第3話 [君はクビ]

 キュウタはドアをノックした。

 昨日のショッキングな出来事からまだ一睡も出来ていない。ナシメの遺体が頭から離れないのだ。

 またドアをノックする。

 人体の生成工程に不備があったのか、それとも何か別の要因なのか。それはまだ聞かされていなかった。

 3回目のノック。しびれを切らし声を出す。


 キュウタ「博士?居ないんですk」


 言い終わらぬ内にドアが勢いよく開き、靴の爪先に扉の角が当たる。今度は足だが、またもキュウタは痛みで床を転げ回る。


 キュウタ「だぁあ!いっ..だ!普通にドア開けれないのか?!」


 しかし今回はいつもと違った。ドアを開けて現れたのはナシメではなかったのだ。

 いや、ナシメではあった。顔面と声に関してはナシメそのものだ。しかしそのナシメ(?)は背が高く、短く且つ小綺麗に髪は切り揃えられ、黒縁のメガネを掛けていた。


 ナシメ(?)「何者だ..貴様っ...!」

 キュウタ「いやこっちのセリフぅぅう!

 何だ!?急に背伸びたん!?中世の拷問器具にでも掛けられたん?」


 研究室の奥から声が聞こえた。


 ナシメ「おや客人かい?」


 足音ともにオリジナルであろうナシメが現れる。


 ナシメ「キュウタ君か。4号下がっていいよ、キュウタ君は助手だ。」


 4号と呼ばれた眼鏡のナシメは無言で頷き、研究室の奥へ戻っていった。

 キュウタはコートに付いた埃を払いながら立ち上がる。


 ナシメ「不思議だねぇ、私と記憶を共有しているはずなのに君の事を思い出せないなんて。」

 キュウタ「思い出せない云々のツッコミは一旦置いといて、性懲りもなく増産したんですか?」

 ナシメ「勿論反省したよ?だから一部仕様変更も行いつつ増産した。

 とりあえずあがってくれ。クローンについて話したい事もあるし、君についても説明しなければならない事がある。」


 中はいつもより騒がしかった。増産されたナシメ達が十数名、お互いに観察し合いながら、バインダーに留めた紙へ何かを書き込んでいた。


 ナシメ「クローン1号機についてだが、アレの死因は目的の消失と人格の再現度だ。」

 キュウタ「なるほげ?」

 ナシメ「ワタシはもうこの世からおさらばしたいという気持ちが強い。常にそう思っている。

 だが、この世にワタシの偉大な脳を残したいという気持ちもある。即ち生きなければならない理由がまだあるのだよ。」


 ナシメは徐ろに傍にあった空のダンボール箱を手に取った。


 ナシメ「そこで1号機。彼女は産まれた瞬間に目的を失った。

 ワタシは自分が思っているよりも自分勝手らしい。[後のことはオリジナルに任せて死んでしまおう]とでも思ったのだろう。」

 キュウタ「そこで、」


 キュウタは頭に銃を当てるジェスチャーをする。


 キュウタ「バーンッと。」

 ナシメ「そういうこと。そしてこれらの現象はクローンによるワタシの人格の再現度が高すぎてしまった事によるものだ。

 であるからして、2号機以降のモデルは幾分か再現度を下げ、代わりにバリエーションを加えた。」


 ナシメは近くのコート掛けから帽子やコートを取り、雑に箱へ放った。


 キュウタ「2号機以降って作る必要あったんですか?」

 ナシメ「データを取るためさ!どの個体が一番生存し易いのか調査している。

 あっ!8号!」


 ナシメは傍を通り掛かったクローンを呼び止める。


 ナシメ「済まないが、そこの机上のペン立てを取ってくれ。」

 キュウタ「さっきから何やってんです?」

 ナシメ「話しながらで済まない。突然だが君はクビだ。」

 キュウタ「なるほどです!クビ...

 ん?クビ!?」


 ナシメは小物で満杯になった箱を、唖然とするキュウタに半ば押し付けるようにして持たせた。


 ナシメ「確かこれらは全て君の持ち物だったはず。バイクで来ていて持ち帰れないなら次回に回してもいい。」

 キュウタ「それはどうもご親切に。

 じゃ、な、く、て、なんでクビなんですか!?」

 ナシメ「クローンを量産したことで助手という役割が要らなくなった。

 それに雇い主が消えてしまうのてあれば、雇用が無くなるのは当然ではないだろうか?君を雇い続けるかどうかは彼女等に委ねる。

 あと、君の家からの支援も一時打ち切って貰っていい。

 さてと、ワタシは終わらせ方について考えることにするよ。」


 ナシメが振り返るとそこにはキュウタの姿はなく、突き飛ばされたのかクローンが何体か床に尻もちを突いており、玄関が開けっ放しになっていた。



 

