第49話 ありがとう
萌歌は突然の連絡の電話で気が動転しながら新東名高速道路を運転してきたせいか、こんな精神状態でどこにもぶつけずに事故らずに医療センターまで着いたことが不思議だった。
新たに大型二輪免許を取得して喜びを味わっていたのも束の間、職場の店長から電話で言われた奈々未が意識不明の重体という知らせ…
奈々未のフルネームは佐倉奈々未で、表向きは教習指導員をしている一方で走り屋としての裏の顔を持つ凄腕のライダーで萌歌が教習生時代にバイクの指導をしてもらった師匠でもある。
萌歌は駐車場に車を停めるとすぐに医療センターの中へと走って入っていく。
「ッ!…萌歌ちゃん!こっちよ!」
医療センター内に入ってすぐに店長の妻の涼子がいてすぐに集中治療室へと案内してくれた。
本来ならば面会謝絶のケースがほとんどなのだが、この医療センターの上のお偉いさんと萌歌の職場の店長の幸助が知人ということもあり特別に面会を許可されたらしい。
集中治療室には既に店長の幸助の他に舞華や従姉の愛琉、そして萌歌と同い年くらいの女性がいた。
萌歌はベットで横になっている奈々未を見て何も言葉が出なかった…
頭、顔、身体とぐるぐるに包帯を巻かれて重体の奈々未の姿がそこにあった。
信じられなかった…あんなバイクのテクを持った人がこんな姿になるなんて…
魂が抜けたような顔をしている萌歌に若い女性が萌歌にこう言った。
「今日は、私の教習の卒検だったんです…卒検の路上コースのスタート地点に佐倉教官が私を助手席に乗せて移動している時でした…突然、対向車線からやってきた大型トラックが私達が乗る教習車に突っ込んできたんです、突然の出来事に私は悲鳴を上げることしか出来ませんでしたが佐倉教官は車を咄嗟にスピンさせて自分が乗っている運転席側からトラックにぶつかって私を庇ってくれたんです…」
そう言って奈々未の教え子の教習生の女性は顔を両手で抑えて泣き出すのを涼子が背中から抱きしめて落ち着かせている。
奈々未は身体全身をトラックとぶつかった衝撃でかなりのダメージを負っており、頭も強い衝撃を受けていて仮に命が助かったとしても植物人間の寝たきり状態になる可能性が極めて高いと医師に言われた。
即死じゃなかったのが奇跡と言う人もいれば、こんな状態になるのなら即死の方がよかったと思う人も当然いるだろう…
教習生の女性は、奈々未のおかげで軽い打撲とかすり傷程度で済んだ。
涼子の慰めのおかげで落ち着いた女性は「ありがとうございました」と涼子とそしてベットで寝ている奈々未に一礼すると集中治療室を後にした。
教習生の女性が帰ってから2時間半くらいが経った頃だった…
急に奈々未の心電図のモニターの脈拍が乱れ始めて急激に低下していくと警告音のアラームが鳴り響いた。
アラーム音を聞いた医師と看護師が大慌てで集中治療室にやってきた。
既に奈々未の心拍数は0になっていて、急いで医師は心臓マッサージを始める。
幸助、涼子、舞華、愛琉の4人が何もできないままでいると萌歌だけは奈々未の手を握り言った。
「先生!私、やりました!大型二輪免許取得しましたよ!…だから…だからまた一緒に走りましょう!頑張って先生!…死なないで…死なないで…せんせぇ…」
萌歌は奈々未の手を握り締めたままその場で泣き崩れる。
すると、何処から聞こえてきたかわからないが萌歌にはハッキリと奈々未の声が聞こえた。
「…萌歌君、ありがとう」
それと同時に医師は心臓マッサージをやめて、「ご臨終です…」と告げた。
萌歌は大型二輪免許を取得したと同時に大切な師匠を亡くした。
佐倉奈々未・享年50歳。
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