12.


 俺が着替えて昇降口に出ると電話中の昂。


「あ、そうそう。この間のカフェね、美味しかったよー。え、なに、マドカちゃんも行きたいって? いいよ。次に空いてるのはね、」


 なんて言いながら耳に当てていたスマホを離して操作を始める。


「ーーえっと、ああ、明後日なら大丈夫」

 スケジュールを確認していたのだろうか、再度スマホを耳に当て会話を始めている。


「オッケー、オッケー。楽しみにしてる。うんうん、マドカちゃん大好きだよ」


 ……はぁ。こいつは。

 俺のため息が聞こえたのか昂が顔を上げてこちらを見る。途端やべぇという顔をして慌てて電話を切った。


「勇志遅いー」

 何食わぬ顔で口を尖らせるいる昂を横目に歩き始める。こいつはきっと悩みなんてないんだろうな。


「おい、置いてくなって」




 辺りは日が落ち始めていてオレンジ色に辺りを染めていた。まだ16時まわったところだというのに、日の入りの早さを感じる。まさに冬真っただ中。寒いのは嫌いじゃないけれど、活動範囲が狭まれる感じがして冬は苦手だ。


「さみぃなぁ」


 気付けば昂は隣まで来ていて、白い息を吐きながら両手をこすりあわせている。


「手がかじかんでるよ。こういう手が冷え切っている時ってボールあたると痛くない?」

「別に」

「まーたクールに気取っちゃって、さっきまであんなに荒れてたのにさ」


 相談するのは苦手だ。それも恋愛の相談なら尚更。どんなふうに聞けば変に捉えられないだろうか。


「おーい勇志ー」


 能天気な顔をした昂が目の前で手をヒラヒラさせている。


 しかも、この女好きに話したところで何か変わるのか。


 ……でも。


「なぁ、昂」

 足を止めて昂の顔を見る。それに気づいた昂の足も止まる。

「なんだよ、改まって」


 あの日あの場所に居なかった第三者の人間に、聞いてみたい気もする。


「昂って好きな人いる?」

「え…………」

 想像していない反応だった。なぜか動揺している。でもそれはわずか一瞬の事ですぐにいつもの表情に戻っていた。

「えー、なになに? 勇志と恋バナですか?」

「……やっぱりいい」


 にやにや顔で腹が立つ。やっぱりこいつに聞くんじゃなかった。

 再び歩き出す俺。こんな奴置いてってやる。馬鹿にしやがって。何が恋バナだよ。


「茶化してごめん」

「……いや、いい。変な事聞いた俺が悪い」



 そもそもこいつにこんな事聞こうとしたのが間違いだった。くっそー、恥かいた。


「いるよ。好きな人」


 後ろから飛んできた言葉。振り向き顔を見やればまたさっきのような真剣な顔。

 やっぱり昂の様子がおかしい。


「望ちゃんでしょ、マドカちゃんでしょーー」


 やべー両手で足りるかな、なんてふざけている昂。うん。やっぱりこいつじゃ話にならん。


「まぁそれは置いといて、だ。なんでいきなりそんな話? 今まで恋愛興味ありませんキャラじゃなかった?」

「キャラって言うな。もういい。多分お前に聞いても解決できない」

「そんなこと言ってみなきゃ分からないじゃん」


 まぁ、そうなんだけど。このお調子者というか、ただの女好きに俺の気持ちの1%も伝わるのか。

 昂の顔をじーっと見る。


「なんだよ、早く言えよ。あんな質問しといてやっぱいいは無しだ」

「お前が茶化すから悪いんだろ」

「それはごめんって言ったろ? 言えよー、言わなきゃ一生言えよ言えよ攻撃するからなー」


 ……面倒くさい。

 はぁ。

 大きく息をつき、そして掠れた声で伝えた。


「ーーーーされた」

「え?」


 なんか思った以上に声がカスカス。

 なんで二度も言わないといけないんだよ。


「告白された」


 そう告げると昂の表情が固まったように見えた。また動揺している? こんな昂を見るのは初めてだ。何故だろうかと不思議がっていると、あーとか、うーとかのあとに、「だ、誰に?」と聞かれた。


「部活の先輩。言ったって分からないだろ、昂の知らない人だよ。てかお前なんか変。どうした?」

「あー! あっ、部活の先輩ね」


 なるほど、なるほど。と言いながら頭を搔いている昂。だからなんだよ。

 様子のおかしい昂は置いといて話を続ける。


「まぁ告白されたっていうよりもその人が俺の事好きだって別の人づてに聞いたって話なんだけど」


 チラッと昂を見ると表情はいつの間にか通常仕様に戻っている。まじでなんだったんだ?


「それでお前は? どうしたの?」


 ……う。そこを聞かれると痛いけど。


「……好きな人いるって嘘ついた」


 そう答えるしかないよな。

 昂ははぁとため息をついて更に質問を続けた。


「なんで嘘ついたの?」

「その人との関係をずっとこのままで続けたかったから」

「つまりその先輩に好意を持っていないってことね」

「…………」

「何でそこで返答に詰まるんだよ」


“その先輩に好意を持っていないってことね”


 そう聞かれて、なんで俺はそうだよ、って即答出来なかったのか。


「……まぁそれはもう少し自分で考えてみよっか」

「は?」

「恋愛初心者勇志君の宿題です」

「だからふざけんなって」


 何が初心者、何が宿題だ。それが分からないから俺は困ってんのに。これじゃあ言い損じゃないかよ。恥ずかしい思いをして話したのに。


「恋愛上級者昂様からひとつ、言っておきたいことがある」


 こいつはどこまで人をおちょくればいいとーーー、


「恋ってさ、めちゃくちゃ辛いんだ」


 軽く殴ってやろうかと拳を振り上げた瞬間飛び込んできた声は、今にも泣きそうで、その顔は冬の夕日に染まって切なげで、俺は挙げていた拳を下すしかなかった。


「でもさ、それでもめちゃくちゃいいものだって思う。紙一重なんだよね。辛いのに止める事が出来ないっていうかさ。生きる源になってるって言うか。まぁそんなもん。笑ってたらこっちまで嬉しくなるし。泣いてたら慰めてやりたいって思うし」

「……そんなの、わっかんねぇ」


 恋愛ってもので一喜一憂するなんて、そんなの分からないし、分かりたくない。


「いや、きっとすぐわかると思うよ。答えはもうそこまで出てると思う」

「は?

「お。遥ちゃんから呼び出し」

「……は?」


 ピロリんと音をたてたスマホをみてニコニコしている昂。さっきまでの切ない表情はどこにもなかった。……俺は夢を見ていたのか?


「ってことで、お互い『恋』頑張ろうなー」


 じゃあなと手を振るあいつを呆然と見送る。

 お前何人女いるんだよ。(両手で足りるかとか言ってたな)


 ……とりあえず昂、お前のは恋じゃない!




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