殺戮の義賊

@NEET0Tk

第1話

 とある屋敷にて。


「ふわぁ〜」


 一人の門番が大きな欠伸をした。


「おい、仕事に集中しろ」

「分かってるが、どうせ侵入者なんて来ないだろ」


 もう一人の門番が咎めるも、相変わらず呑気な態度は崩さない男。


 それは怠けているというよりも、余裕の現れであった。


 というのも


「ここはあのレインズ家だぜ?こんな場所を襲う奴なんてよっぽど自分の腕に自信があるか、もしくは頭の狂った阿呆だけだろ」


 そう断言する男には、確かな自信が含まれていた。


 実際、厳格な同僚もその意見には無言の同意を示す。


 勿論もう一人もまた同意を示した。


「その通りさ。あの凶暴凶悪なレインズ家、そんな場所に忍び込もうなんて愚の骨頂と言うべきだね」

「おい、言葉が過ぎるぞ。雇われの身で主人に対してその物言いはなんだ」

「何だ急に。俺は何も言ってないぞ?」

「は?遂に頭がイカれたのか?」


 二人の門番に僅かながらなの亀裂が入る。


「二人とも落ち着いてくれたまえ。たった二人の門番が喧嘩なんてしたら、屋敷のイメージが悪くなってしまうよ?」

「む」

「確かに……そうだな」

「仲直りをしよう。ほら、ちゃんと誠意を込めて」


 二人は申し訳なさそうに互いに向き合う。


「その……疑って悪かった」

「いやこっちこそ。普段から助けてもらってるのに短期過ぎた」

「うんうん、それでこそ美しき人間の姿だよ」


 こうして見事に二人の仲は少年の手腕によって改善された。


「それじゃあ僕はここで」

「ああ、感謝する」

「最近のガキは教育がなってるなー」


 こうして門番二人は名も知らぬ少年を一人、屋敷へと招き入れた。


「……なぁ。なんかおかしくないか?」

「何がだ?」

「いや、気のせいかもだが……」


 門番は冷や汗を流す。


「今のって……侵入者じゃないのか?」


 ◇◆◇◆


「……これだけか」

「も、申し訳ございません!!」


 男、名をレインズ・ゴールド。


 指にはそれぞれ黄金に輝く指輪が嵌め込まれ、その腹には贅を集めきった肉が大きな山を築いている。


 男の圧政には全ての民が憎悪と嫌悪、そして恐怖をその身に刻み込まれている。


 そんな横暴が許される理由は全て、この男の持つ最強の暗殺部隊、レインズ・シルバーと呼ばれる組織によるものだ。


 今まで何度も反乱を企てようと画策するも、その者達は必ずその晩に死体となる。


 それを何度も目撃した人々にはもう、自分達の力で立ち向かう覚悟など無くなってしまったのだ。


「……」

「どうかされましたか?」

「なんだか外が騒がしいな。おい、シルバー」

「ハッ、ここに」


 突如現れる黒い衣装に身を包んだ集団。


「こ、これがあのレインズ・シルバーですか……」


 今回の納税額を報告に来た使用人は肝を冷やす。


 明らかに別次元の存在、殺しが当たり前の連中を前に自分がどれだけ細く短い人生を歩んでいるのかと察した。


「何があった」

「ハッ、どうやら屋敷へと侵入した者が確認されたそうです」

「我が城に侵入など、間抜けなネズミもいたものだな」


 レインズは笑う。


 だがそれを見て笑う者は一人もいなかった。


「おい」

「……」

「今すぐ殺せ」

「ハッ」


 そして黒き集団は姿を消した。


 使用人は侵入者に先程まで僅かながらなに期待を抱いていた。


 もしかしたらこの男を亡き者にしてくれるかもしれない、そんな負の感情すらも受け入れる程に強く願った。


 だがレインズ・シルバーを見てしまった今、最早そんな期待は何処やら。


 ただ侵入者が惨く殺されないこと、それだけを願っていた。


 だが、その期待はことごとく裏切られる。


 十分程度かけ報告を全て終えたが、その間にレインズ・シルバーから侵入者を排除した報告が来ることはなかった。


「……遅いな。いつまで奴らはネズミ如きに手間取っている」

「た、偶々ですよ。レインズ・シルバーが動いた今、侵入者など既に虫の息に決まっています」

「ふん、そんなこと分かっている」

「全くその通りだね。レインズ様に対して失礼な奴だよ君は」


 使用人はオドオドと弁明をし、謝罪をした。


 レインズも特に腹を立てた様子もなく、ただ目の前にある酒を手に取ろうとし


「おい」

「やっぱりお酒はまずいね。レインズ様よくこんなものが飲めますね」

「ふん、貴様のようなガキにはこの高尚な味が理解出来ぬだけだ」


 そう言ってレインズは酒を奪い取り、一気に飲み込んだ。


「ところで、レインズ様に対する暗殺依頼が出されたことをご存知ですか?」

「何?ふん、命知らずのバカもいたものだ。どうせシルバーが全て排除する」

「ですが相手はあのマウスですよ?あいつらは一度殺すと言ったら必ず殺す。殺せなくても殺す。そういった連中です」

「……それは確かに厄介だが、所詮噂が一人歩きしただけであろう。暗殺以外にも義賊をしているようだが、どうせそれを見た民衆が偶像化しただけだろう」


 そんな二人の会話を聞いていた使用人は、震えながら口を開く。


「あの……レインズ様……」

「なんだ」


 使用人は息を飲み


「一旦……どなたと会話なさっているのですか?」


 場に緊張が走った。


「……誰だ、貴様」

「僕が誰か、難しい質問だなぁ。でも、この場で最適な答えがあるとすれば」


 君を殺す者


「それが一番かな?」


 レインズはその瞬間、初めて相手を認識した。


 一見少女に見えてもおかしくない容姿の、ただの子供。


