第52話 目標に向かって

榊原慎一との壮絶なバトルを繰り広げてから3ヶ月が経った夏のある日のこと。


奈々未のことも落ち着いて穏やかな日常を送っていた。

今日はバイク屋の仕事が休みなので家で受験勉強に励んでいた。

萌歌は中学の時に祖父が亡くなり、独り身となってしまったことで高校進学は諦めて現在勤めている幸助が経営するバイク屋に就職した。

祖父も幸助のバイク屋で働いていたこともあり、元々顔見知りだった為に縁故採用で萌歌を雇ってくれた。

じゃあ、なんで受験勉強をしてるのか?と思った方もいると思うが実は萌歌は大学受験に向けて勉強をしているのだ。

中学卒業してしばらくした後に偶然ドラッグストアで元担任教師と再会したことで高校の学歴について改めて考えさせられた。

その後に師匠の奈々未に相談したところ、やはり同じように最低限高校の学歴はあった方がいい時代と言われて高校の資格を取ることを決意。

当初は通信制の高校に入るつもりで考えていたが、奈々未に高卒認定試験のことを教えてもらった。

これは高校卒業者と同等の学力があると証明してくれるもので、厳密には高校卒業という学歴にはならないのだが大学や専門学校への進学するための受験資格を手に入れることができる。

奈々未は生前「萌歌くんは教師なんて向いていると思うぞ」と度々言っており、最初は萌歌も自分が教師なんてと思っていたが奈々未が亡くなった後に改めて真剣に自分の将来について考えた末に教師になることを決意した。

17歳の時に高卒認定試験に合格した萌歌は、それから大学受験に向けて仕事をしながら大学受験に向けて勉強しているという訳だ。

中学時代の元担任や生前は奈々未に効率的な受験勉強法を聞きながらやっている。

意外にも奈々未は東大卒と学業の方も優秀だったようで、萌歌はちょくちょく数学や英語などでわからない箇所を聞いたりしていた。

ちなみに高卒認定試験は16歳から受けることができるが、仮に合格したとしても大学受験は基本的に18歳からと定められている。


「うーーーん、ちょっと休憩しよう」


萌歌はそう言うと家の廊下から庭に出てキャンプ用のチェアを出して愛車2台の前に置いて座る。

萌歌は幸助のバイク屋に置いてあった最初の相棒でもあるエイプを眺めていた。

流石に2年も乗っていると小傷や色褪せも目立ってくるが、これもまた乗り物の味だろう。

次に隣に停めてある中型ネイキッドバイクではかなり大柄のイナズマ400の方を見た。

これは元々若い頃の奈々未が乗っていた物を萌歌が16歳の時に譲り受けたもの。

かなりのチューニングが施されており、並の大型バイクなら簡単に抜き去ることが出来るほどのスペックだ。

そういえば奈々未がこんなことを言ってたのを思い出した。

萌歌が教師になったら「バイク部とかつくって顧問やってそう」、「生徒に乗り方を伝授してそう」やら笑い話をしていた。


「ふふっ、本当にそうなったら確かに面白いですね(笑)、奈々未先生」


萌歌が思い出し笑いをしながら独り言を呟いていると、2ストロークのサウンドが近づいてきた。

こんな音を放つ2スト乗りはあの人しかいない。


「おーっす!萌歌ちゃん!勉強頑張ってる?…息抜きがてら一緒に走らない??なんか急に奈々未先輩が好きだったあの店の蕎麦が無性に食べたくなったんだよね(笑)」


やはり2ストの音の正体は舞華だった。

萌歌も奈々未のことを思い出してたらバイクに乗りたくなってきたところだった。

奈々未が好きだった蕎麦屋は大井川鐵道の千頭駅の近くにある蕎麦屋のこと。


「私もちょうど走りたくなったところです。先生の好物を食べに行きますか!」


萌歌は急いで準備をするとイナズマのエンジンを始動した。

いつもよりエンジンの吹けがいい気がした。


「よーし!じゃあ出発するよー、萌歌ちゃん!」


「はい!こっちも準備オッケーです!」


2人は奈々未の好きな蕎麦屋に向かって走り出した。

萌歌のイナズマと舞華の350SSの2台だけの筈なのに、もう1台奈々未のカタナの音が聞こえる気がした。

姿は見えなくてもすぐ隣にいるのかもしれないと萌歌は思った。

この先、何年何十年と経ったとしてもこの3人の関係は変わらない。


萌歌と舞華は、これからもバイクで走り続ける。


亡くなった奈々未の分まで。



【⚔時代錯誤⚔ 特別編 「師弟の絆」 完】

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