- 第 9 話 - エリナと

「これ、サービスね。平日で空いてるから気にしないで」


 キャベツの盛り合わせと、ペーコンとジャガイモの炒め物が新しく運ばれてくる。ジャガイモに鼻を近づけたメェダスにメルカが「火傷するわよ」と小さく言った。


 足元まで丈のあるエプロンを身に着けた少女は、むかしからの友達であるかのように同じテーブルに腰を落ち着けた。


「ありがとうございます」とメルカは目を細めた。

「そのお礼と言っちゃあなんだけどさ、お話聞かせてくれない? ネーデラントさん」


 明るい髪色をした少女は言った。「名簿に書いてあったからさ。見ちゃった。わたしのことはエリナって呼んで。ネーデラントって苗字? 名前? それとも偽名?」


 エリナはサービスという言葉を知らないらしい。


 紙に書いて食べてしまえば覚えられるのにと、メェダスは、メルカとテーブルをはさんだ向かいの長椅子に横たわって、あくびをした。

 椅子からはほのかに森の香りがして、どこか懐かしい気持ちになった。エリナがメェダスの隣のスペースに腰を下ろしているせいか落ち着かない。


「わたしのことはメルカでいいですよ、エリナさん」

 と、かしこまって言うと、エリナが奇声をあげた。


「もっとフランクでいいよ。なんかぞわっとするから」と腕をまくって見せつける。「ほら鳥肌」

 メルカがもう一度「エリナさん」とわざとらしく言うと、同じようにして悶えていた。


「このあたりはさ、わたしとあんまり歳が近いコがいないんだ。廃墟以外何もないじゃん、ここって」

「旅行客が泊まりに来るんじゃないの?」とメルカはたずねた。


「このあたりで他に宿泊できるところないからね、まぁ独占配信ってやつよ」

 と、エリナの声には自信がみなぎっている。「でも来るのは結構年上の人か、ちょっと話が合わないタイプの人かな。そういうときは、接客は全部ママに任せちゃって、部屋に引きこもって動画見てんの。あ、ママには勉強してるって言っといてね」

 

 他のテーブルはがらんと開いていて、利用客はメルカたちをのぞいて、誰もいない。

 飲食スペースに備え付けられたテレビには料理番組が映っており、ときおり笑い声が響いていた。


 部屋の奥の方から声が聞こえてきて、エリナは返事をして慌ただしく席を立った。


 メルカはそれまで座席に閉じて置かれていた本を、ぱらぱらと数ページをめくり、すぐに座席の横の定位置に戻ってきた。


 神隠しに遭ったあとで、この民宿<モル>に入る前に聞かされていたことがあった。

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