第51話 カタナvsハヤブサ

早朝4:30、椿ラインのスタート地点に並んだSUZUKIを代表する2台のリッターバイクが睨み合っている中最終決戦が行われようとしている。

湯河原の椿ライン始点から箱根ターンパイクの料金所で折り返して先に戻ってきた方を勝ちとする至ってシンプルなルール。

舞華、幸助、涼子、愛琉の4人は絶対に勝つと信じて萌歌をスタート地点に送り出す。

榊原のチームも最低限の主力メンバーだけが応援に来ていた。

萌歌と榊原、両者は自分達のバイクのエンジンを始動する。

社外マフラーのリッターバイク2台の重厚感あるサウンドが湯河原に鳴り響く。

スタートのカウントは舞華が行った。


「それじゃ二人共いいね?スタート5秒前!4、3、2、1…GO!!」


萌歌と榊原はフロントタイヤを軽く浮かせながら一気にスタートする。

先に先頭を取ったのは榊原の隼だ。

萌歌は奈々未のヨシムラコンプリートの1135Rのパワーをまだ扱いきれないでいたが、持ち前のセンスで徐々に慣れていった。

榊原が先頭のまま椿ラインを突き進んでいく、流石に奈々未と何度も渡り合ってきてるだけあって他のチームのメンバーとは比べ物にならないくらい速い。

公道の峠では確実に持て余してしまうリッターバイクのパワーを巧みに操って走る榊原を見て「奈々未先生はこんな人と走ってたのか…」とこの榊原に勝ち越していた奈々未の凄さを改めて思い知らされた。

それでも萌歌は奈々未のカタナ1135Rで榊原の隼に食らいついていく。

ワインディングが続く椿ラインは、リッターバイクでは難しいコースだが萌歌と榊原は尋常じゃない速さでコーナーを抜けていく。

途中で椿ラインを自分のペースで楽しむライダーを抜き去り、その速すぎる速度にライダーは驚いてその場で停車してしまう。

テクニカルセクションと言っていい程のワインディングを次々と抜けていくとギャラリーが集まりやすい椿台のコーナーが迫ってくる。

萌歌はここで榊原の前に出てやろうと考えていた、このまま榊原のことを追走していても精神的にもかなりキツい。

椿台のコーナーが迫ってきたタイミングで、なんと榊原があからさまに速度を緩めた。

萌歌は「え!?」と驚きながら榊原を抜いて椿台のコーナーを抜けていく。

榊原は一体何を考えている?まさか勝ちを譲ったとは到底思えない。

萌歌は一瞬だけ後ろを向くと、榊原は左手でジェスチャーした。

ジェスチャーの意味は「前を走って俺から逃げ切ってみろ」とのことだった。


「…随分と舐めてくれるわね!」


萌歌は速度を上げて一気に箱根ターンパイクの料金所まで走り抜けようとするが、榊原も萌歌の後ろにべったり張り付いてきていた。

箱根ターンパイクの料金所まであと少し、そこのポイントでは折り返ししやすいように榊原のチームの者がカラーコーンを置いてトランシーバーを持って待機している。

しばらくすると凄まじいエキゾーストと共に萌歌と榊原が折り返しポイントまでやってきた、先頭は萌歌が走っている。

すると、カラーコーンが見えてきたタイミングで榊原が萌歌の横に並んできた。

一体、何を企んでいるというのだ…


「なかなか良い走りだったよ、萌歌」


走りながらでは萌歌には絶対に聞こえていないが、榊原がそう呟くとカラーコーンを右側からアクセルターンで折り返そうとする萌歌に対して、なんと榊原は逆側の左側からアクセルターンをして折り返そうとしていた。


「なっ!?貴方本気なの!?」


四輪の走り屋がFR車でサイドターンや定常円旋回で左右問わず車体を振り回して遊んでいる姿を見ることがあるが、二輪の場合は右足でリアブレーキを使うので左足で地面を蹴ってターンするのが一般的ではある。

しかし、榊原は足を地面につけることなく重量のある隼を右側に車体を振り回しカラーコーンの周りを大回りすることなく正確な見事なドリフトで抜けていった。

一方で萌歌は、榊原に意表を突かれた影響で大回りになった上にかなり減速してしまい榊原に遅れを取ってしまった。


「くっ…このままじゃ離されるっ!」


ポジションが再び榊原が先頭になり、一気に距離を離されてしまう。

カラーコーンのポイントで榊原が萌歌を抜き去る華麗なシーンを見ていた榊原のチームメイトがトランシーバーでスタート地点の仲間に「榊原さんがすげー抜き方したぞ!」と興奮して伝えていた。

すぐ近くで会話を聞いていた幸助や涼子に緊張が走った。

このまま抜き返すことが出来なければ負けてしまう、幸助と涼子が心配そうな顔をしてる横で舞華が言った。


「大丈夫だよ!先輩!、ここまでの流れはアタシも想定内。萌歌ちゃんの専売特許は下りのワインディングロードだからさ」


萌歌は下りのワインディングを抜ける速さがまるで電光石火のように速く、小柄で体重が軽い萌歌だからこそ成し得たテクニック。

実際に湯河原に向かって椿ラインを攻めると、椿台の先のワインディングロードは舞華や奈々未よりも速く「下りのワインディングに関しては萌歌君の方が上手だな」と奈々未も素直に認めている程だった。


