- 第 7 話 - 町はやがて灰になる

「メェダスも見て」

 頭上からメルカの声がした。遠くのどこかを指さしている。


「どうやったら飛べるんだ」

「風になるの」


 まったく意味の分からない答えが返ってくる。


「今まで一度も風になったことないんだけど?」

「いいから早く来て」


 どうやらメルカは飛び方を教える気がないらしい。

 飛ぶにはどうすればいいのだろう。


 メェダスは地面に描かれたミミズたちを見た。少年がパパとママと言っていたミミズたちは、見た目はミミズだけど、中身はどうやら人間のようだ。

 芸術だ。

 飛べなくても飛べる。メェダスは羽の生えた自分の姿を想像した。高く舞い上がる気持ち。背中の筋肉を羽ばたかせ、足に力を入れて、飛び上がる。


 メェダスは飛んだ。思いっきり飛んで、思いっきり、頭を見えない壁に打ちつけた。


「だから言ったじゃない、頭をぶつけるって」

 痛みはなくても痛い。これもまた芸術かもしれないと、メェダスは頭を抱えて思った。


 メルカの示した先には洞窟が口を開き、黒い煙を吐いていた。町のすぐそばだった。周辺には人間たちがわらわらと集まっている。悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきた。犬がどこかで吠えている。


 爆発音が数回、空気を震わせた。


 眼下に広がった町の通りには、慌てて逃げ去る人と、それでも自分には関係ないと優雅に犬を散歩させている人がいた。窓から身を乗り出して外の様子をうかがっている人もいる。


 この町にはこんなにたくさんの人がいたんだ。


「この火事をきっかけにして、みんなの世界が狂わされてしまった」

「火事の原因は何だったんだ?」とメェダスはたずねる。


「はっきりとは分かってないんだけど」とメルカは言った。「有力なのは火の不始末かしら、反対意見もあったみたいだけど。タバコや料理中の火事は今でも多いの。最近では町の呪いだとか、幽霊の仕業だ、とか言われているけどね」


「そうだ、幽霊がいたんだ」とメェダスが言った。

「そうね、いたわね。でもわたしたちは何もできない。それが幽霊のせいだったとしても、起きてしまったことは変えられないの。受け入れることしかできない」


 見えている世界の端がじりじりと暗くなっていく。まるで紙が燃えて、灰になっていくかのように。


「メェダス、早く降りてきて」

今度は下からメルカが呼びかけてきた。「地図の更新が終わったみたい。いいから早く降りて来て」

「どうやったら降りられるんだ?」とメェダスは聞いた。


「塊になるの」と、またしてもまったく意味の分からない答えが返ってくる。

 メェダスが目を固く閉じて、塊、塊、何かの塊と念じていると、身体を吹き抜ける風を感じた。


 目を開けると世界は夕方の世界に戻っており、ひび割れた大地が迫ってくる。口の中に空気が猛烈に流れ込んできて、水分を奪い取っていく。

 塊になって落下することはできたが、着地の仕方を聞きそびれていたことを悔やんだ。


 地面に叩きつけられる、その寸前のところで、失速し、勢いは止まり、そっと地面に着地した。


「芸術的ね」


 メルカは本を浮かせるのと同様に、メェダスの身体を浮かせてくれたのだった。

「芸術について学んできたからな」

 メェダスは、息を切らせながら答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る