人を巻き込めないわ」


「おれはすでに巻き込まれているんだけど?」とメェダスはつぶやいた。


「一般のカピバラは別よ」

 と、メルカはさらりと言った。「野生の生き物は自由に出入りできるし。だけど他の人間を巻き込めばリスクが増えるだけ。絶滅区域だしね。地図の開放にも時間が余計に増えるかもしれないし、いいことなんてない。これは絶対に約束してね」


 メルカの口元はゆるんでいたが、目はまっすぐにメェダスを見つめていた。これはマジのやつだ。


「特にトラブルは起こさないこと」

 トラブルを起こすのはメルカだろと思ったが、胸のうちに秘めておき、

「分かったよ」とだけ伝えた。

 

 ――ということがあった。


 メルカの本は開かれることなく、座席に置かれている。


「カバンに収納すれば?」と提案したが、

「地図が手元にないと震えが止まらないの」

 と、却下された。


 これもマジのやつだとメェダスは思った。

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