第2話 [プラマイゼロってヤツさ]
誰かが研究所のドアをノックした。磨りガラスの小窓に人影が見える。
キュウタ「博士ぇ...休暇ありがとうございました。開けてください。」
キュウタは邪魔な前髪を手で避け、中の様子をドアの隙間から覗こうと、額を縁に当てる。ところがドアは勢いよく外側に開き、開いたドアがキュウタの額を強打してしまった。
キュウタは額を抑えながら床を転げ回る。
キュウタ「いっだぁ!コんのクソ女ぁ!」
中からナシメが現れる。
ナシメ「貴様何者だ!」
ナシメは護身用のリボルバー式の拳銃をキュウタに突き付けた。キュウタは声を荒らげながらもそれに答える。
キュウタ「一人しかおらん博士(おまえ)の助手だよ!勘弁してくれ、四日前にも同じやり取りしたぞこれ!」
ナシメ「悪い!!私は人の顔と名前を覚えるのは得意の筈なのだが、どうしてもキミだけは忘れてしまう!名乗れ!」
キュウタ「久城 九太(クジョウ キュウタ)だよ、入れ墨にでもして覚えろよ全く...」
ナシメは軽く謝罪し、キュウタを研究所へ招き入れた。キュウタは着ていた黒いコートを脱ぎ、白衣に着替える。
キュウタ「博士またくま増えました?顔色も悪いですよ...」
ナシメ「三徹した。」
キュウタ「死ぬ気じゃnいや、死ぬ気ですか?」
エナドリの空き缶の山がキュウタの視線に入る。
ナシメ「近々な。」
キュウタ「わお。」
ナシメ「時間を無駄にしてはならん!見たまえ!」
ナシメは研究所の奥に置かれた機械へ走る。
ナシメ「これこそ私が三徹して作り上げた偉大なる装置だ!」
そこには巨大なカプセル錠剤の様な形をした装置が鎮座していた。金属製カプセルの傍には制御装置らしき操作盤が置かれている。
ナシメ「その名も[お前のクローンも作ってやろうか!?カプセル]だ!」
キュウタ「いやクsっ、独特なネーミングセンス...」
ナシメ「驚いている暇はない。」
ナシメは装置に繋がっている無数のパイプを指差す。
ナシメ「君はそこの脚立に上がってパイプ上部のバルブを動かしてくれ!早速始めていこう!」
ナシメは操作盤のスイッチを入れる。キュウタも脚立を駆け上がった。
ナシメ「一番のバルブを開けてくれ!
ここからは化学反応による熱が多分に放出される!カプセルのウォータージャケットにクーラントを流すんだ!」
キュウタは[No.1]とラベルの貼られたバルブを捻った。すると、パイプが小刻みに震えだし、カプセルから液体が跳ねるような音が聞こえてくる。
ナシメ「よし、次は結合安定剤をカプセル内に満たすんだ、5番のバルブを捻ってくれ!ワタシはマイクロアームで人体を編む!」
キュウタ「人間の体ってセーターみたいに編んで作れるんですか?」
ナシメ「あくまでも形を整えるだけだ。」
バルブを回したキュウタはナシメの方を振り返った。そこにはいつもの狂気じみた科学者ではなく、操作盤のモニターを真剣に見つめる女の姿があった。目標を冷静に見据え、達成という二文字へ一歩ずつ確実に進んで行く女の姿だ。
バルブを捻ったり、カプセルの内容物を撹拌したり。そんなこんなで2時間が経過した。
キュウタは額の汗を拭った。長い前髪から汗が一粒落ちる。
カプセルのウォータージャケットそのものが熱を持ち出し、空気中に放熱し始めてから15分が経過していた。
ナシメ「胸部、腕部、腰部、脚部と編み上げた。そして今まさに脳が出来上がった。
後は頭蓋骨と皮膚の定着を待つだけだ」
キュウタ「脳までこの製法で作るんですね」
ナシメは操作盤から離れた。白衣のポケットから棒付きの飴を取り出し、口に咥える。
ナシメ「これからはこのクローンがワタシに成り代わる。ワタシは十数年の人生に幕を下ろすとするよ。
