ある朝死んでいた話

羽衣まこと

第1話

「で、あんたは死んだわけなんだけど」

 と、その青年は言った。

「いや待ってごめんどういうこと?」

「あ? どういうことも何も、死んだんだって。簡潔だろ。YOU DIED。一言だろ? 何がわかんねえの?」

「いつ? どこで? なんで? こんな元気なのに? こんな爽やかな朝なのに? ていうかあなた誰?」

「俺は天使。爽やかな朝に死ねて良かったじゃん」

 堂々とした態度でほぼ全ての質問をスルーした自称天使は、作り物だとしたら数万円はしそうなクオリティの白い翼を羽ばたかせながら「でさあ」と億劫そうに吐き捨てた。

「俺ちょっと忙しいからさあ。あの世あっちだから、自分で行ってくれる? 行けば案内出てるから」

 あまりにもぶっきらぼうな態度に驚い、天使って何だっけ、と私は脳内で自問自答を始めてしまう。天使。エンジェル。天の使い。キューピッドとは違うものらしい、というのは以前ネットで調べてわかったことだ。なんだっけ、キューピッドは神様なんだっけ。ていうかなんでそんなこと調べようと思ったんだっけ。全然覚えていない。

 ともかく天使ってなんかこう、もっと優しい感じなんじゃないのか。目の前の青年は顔こそ整っているものの、ものすごくやる気がなさそうだし、めちゃくちゃわかりやすくイライラしている。正直に言って怖い。眉間に皺を寄せないでほしい。顔だけ綺麗なヤンキーじゃん。天使っていうなら天使らしく振る舞うべきだと思う。本当か知らないけど。

「はあ……人手不足とかですか」

「いや別に。これから彼女とデートだから」

 いや仕事しろよ、と言いたくなるのをぐっとこらえる。乱暴な口調のわりにほんのり照れた気配が滲んでいるあたりがより腹立たしい。バイトだとしてもダメだぞそれ。てかあの世にまで恋愛システムあんのかよふざけんなクソが死ね!

 ──という口汚い罵りをすべて脳内で済ませた私は、「はあそうですか、わかりました」と殊勝に頷いてみせた。つい先ほど質問をほぼ全てスルーされているので実際のところは何一つわかっていなかったのだが、つい癖で物分かりの良さそうな笑顔で頷いてしまった。社会性を身につけた根暗ビビりの悲しき性である。

「あのー……ひとつだけいいですか」

 とはいえ、わからないことがあまりにも多過ぎる。私はそっと手を上げて質問をした。

「ちなみになんですけど、『あっち』とは」

「あっちだよ、ほら、あの光ってるとこ。見えるだろ?」

 自称天使のパリピくんは言う。私は彼が雑に顎で示した曲がり角を見た。確かに白く光っているように見える。

「あの道に沿って行けばいいから。そんじゃお疲れ」

 だるそうに言い残して、自称天使はぱっと一瞬で姿を消した。消えたのには驚いたが、お疲れじゃねえわデートは休日にしろよパリピが、という苛立ちの感情の方が優った。

 私は小さくため息をつき、それからまわりに誰もいないかを確かめた。

 そうしてそろそろと、「あの光ってるとこ」とは反対側に歩き出した。

 私に業務責任はないし、何にも教えてくれないパリピが悪いので、ちょっとくらい周辺を散策しても許されると思う。

「えーと、まずはどうしよ」

 何かヒントはないだろうか。私が本当に死んだというのなら、あの世とやらへは、いつどこでどのようにして死んだのかを知ってから赴きたい。






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