 だが、その秘めている凶暴性をレインズは理解してしまった。


「シルバー!!侵入者はここだ!!殺せ!!」


 レインズの叫び声と同時に黒き集団が部屋に現れる。


「ヒィ!!」

「殺害しても?」

「違う。そいつはただの駒だ」


 使用人の喉元に突き付けられたナイフが離れる。


「では侵入者は何処に?」

「だからそこに……おい」

「は、はい!!」

「奴は……あのガキはどこに行った!!」

「み、見失いました!!」


 レインズの怒りが一気に爆発する。


「ふざけるな!!何故ネズミが儂の元にまで来ている!!何故見失っている!!貴様ら揃いも揃って使えないゴミどもめ!!」

「……申し訳ございません」

「も、申し訳ございません!!」


 シルバーと使用人は頭を下げる。


「フゥ……フゥ……次だ。次こそ見つけて殺せ。それが出来なければ貴様らには利用価値がないと判断する。分かったか!!」

「ハッ」

「は、はい!!」


 こうしてそれぞれが侵入者捜索へと部屋の外に向かった。


「……チッ」

「使えない連中ばっかりだね」

「全くだ。儂がどれだけあのゴミどもに金を出していると思っている」

「そのお金をどこから搾り取ってるのかという話でもあるけどね」

「愚民どもの苦労など知ったこ……な!!何故貴様がこ——」

「はいストップ」


 レインズの言葉が遮られる。


 正確には喉を切ったのだ。


「シー。僕、戦闘に関してはあまり得意ではないんだ。だから、あの怖い人達呼ばれると少し困るんだよね」

「————!!」

「え?なんて?」

「————!!(血が留らん!!助けろ!!)」

「ちゃんと喋ってくれない?じゃないと僕にはどうしようも出来ないよ」


 かつて、レインズにここまで理不尽を突き付けた存在はいなかった。


 しかも相手はまだ10歳頃とも見受けられる子供。


 一体何が起きているのか、レインズは未だに状況を理解できないでいた。


 そんなレインズの様子を悟ってか、仕方ないといった様子で少年は口を開く。


「まぁ予想出来るから答えておくと、僕は君を助けない。慈悲もかけない。命乞いもさせない。でも安心して欲しい、依頼主は少ししか痛め付けなくていいと言ってくれたよ?」


 既に意識が朦朧としているレインズはその言葉の意味が理解出来なかった。


 されど、その目に映るそれが可憐で邪悪な悪魔であることを悟った。


 だがレインズはまだ諦めていない。


 シルバーがこいつを殺し、急いで治療を受ければまだ助かる可能性が十分あると思っているからだ。


 それだけの金も技術もある。


 そう確信したレインズは最後の力で指輪を指から外した。


「それは……警報装置?」

「……」

「うん、綺麗だ」


 少年は笑う。


 無垢に、罪悪感など微塵もなく、どこか楽しそうに笑う。


 それがレインズにが恐ろしくもあり、油断だらけだと思った。


「いやーまずいねー。知っての通り、僕の専門は盗みなんだよ。だからいざ戦闘ってなると、勝てないわけだ」


 レインズは安堵する。


 悪魔は無敵ではない。


 生きてその教訓を活かそうと、心から思った。


 でもそれは許されなかった。


「お、来たみたい」


 扉の向こうから足音が聞こえた。


 安堵したのも束の間、何故かその音は静かなもの。


 決して大人数で来たわけでもなく、そもそもレインズ・シルバーが足音を立てたことなど一度もなかった。


 おかしいと感じた次の瞬間、扉が開いた。


「……」

「わぉ、すごいねー」


 コロコロと転がってきたのはレインズの辿るであろう姿、シルバーだった者達の頭であった。


「ご苦労様」

「別に苦労してないわ。雑魚だったもの」


 雑魚。


 人々が恐れ、どれ程怒りが湧いても挑もうとすらしなかった暗殺部隊を雑魚と称した女。


 レインズは悟った。


 もうどう足掻いても、生き残ることなど出来ないのだと。


「さて、レインズ様。あなたの悪政も人生もここまでのようだ」


 少年はニタァ〜と笑う。


「どうだい?嬉しいかい?君の圧政により、君は命を落とすこととなったわけだ。いわば自業自得、盛大な自殺劇だったわけさ」


 少年は楽しそうに語る。


「さぁ見せておくれ!!君は最期にどんな思いで死ぬのか。怒り?悲しみ?それとも幸せ?何でもいい。ただ僕は気になるんだ。人を物としか思わない君は、死の瞬間一体何を考えるのか」


 レインズは目を閉じる。


 最期に見た景色には、無邪気に笑う子供。


 あんな愛らしい笑顔の持ち主に看取られたのだ。


 レインズは心の中でこう思った。


(ああ、あれは悪魔なんかじゃない)


 あの優しい微笑みをしたあれはきっと


(ただの化け物だ)


 そしてレインズは息を引き取った。


「……死んだか」


 少年……いや


「ラフト」

「なんだい?レフィー」


 ラフトはどこか寂しげな表情で言葉を返した。


「……いえ、ただなんとなく、ラフトは少し目を離すと……どこかに行ってしまいそうで」

「面白いことを言うね。別に僕はどこにも行かないさ。強いて言うなら、お宝の匂いがある場所だけだよ」


 ま


「最近は殺人ばかりしているけれどね」


 ここから語られるは、ヒーローや英雄譚といった、大それたものでは決してない。


 これは、殺意に愛された少年と、そんな少年に魅入られた宝石達による


「さて、それじゃあ次の依頼の行こうか」


 犯罪記録である。

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