榊原はひと足先に椿台の右コーナーを抜けて萌歌を引き離していた。

少し遅れて萌歌がやってきたが、いつも乗っているイナズマ400とパワーも何かも違うので萌歌本来の電光石火の下りの走りが出来ずにいた。

このままじゃ本当に負けると思っていた時に、奈々未が言っていたことを思い出した。

「萌歌君の本当の強みは怖いもの知らずの無茶苦茶な突っ込みだ」と奈々未は生前よく言っていた。

真似をしたら事故りそうと思われそうな周りから見たら危なっかしいコーナーの突っ込みが萌歌が電光石火と呼ばれるようになった所以。

確かに普通に考えれば他の人より長い間スロットルを開けていれば当然速い訳だが、そんなことは普通に考えて不可能だ。

しかし、萌歌はいい意味で頭のネジが飛んでいた。


萌歌は覚悟を決めた、自分なら大丈夫、今まで培ってきた技術と今は奈々未の愛車で走っている。

萌歌の顔つきが変わったと同時に萌歌は椿台の右コーナーを榊原より遥かに速いペースで抜けていく。

萌歌は集中力を研ぎ澄まし完全に自分のゾーンに入っていた。

次々とコーナーを凄まじい速さでぬけていく姿はまさに電光石火、もしかしたらイナズマで走ってる時より速いかもしれない。

萌歌は少し先を走っていた榊原に追いついた。


「なに!?コイツどうやって!?」


半分勝利を確信していた榊原は少し焦りながらもペースを上げた。

もうそろそろ舞華達が待つゴールも近い、ここまで来たら気合い、集中力、そして時の運。

萌歌と榊原は誰も寄せつけないような凄まじい速度でコーナーを次々と抜けていく、ついに両者のバイクが2台横並びになって勝負はいよいよクライマックス。

もう残りはゴール手前の最後の右コーナーを残すだけ、ここで先頭に出た者が勝ちだ。

榊原がワンテンポ早くブレーキングで減速をするが、なんと萌歌はそのまま突っ込んだ。

「萌歌!!何やってんだ!!死ぬぞぉ!!」と咄嗟に榊原は叫んだが、完全に集中しきっている萌歌には何も聞こえていない。

萌歌が乗るカタナのブレーキランプが点いた次の瞬間、なんと萌歌が消えたように一瞬で稲光を残すように抜けていった。

榊原には何が起こったかまるでわからない、まるで消えたようにしか思えなかった。


「ッ!!しまっ…!」


一瞬にして消えた萌歌に完全に気を取られた榊原は運転操作を誤りタイヤがロックするほどの急ブレーキで派手に転倒してしまい、バイクから放り出された榊原はコースアウトした先の建物に激しく身体を強打してしまった。

榊原の乗っていた隼は、ガードレールに激突して大破した。

榊原が事故ったことに気づいていない萌歌はそのままゴールに向かって突っ走る。


ゴールでは榊原のチームの者と幸助達がドキドキハラハラの状態で2人のことを待っていた。

甲高いエキゾーストと共に萌歌が乗るカタナが幸助達の前に現れた。


「おぉ!!!!見ろ!!萌歌ちゃんだ!!萌歌ちゃんと奈々未のカタナが勝ったああああ!!!!」


幸助達はその場で両手を上げて大喜びした。

ゴールに到着した萌歌をみんなが祝福した。

榊原のチームメイト達は悔しそうにしている。

奈々未の仇は取った、集中力が切れた萌歌に一気に疲労が襲ってきた。

それと同時に萌歌は、榊原が未だにやってこないことに気づいた。

榊原が来る気配がない…

萌歌は最終コーナーを抜けたときに後ろから何かが激突した音を微かに感じたことを思い出した。

萌歌は幸助や榊原のチームメイト達に呼びかけた。


「皆さん!私は今から走ってきたコースを見てきます!嫌な予感がするんです…」


萌歌はそう言うと再びカタナに跨りコースに戻っていく。

先ほどの最終コーナーの所まで戻ってくると道路端にガードレールに激突して大破した隼と建物に身体を打ちつけて吐血して倒れて意識が朦朧としている榊原がいた。

萌歌は急いで榊原の元へ向かった。


「榊原さん!!しっかりして!」


「……見事だったよ……萌歌…、完敗だ……お前ら師弟コンビには……」


「わかったから!もう喋らないで!すぐに救急車呼ぶから!」


「……いや、いい……俺はもう助からねぇ……へっ…天罰が下ったんだよな………ごめんな……萌歌……大切な恩師を……奪ってよ………。俺も……奈々未みたいに…尊敬される……人に…なりたかった……………」


榊原は最後にそう言うと息を引き取った。


幸助達がここに到着した頃には、榊原の身体は硬直して体温は冷たくなっていた。


榊原慎一 享年50歳。


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