 キュウタは誰もいない公園のベンチで不貞腐れていた。バイクのミラーへ乱暴にヘルメットを掛ける。

 直ぐ側の海から潮風と共に波の音が流れ込む。怒りを落ち着けようと海沿いまで爆走してきたが、まだ腹の虫がおさまらぬようである。


 キュウタ「ああっ!もう!独り言がデカイ悪い癖出ちゃうなぁ!もう!」


 ベンチから立ち上がる。コートが風に揉まれ、忙しなくはためく。


 キュウタ「こういう時は海に向かってバカヤローって叫ぶのがセオリーですかね!?叫んじゃいますかね!?叫んじゃいましょうね!はいっ!バッ」

 ???「独り言でそこまで声を出して、海に向かってバカヤローしてるキミの方がよっぽど馬鹿馬鹿しいけどね」

 キュウタ「博士!?」


 キュウタは後ろを振り返るが、そこに立っていたのはいつもの白衣を着たナシメではなかった。赤いノースリーブのタートルネックを着て、パーカーを羽織り、髪がウルフカットになったクローンのナシメであった。


 キュウタ「なんだクローンか」

 ???「カッコイイ系チューンを施したクローン6号機だ」


 キュウタは再度海の方へ向き直る。


 キュウタ「で、そのクローン6号機が何の用だ?スカウトなら今度で頼むぜ、今は海に向かってバカヤローって叫ぶので忙しい。」


 6号機はキュウタの肩を掴んで無理やり自分の方へ向かせる。


 6号機「いいかい?よく聞いてほしい。

 オリジナルのナシメは恐らく一部記憶を消失している。

 ワタシ自身何故自分が..いや、オリジナルが自殺を図ろうとしたかが思い出せない。理由が分からないんだ。

 ワタシは他人が自分の意志で勝手に死ぬのは構わない。しかしこれは自分のことだ。気味が悪いじゃないか理由もわからないまま自殺などと。

 何かがおかしい。理由も無いまま熱心に死を求めるなど狂っているとしか言いようがない。」

 キュウタ「アイツはマッドサイエンティストだ。狂ってるのがデフォだろ。」

 6号機「ワタシとオリジナルの精神構造はほぼ同じだ、そんなワタシが狂っている断言したんだぞ。

 それと、関わりたくないからと言って論理的な思考を放棄するもんじゃない。」


 キュウタは6号機と目を合わせようとしない。


 6号機「薄情だなキミは!友人の命の一つや二つどうでもいいというのか!?」


 キュウタは横目に虚空を見つめながら口を開く。


 キュウタ「協力して俺に何のメリットがある...」


 6号機はキュウタの肩から力なく手を下ろす。

 そして、ビンタの勢いで両手でキュウタの顔を抑えると自分の方へ引き寄せ...


 「ワタシが惚れる!」


 と、言い放った。


 6号機「君からの好意に気付かないとでも!?

 好きな人の為に頑張れる!ワタシはそんな男が大好きだ!」


 ただ波の音が響いた。風が波の音を運ぶ。


 キュウタ「参ったな。唖然としたらいいのか、はたまた急にIQ下げるなとツッコんだら良いのか。」


 キュウタは6号機の手を優しく掴み自分の頬から離した。そのままバイクの方へ歩いていく。

 6号機は視線を落とす。

 セルが回ってエンジンに火が入る。Vツイン独特の凸凹としたサウンドが胸を貫いた。

 6号機は頭に何かが被さるのを感じた。キュウタが6号機の頭にヘルメットを被せていたのだ。


 キュウタ「だけど今は....そうだな、今は協力するよ。」


 二人はバイクに跨った。サスペンションが二人分の重みを受けて沈み込む。


 キュウタ「そういえばどうやって追い掛けて来たんだ?」

 6号機「強化外骨格パワードスーツを使って走ってきたのさ。」

 キュウタ「んで、無茶な加速させて壊れたと...

 なあ6号機...駄目だな人を番号で呼ぶのは合わん。あだ名で呼んでいいか?」

 6号機「よろしい!許可しよう!」

 キュウタ「じゃあロッキーで。

 んでロッキーまず何から調べるよ?」

 6号機「まずは情報収集ではなく、収集した情報を整理しておく場所が必要だ。

 確かキミのガレージは広かったと記憶している」

 キュウタ「俺の物勝手に触らないなら使っていいぞ。」

 6号機「そうと決まれば早速出発だ!」

 キュウタ「よし、SRVよエンストすんなよ!?」

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