君がどうなるかはクローンが判断するだろうが、十中八九またここで働く事になるだろうな。」
キュウタ「僕の人生はまだ騒がしいままってことですね。」
キュウタは少し寂しそうにカプセルを見つめた。飴噛み砕く音が聞こえる。
ナシメ「なあに、数日も経てばクローンと居ることなど忘れるさ。なんせワタシのDNAを使い、完璧に複製したからな!」
ナシメは飴の棒を放り投げ、操作盤のへ近づく。
ナシメ「では生まれていただこう!」
排出と書かれたボタンが押される。
ナシメ「ハッピーバースデイ!」
カプセルが中央の段差から2つに分離する。空いた隙間から人肌のような熱気が溢れ、二人の顔を霞めた。
カプセルの中には金属製の寝台が有り、そこにはクローンのナシメが仰向けになっていた。
キュウタ「こ、れは...!」
完璧だった。身長、筋肉量は勿論、顔の細かな造形までも同じ。生成直後ながら髪まで生えており、長さも今眼の前で操作盤へ向かっているナシメと何ら変わらなかった。
ナシメ「キュウタ君、あまり人の裸をじっくりと見ないでくれたまえ。実験の成果が素晴らしい出来なのは解るが、流石にワタシとて乙女なのだよ。」
ナシメは自らのクローンの傍に立った。満足そうな表情を浮かべ、クローンの方をそっと叩いた。
ナシメ「さあ、起きましょう。」
クローンは目を開けた。産まれたばかりの生物は、大抵目が見えず、鼻や耳で状況を把握する。しかし、クローンは今正に目を開けたのだ。そしてしっかりとナシメの方を見ている。
クローン「....ごきげんよう。」
ナシメはクローンの手を取り、寝台から体を降ろす。
クローンはさも当然のように直立した。いや、当然なのだろう。初めて開発したクローン人間が生成直後に物体を視認し、言語を理解し、使い、そして自立する。天才科野 梨芽にとっては当然なのだろう。だから彼女は驚かない。満足そうに眺めるのだ。
ナシメは白衣を脱ぎ、クローンの肩に掛けてやる。
キュウタ「チェキ持ってきました!」
ナシメ「おっ!気が利くな!では記念撮影といこう!」
ナシメはクローンの肩を引き寄せ満面の笑みでカメラに向かってピースサインを送った。
カメラのフラッシュが研究室を一瞬だけ明るくした。少し耳障りな音と共に写真が印刷される。
ナシメ「さてさて!キュウタ君の写真の腕前や如何に!勿論驚かせてくれるのだろう!?」
ナシメはキュウタの方へ駆け寄る。
キュウタ「ハードル上げないでくださいよ
それに印刷したばかりでまだ浮き上がっても来てないです。」
ナシメ「では暫く待つとしよう!
いやしかし、やはりポーズ安直過ぎたかもしれん。次はア○顔タプルピースで撮り直そう!」
キュウタ「ゼッテェ遺影にする気じゃん!」
ナシメ「ハハハッ!どうかな?まあでもそれも..」
その時だった。ゲラゲラと笑う二人の後方で肝の冷えるような破裂音が鳴り響いた。二人は反射的に振り返る。
倒れていた。頭部を覆うように白衣を巻き、顎の辺りから血を流し、倒れていた。傍にリボルバー式の拳銃が転がっている。
ナシメ「...あ」
キュウタ「う..お...!」
ナシメはクローンの遺体へそっと近づく。白衣を頭から取り、開いた瞼をそっと閉じてやる。
キュウタ「博士?」
ナシメ「気にするな。
プラマイゼロってヤツさ。」
キュウタはその言葉に違和感を覚えた。睡眠時間と実験時間、そして生成時に使用された材料。浪費したものは多すぎる。
例え今回のこの出来事が失敗であり、そこからフィードバック出来るものが見つかったとしても、失った物のほうが遥かに多い。その上でナシメはプラマイゼロと言ったのだ。
その言葉にから読み取れるのは動揺の二文字以外になかった。
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