- 第 5 話 - 欠けた記憶の世界へ
夕焼けに染まっていた空は、澄み渡る青空に変わっていた。小鳥がさわやかにさえずっている。
驚きのあまり声をあげることができないメェダスに、メルカがやさしく語りかけてくる。
「ここは記憶の中の<モルニア>」
「こんな記憶、おれは知らないぞ」
メルカとメェダスは公園に立っていた。両手に握りしめていた草の葉が地面にはらりと落ちた。
公園から見えている世界ががらりと変わっている。
朽ち果てていた町並みは、何事もなかったかのように、日常を取り戻している。崩れていた建物は整然とそこに建っており、割れた窓もひとつも見当たらない。
あのブランコが静かにふたつ揺れていた。
雑草の生えていない地面に、栗色の髪をした男の子がかがみこんでいる。木の枝で楽しそうに落書きをしていた。
「もちろんわたしの記憶でもない。記憶は生き物だけじゃなくて、土地にも残っているものなの。この地域が朽ち果てる以前の世界ね。この公園が覚えている記憶」
「早く教えてあげないと。火事が起こるんだろ?」
メェダスは走って公園の入り口に向かったが、見えない何かに鼻先をぶつけて、倒れ込んだ。不思議と痛みは感じなかった。
「この公園の区画からは出られない」とメルカは言った。「ここは、この公園の記憶だから」
そこには確かに何も見えないように見えるが、メェダスが慎重に進んでいくと鼻先に何かが触れた。手でも触れることができ、叩いてみても音すらしなかった。
「公園の記憶を地図にアップデートしているあいだは、わたしたちはここから出ることができない。町のひとに話しかけることも、避難を呼びかけることもできない」
「更新が終わったら元の世界に戻れるから、それまで好きにしていて。眠っていてもいいし。揺れているブランコなら乗れば遊べるよ。新しく動かすことはできないけどね、力を加えるとすり抜けちゃうから。
なんだか、わたしたちが幽霊になっちゃったみたいだね」
「そう言われてもなぁ」
と、メェダスはつぶやいて、鼻をひくひくと動かした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます