- 第 6 話 - 少年と少女は

 メルカは、先ほどまでいた崩壊した世界では、雑草で隠れて見えていなかった場所にあるベンチに腰を下ろし、目を閉じて休んでいるようだった。


 ブランコの前の地面に黙々と作品を仕上げていく少年のもとへ向かってみる。


 まったく何を描いているのか分からない。足元の地面にはミミズが描いてあり、その横にミミズのような別のミミズが描いてあった。「このミミズはなんだ」と少年に聞いてみても、まったく反応がなかった。


 メェダスを踏み抜いて、ひとりの少女がやってきた。金色の寝ぐせの残った髪をなびかせて、少年の絵をじっと眺めていた。踏み抜かれたメェダスはびっくりしたが、身体をすり抜けただけだった。


「うまいだろ」と少年はその女の子に言った。

「…………?」


 少女は何も言わず、ただただ驚いたような表情をしていた。

 メェダスはそこまでミミズに詳しいわけではなかったが、さすがに上手いとは思えなかった。驚くのも無理はない。


「これはね、ぼくのパパとママ」


 少年の作品の説明を聞いて、メェダスは芸術とは何かについて考えていた。見えているものが答えではなく、感じる心を磨くことが大切なのではないかと。

 それとも少年は、実はミミズに育てられた存在? さすがにそれはないだろうと首をふった。


「チ……チ…………」と少女がたどたどしく言うと、

「チチじゃなくて、パパ」と男の子は訂正した。「きみももしかして他の場所から来たの? ぼくもなんだ」


 少年はぽきりと半分に枝を折って、黙って少年を見つめている女の子に、片方の枝を手渡した。


「ことばがつうじなくても、絵なら伝わるんだ。ふしぎだよな」


 少女は少年から受け取った枝をまじまじと見つめて、ぱくりと口にくわえた。

「きみ、おもしろいね」と少年は笑った。並んだ歯が一本抜けていた。「ペンはこう持つんだ」と少年画伯から指導が入る。


「こうざんの人間は自由なんだ。だからだいじょうぶ」


 少女はぎこちなく枝をにぎりしめ、自由にペンを走らせて地面に新しいミミズを描いた。この世界ではミミズが流行っているのかもしれない。


「チ…………」


「きみのせかいではチというのか」と少年は言って、「あのさ、ぼくも来たばかりでこっちに友だちがいないんだ」とズボンで手をぬぐってから、女の子に自分の手を差しだした。


「友だちになってよ」

「……チ?」


「そう、友だち」少年は照れたようにはにかんだ。

「……チ?」と少女は記憶に留めるようにたずねていた。


 少女がゆっくりと、どこかぎこちなく腕を上げて、手を握ろうとしたときだった。


 公園に大きな声が響き渡り、芸術の世界でまどろんでいたメェダスは飛び起きた。

 ベンチで休んでいたメルカも顔を上げ、ふわふわとメェダスの元へと飛んで駆けつけてきた。


「メルカは飛べたんだな」とメェダスは感心したが、

「この世界ならメェダスも飛べるわよ。あんまり上がりすぎると頭をぶつけるけど」


 声のでかい女は少年のもとへ急ぎ足でやってきて、少年の腕をつかんだ。

「早く、避難するよ」と切羽詰まっているようだ。


「ひなんってどこにさ。この町に来たばっかりじゃないか」


 ずるずると強引に腕を引っ張られて、地面に少年の引きずられた跡が線を描いた。


「あの子もひなんさせてあげないと」

 少年は女の子に視線を向けた。視線の先で、少女も嵐のような女の乱入に驚いた表情を浮かべている。


「あの子ってどの子だい? ここにはあんたしかいないじゃないか」


「……チ」

 少女はつぶやくように言い、少年に手を振っていた。


「変なこと言ってないで、さっさと帰るよ。危なくなったら町の外へ逃げないといけないんだからね」

 少年は、戸惑いの表情を浮かべたまま、母親と思しき女に連れられて行った。


「きっと火事が起こったのよ」とメルカは飛び上がって辺りをきょろきょろと見渡している。


「……チ、……チ」

 と、少女は何度もつぶやき、そして煙のように消えた。

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