11.


 由梨さんが部活に来なくなった。

 明日から三学期が始まるから約一週間。こんなに休んだ事はないはずだ。


 ……俺が原因なのか?


「勇志! 危ない!」


 後ろから声が飛び込んで来るのと同時に目の前からボールが向かってくる。俺はそれを咄嗟にアンダーで返した。ボールは上手くボールカゴに入り事なきを得る。


「いつにも増してボーッとしてるね」


 後ろを振り返ると声の主、同級生の郁弥フミヤが呆れ顔を見せていた。


「でも、ナイスシュート」


 穏やかな郁弥の顔を見て少しだけ落ち着く。


「とりあえず片付けちゃおう。みんな自分の持ち場終わらせて帰っちゃったよ。僕ももう帰る準備終わってるし」

「……おう」


 俺は途中だったモップがけを再開させる。


「今日も由梨さん来なかったね。勇志が元気ないのもそれが原因でしょ?」

「……いや、別に。そんなんじゃない」

「だってあの夜から変だもん。勇志に好きな人がいるなんて初めて知ったよ」

「……郁弥」


 郁弥は分かっているはずだ。俺に好きな人なんかいない事。でも、あえてそういう言い方をされた。


「好きな人なんていないよ」


 俺が小さな声でそう返すとまた呆れた顔をした。


「じゃあどうしてあんな事言ったの? 由梨さん泣いてたよ。分かってるよね?」


 あの夜、隣には郁弥もいた。一部始終なにがあったか知っている。


「あ……ごめんね。別に責めたいわけじゃないんだ。でも勇志がいつまでもそんなんじゃ部活のみんなも心配するよ?」


 なんであんな事言ったのか。

 それを今郁弥に言って、理解してもらえるのだろうか。


「僕で良かったら相談してよ」


 俺は郁弥に何も言わずにモップを片付け部室に向けて歩き出した。


「勇志!」


 言えるはずない。

 郁弥の声を無視をする。


「勇志はさ。変化を恐れてるんじゃないの?」


 誰もいない体育館に響く声。


 ……そうだよ。ずっとこのままで変わらない日常を過ごしたかっただけなんだ。


「でもさ! 変化って必ずしも悪いものじゃないよ!」



 バタン。



 郁弥の声を遮るように部室のドアを閉めた。



『由梨さん泣いてたよ』

 郁弥の言った言葉が頭から離れない。


 知ってる。泣かせた。俺が泣かせた。

 俺が嘘をついたから。だから由梨さんは泣いた。


 好きな人なんかいないのに。

 由梨さんを傷つけた。


 傷つけたくなんかなかった。





 でもさ。





「だったらどうすれば良かったんだよ!!!!!」



 部室の椅子を思い切り蹴飛ばし、大きな音を立てたがそんな事どうでもいい。


 どうすれば由梨さんを泣かせずに済んだ?

 どうすれば由梨さんは部活に来てくれる?


 どうすれば……。






「勇志ー?」


 部室の窓から声が聞こえる。


 この声は昂か?

 途端窓が開きやはり昂が顔を覗かせた。


「あらら、荒れてますねぇ」


 昂は転がった椅子を見て一瞬驚いた様子を見せたがすぐいつもの通りに戻った。


「なになに〜。恋煩いデスカ?」


 能天気な顔に少しムッとする。昂のこういうひょうひょうとしているところが気に食わない。


「恋愛マスター昂さんに何でも聞いてくれ。ほら帰るところだろ。昇降口で待ってるよ」





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